事件
俺がギルバート帝国学院剣術科に入学してから1ヶ月弱、つまり必須科目である「決闘」まで残り1週間が経った。俺は練習試合でキンカーを完膚なきまでに叩きのめした。だけれど、それが自信になっているかといえば、まったくをもってそんなことはない。というよりメイドに「覚醒治癒能力」という謎の特殊能力が備わっていたことの方が驚きである。
キンカーから聞いた話ではあるが、「覚醒治癒能力」とは、その名前の通り、潜在的に体の中に眠っていた治癒能力がある瞬間にいきなり呼び起こされる、という力のことを指すらしい。そしてそれは、通常の「治癒能力」よりも強力な治癒能力があり、どんな怪我や病気も治すことができるらしい。
どこまでが本当かはもちろんわからない。マユツバ的な部分もひょっとしたらあるのかもしれないけれど、もし仮に、全部が本当の話なら、メイドはメイドのままでいるのはもったいない。
職業としては、選び放題だと思う。もちろん、俺が住んでいた令和の日本のように、平民に職業選択の自由が認められていなかったとしても、貴族からの引き抜きが絶対に考えられるし、俺がバレンシア家の名前を借りて推薦することだってできるかもしれない。
でも、そういうことを考えるのは少し寂しい。不思議な気持ち。この気持ちは、転生前に味わったことはない。
メイドがバレンシア家のメイドではなくなったら、メイドとはもう会えないのかな。俺に優しくしてくれなくなるのかな。っていうか、メイドって呼ぶこともできないじゃん。そもそもあいつの名前ってなんなんだろう。
後悔しないように、聞いておかないとな。でも、照れくさくて無理かもしれない。
ったく。40過ぎたオッサンが何言ってんだか。
学校も慣れてきた。俺は剣術科だが、修練だけでなく、座学もある。というか、剣術科は剣術だけやっていればいいと思っていたら、大間違いである。魔法など、剣術とは関係ない科目も勉強しなければならない。
「おはよう、パオロ!」
「キンカー、おはよう」
あの練習試合以来、キンカーとは親友になった。学校にいる時も、寮にいる時も、いつも一緒だ。たまにはケンカもするけれど、ケンカするほど仲が良いってやつだ。
「そろそろマルイが来る頃じゃね? ホームルームだりいなぁ」
「おい、お前間違っても態度に出すなよ。マルイ、機嫌悪くすると、ホームルーム延長して説教始めるんだから」
「わかってるって! パオロは心配性なんだよ」
マルイの謎の方言にもようやく慣れてきた。キレやすいけれど、優しくて、生徒思いの良い先生だ。
それに、地雷を踏まなければ温厚だ。
ガシャン!
うわ〜、噂をすればマルイ、明らかに機嫌悪いよ。これはホームルーム長くなるな。
ところが、マルイの口から出た言葉は、衝撃的なものだった。
「おはよう。昨晩。このクラスの委員長、キヤサーが寮の修練場で、遺体で見つかりました」
ー続くー




