キンカーの決意
俺は咄嗟に観衆の中からミョージャの姿を探した。しかし、見当たらない。絶対に来るはずではあるので、恐らく間に合わなかったのだろう。開始時刻でも間違えたのか。あいつならやりかねないな。
メイドのミョージャは遅刻か…。まあもっとも、ミョージャがいたとしても、カムストックが即死であれば、いくら「覚醒治癒能力」でも手の施しようがない。
「即死です」
カムストックの元に駆けつけた学校専属の聖女が、悲しそうに呟いた。あちこちから悲痛な叫び声が聞こえる。やがて数人のそれらしき専門職の男性が駆けつけて、担架のようなものにカムストックの遺体を載せた。そして、地味なグレーの毛布を彼の全身に被せ、カムストックを決闘場から運び出していった。彼に会うことはもう2度とできなくなった。
さっきまで元気いっぱいで動いていて、観ているこっちもパワー系だなんだとかって言って呑気にしていたのに、もう奴は絶命し、この世にいない。実感が湧かないなんて言ったら彼がかわいそうだ。
普通に考えたら、こんなことは非日常的である。俺の住む現実世界、特に日本の中で暮らしていたら、こんな衝撃的な出来事を見る機会は一生かかってもなかったに違いない。もちろん、そんなものはない方がいいに決まっている。
カムストックと話したことはほとんどなかったが、それでも悲しかった。殺した当事者であるテイラーでさえも、目をつぶって天を仰いでいた。俺みたいな転生した人間にとっては、「やりすぎ」に思えてしまう。が、ここは異世界。文化も違えば価値観も違う。テイラーのことは責められない。テイラーだって命懸けだったのだから。
しばらくすると、決闘場は静かになった。しんと静まり返る決闘場には、なんともいえない物々しい空気が漂っていた。
「テイラー…」
うつむきながら、キンカーが悲しそうに呟く。静かすぎる決闘場に、少しだけキンカーの声が響く。
「キンカー」
「んっ」
キンカーは顔を上げ、俺を見た。その顔は涙で濡れていた。気持ちはわかるがこれではまずい。こんな気持ちのまま試合に臨んだら、確実にルイスに殺される。俺はキンカーまで失いたくない。
「悲しいのはわかる。俺も悲しい。だが、今は冷静になれ」
「パオロ、それって…!」
「ルイスとの決闘に気持ちを持っていけ」
「カムストックのことを考えるなってのかよ! たった今、たった今死んじゃったばっかりなんだぞ!」
「冷静になれキンカー! お前も死んでしまうことになるぞ」
こんなこと、言いたくねーよ。これじゃあ俺、ただの鬼じゃねーか。自分で言っていて、辛かった。涙をこらえることができなかった。キンカーは俺の顔を見て、少し驚いた表情をした。
「パオロ…!お前…」
俺は敢えて、何も言い返さなかった。俺の顔を見れば、すべてがわかると思ったから。
キンカーの表情はそんな俺を見て、少しだけ和らいだ。
「わかったよ、パオロ。パオロの言う通りだよ。俺、落ち着く。試合に集中する。もう二度と、今のパオロの顔を見たくないからさ」
「おう」
「じゃあ、行ってくるね」
「おう」
キンカーは堂々とした足取りでフィールドに向かって行った。そう、第二試合の対戦カードは、キンカー対ルイスなのである。
観衆の中には、メンデス家の公爵令嬢、ドーニャもいた。彼女を見ると美しさにドキッとした。やはり、観衆の中でも彼女の美貌は一際目立つ。ドーニャは、手を合わせて何かを祈っていた。
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