いざ、無双へ
放課後、急いで寮に戻った俺は、制服のままで修練場に足を運んだ。広大な修練場には、既にメイド、キンカーの2人が揃っていた。
「あっ! パオロ! こっちこっち!」
「パオロ様、遅すぎます! いったいぜんたいどこをほっつき歩いてたんですか!」
ったく。せっかちな奴らだ。でも遅刻した俺が悪いのは確かだ。素直に過ちを認めるとしよう。
「悪い」
「なんですか! 散々待ったのに! 一言だけで済ませるなんて! パオロ様のノロマ! グズ!」
「そーだそーだ!」
キンカーは少し緊張しながらも、メイドに合わせる。やれやれ。前言撤回したい気分。素直に過ちを認めた俺が馬鹿でしたよ。
「よし、じゃあ始めるか!」
「うん」
「お待ちくださいおふたりとも!」
今度はメイドの方が俺を制止する。なんなんだよ。
「どうしたっていうんだ。急かしたのはお前の方じゃないか」
「決闘のルールを教えてくださいよ」
あ、そうか。忘れていた。ひと口に「決闘」といっても、いろんな形があるだろう。一応確認しておいた方がいいに違いない。
「俺はわからん。キンカー、知っているか?」
「うん、片方がギブアップするか、死ぬまでだよ」
さも当たり前のことのように、きょとんしながら言ってのけるキンカー。幼い顔をして、やはりただモノではなさそうだ。油断したら負ける可能性だってある。
「では、練習試合なので、片方が死にそうになったら、私がストップします! それでどちらが勝ちか判定します。それでよろしいでしょうか?」
「キンカー、異論はないな?」
キンカーは頷いた。顔立ちは幼いものの、凛とした表情には確固たる芯が見て取れる。
いざ、2人は木刀を突き合わせた。いくら木刀といえどまともに当たったら怪我どころの話ではない。
「始めてください」
始まった。俺にとっては初の対人試合だ。
キンカーは俺の手元をきっと睨みつけながら、じりじりと足を進ませる。こんな表情のキンカーは見たことがない。
俺もキンカーの手元から目を離さない。戦線は膠着している。何分か経過したが、互いに少しずつずれながら睨み合っているだけで、なんの進展もない。
キンカーに、何か算段はあるのだろうか。彼が何を考えているのかわからないところが、この試合の不気味なポイントである。もっともそれは、俺がまだキンカーの剣捌きを見たことがないせいではあるのだが…。
ちなみに俺に算段はない。うん、ない。ないよ。あるわけないじゃないっすか。いやいや、笑わないでないくださいよ。当たり前じゃないすか。
今まで銃刀法違反のある日本で、もっとも言えばゴミだらけの汚い子供部屋で40年間を生きてきただけの人間にね、算段なんてあったら逆に凄いでしょうが。
もういい。もう10分以上も睨み合っているだけでこれじゃあ埒があかない。破れ被れ突撃してみっか。このままだとメイドがイビキをかき始めそうだし、なんつって。って、そんなことを考えている場合ではない。
よし、突撃だ!
「はっ!」
鈍い音と同時に、キンカーは自分の右腕を抑えてその場に倒れ込んだ。え、え、マジすか。
一撃必殺っすか。
「もうやめてください! 勝負ありです!」
結局、キンカーは俺の前になす術もなかったみたいだ。いや〜、俺も適当に走りながら木刀振り回しただけなんすけどね。
「う、うがッ!」
「大丈夫か、キンカー!」
「ちょっとパオロ様! 本気出しすぎです!」
仰る通りです。はい。メイドはキンカーの元へ駆け寄り、キンカーの腕を軽く触った。
「うがああああ!」
「おいやめろってメイド! キンカーの右腕、折れているんだぞ」
メイドはおろおろしている。が、そんなメイドをよそに今度はキンカーの様子が変になった。
さっきまで悶え苦しんでいたのにもかかわらず、なんだかけろっとしている。涼しい顔をしたいつものキンカーだ。
「あれ? なんか、あれ、おかしいな。もう痛くない」
そう言って不思議そうに腕を伸ばしては曲げたりしている。えっと、どういうこと?
メイドも驚いた様子で、目が点になっている。不謹慎だが、少し滑稽で笑いそうになってしまった。
「おい、メイド、お、お前なんかやったのか?」
「いえ! ちょっと触っただけです!何もしてません!」
「わかったよ」
キンカーが言った。
「覚醒治癒能力だ」
ー続くー




