トンカツ
とはいえその後、俺はある程度冷静さを取り戻した。もちろん、やってやるという気持ちも大切なことには大切だ。しかしながらあそこまでの興奮状態に陥ったまま勝負に挑んだら、さすがの俺でも負けるかもしれない。うん。まあ、わからないけど。いずれにせよ、100%勝てるという万全な状態で挑むに越したことはない。落ち着くことができて本当によかった。次の自分の試合までに時間が空いていていたおかげで命拾いした。もっとも、命拾いというと言い過ぎかもしれないが。
何にせよ、絶対にキンカーのことは忘れてはいけない。このことを常に心に眠らせておくことを、俺は胸に誓った。
「決闘」のイベント事態は、中だるみしていた。試合数が多い上に、男子部門と女子部門で対戦カードひとつずつ交互にやる為、次が何回戦なんだか、見物客にとってはよくわからなくなってくるのだろう。それでも、プレイヤー達はいつでも真剣だ。何せ自分の命が懸かっているのだから。
やがて、一回戦がすべて終了した。男子部門で出た死人は、カムストックとキンカーの2人。女子部門での死人はいなかった。女子部門の一回戦はすべて、降参による決着だったということだ。
さて、次からのカードは二回戦だ。ルイスと当たるまでは、絶対に人を殺さないようにしよう。
「パオロ様!」
人混みを掻き分けてきたのは、ミョージャだった。こんな殺伐とした雰囲気の中にミョージャの姿を見ると、やっぱり和む。
「ミョージャ。お前遅刻か?」
「はい! 申し訳ございません! 寝坊してしまいました!」
うわー、ここまでくるともはや清々しいな。普通不可抗力みたいな嘘つくだろ、こういう時って。馬車が壊れたとか。電車が止まった、みたいなノリで。いや、でもこういう正直なところが、ミョージャの良さでもある。咎めるのはよそう。
「そんなことよりパオロ様! お昼はもうお済みでしょうか?」
「いや、まだだ」
「では、パオロ様の必勝を祈願して、トンカツ食べに行きませんか?」
「は!? トンカツ!?」
トンカツ!? マジで何言ってんの、こいつ。トンカツって、日本の食べ物じゃないの?
「トンカツなんてあるの?」
「はい! 勝つとカツを掛けてます!」
「んなことはわかってるよ! てか異世界にもそんな願掛けというか、験担ぎみたいなあるんだ」
「へ? イセカイ?」
「こっちの話だ!」
「え、パオロ様はトンカツ食べませんか?」
「うーん。今はあんまり食欲ないな」
俺がそう言うと、ミョージャはいきなり俺の腕をがしっと掴んだ。
「ダメです! 食欲なくても食べないと、パワーつきませんよ!」
強引にミョージャは、俺をトンカツ屋(?)まで連れて行った。おいおい、仮にも俺は誇り高きバレンシア家の嫡子だぞ? 知らんけど。そんな雑に扱うなって。
「ん〜! 美味しい!」
嬉しそうにトンカツを頬張るミョージャはめちゃくちゃ可愛いかったし、めちゃくちゃ元気出た。異世界のトンカツも思いの外美味いし、誘いに乗ってよかったと思った。ほとんど強引にって感じだけど。
「ミョージャ、トンカツトンカツって言うけどこれって、いったい何の肉なんだ?」
「え? 知らなかったんですか? オークですよ?」
ブッ!
ー続くー




