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(九十九)

   (九十九)


 私が走ると、こうちゃんは息を切らして追いかけてくる。追いつくのを待って、また走る。こうちゃんはもう走ってるっていうより歩いてるのより遅い。

「しょうがないなぁ」

 フラフラになって私のところにたどり着いたおじいちゃんの手を引っ張って、ゆっくりと歩くことにしてあげた。

「こんなに走ったのは何年ぶりかな」

 こうちゃんが苦しそうな顔で笑う。

 冬なのにおでこに汗をかいている。

 手を伸ばして手のひらで汗を拭ってあげた。

 私もこんなに走ったのは久しぶりだ。

 夏休み以降、楽しく笑って走ったことは一度もなくて、走るのは体育の授業だけだった。

 なにがある訳でもない、ただの山道を駆け回るだけなのに、こんなに心がわくわくして、声を出して騒ぎたくなる。きっとこれが子供には必要なことなんだと強く思う。


 駆けたり歩いたりを繰り返しながら、半時間ほど山道を進むと、登山道に入る道標が立っていて、その近くに小さな祠があった。

 こうちゃんを見上げると、そうだと言うように私の頭をなでて頷いた。

 祠に駆け寄って、その場にしゃがんで手を合わせて目を閉じた。

 ほんの半日ほど前に、私はここでみずほの体をもらって復活したんだった。

 目を開けると隣でこうちゃんも手を合わせていた。

「この祠はね、十二様っていう山の神様を祀ってる祠でね。小さいけど、杣人(そまびと)とかマタギとか山で働く人には大切な祠なんだよ」

「十二様」

 杣人やマタギは本で読んだことがあったけど、十二様は聞いたことのない名前で、私は首を傾げた。

「十二様は女の神様でね、十二人の子供を産むっていう多産の神様だそうだ。それでこの地方にあるウサギ信仰と結びつけて考える人もいるんだよ。ウサギは多産の動物だからね」

「ウサギ」ぴょんぴょんダンスもウサギが神様になってた。

「でも、僕は十二様は犬の姿だと思うな。もともと狼だった神の姿がいつしか山犬になっていった。そう考える人も多いんだよ」

 私は頷いた。そうか、犬だ。こうちゃんはやっぱり犬好きで間違いない。

「昔はこの山にも狼が沢山いただろうからね。狼のことを古代では真神って呼んでたりしたんだよ。狼が姿を消して言伝えが山犬になっていったんじゃないかな。犬は山に入るときの熊避けにもなるしね」

 こうちゃんが立ち上がって、私の頭と背中をなでる。なぜかよくなでられる。けど、いやらしくはないし、嫌じゃない。きっとこれはおじいさんが孫を可愛がるような感じなんだと思う。

 私も立ち上がって、それでこうちゃんの袖を引っ張った。

「こうちゃん、そこのお供えのお饅頭は毒が入ってるから持って帰って捨てよう」

 あのときと同じように、食べかけの半分ともう一個が祠に備えたままになってる。

「そうか」

 こうちゃんは私の言葉にひどく悲しそうな顔になって、私を抱き寄せてまた頭を優しくなでた。

「分かった、そいつは持って帰って捨てよう」

 こうちゃんは、そのふたつを拾い上げると、かじりかけのをじっと見つめて「こういうことをする連中がいるんだ」とつぶやいてジャケットのポケットにそっとそれをしまい込んだ。

 これで、誤って食べてほか動物が苦しまなくて済むだろう。

 私たちは祠を離れて、またこうちゃんの山小屋への道を戻り始めた。

 あ、どうしてこうちゃんは私があのお饅頭に毒が入ってるって知ってることを変だと思わないんだろう。

 それに、もう私と一時間近く一緒にいるのに、私についてなにも聞こうとしないのはなぜだ。

 私は隣を歩くこうちゃんを見た。すると、こうちゃんもこちらを向いてて、目が合って私に微笑んだ。

「そうだ、きょうはせっかくのクリスマスイブなのに、ケーキがなかったな」

「あ、いいです、そんなの」

 私は笑って答えたけど、こうちゃんは私が今夜もここにいるのが決まってることのように話をしてる。

 私に家や家族や予定のことも、なんにも聞かないのはなんでだろう。

 こうちゃんは優しく微笑んでばかりだけど、私は少し不安になってきていた。

 それで、家に帰ると、こうちゃんは「やっぱりケーキだけでも買って来るよ」と言って、私を置いて車で出ていってしまった。



 私は小屋で一人、留守番になってしまった。

 逃げるならいまだ。もしこうちゃんに悪い計画があって、戻ってきたときに女の子を拘束するための興味深いいろんな道具を買い込んで来てたら、私のいまの体力では彼にはかなわないだろう。

 でも、そんな雰囲気には見えなかった。なにしろ〝いいひとだけが取り柄〟なんだから。

 私を助けてくれたし、なんにもされなかった。少しなでられる回数は多いけど、嫌な感じはない。

 けど、逆にこうちゃんは私が悪い子かもしれないということを考えないのだろうか。

 お金や大事なものを盗って逃げることだって、いまなら簡単だ。というか、無一文の私がここから逃げようと思ったら是非とも三千円ぐらいはお金が欲しい。きっとこうちゃんは私をいい子だと思い込んでるに違いない。


 私はこうちゃんの隠された秘密を探るために、小屋の中を探検した。けど、ゲームのダンジョンほども謎はなくて、あっという間に調査は終了してしまった。

 おかしなところはなにもない。部屋の暖炉が石油ストーブなのは近代化の影響なんだろうけど。どこかに誰かを監禁するために用意された怪しい地下室もなかったし、私を痛め付ける道具も見当たらない。それが必要なら買ってくるしかないのだ。だからわざわざ「ケーキを買う」なんて誤魔化して結束バンドとか粘着テープなんかを買いに行ったのか?


 広間に戻った私は、窓際のベッドにごろんと転がった。

 手作り感のあるずいぶん年季の入った小屋だけど、このベッドもそういった感じがする。頑丈な作りで、これならけーくんが調子に乗ってガンガン動いてもビクともしないだろう。

 そういえば、彼っていま生きてるのかな?

 計画ではまみこが彼の首を斬って、あみこが後始末にあたふたして〝力〟を傾注している隙に私が脱走する手筈だった。私が〝力〟を得るのに使った彼のアレに効果があったってことは、あの時点では彼はまだ生きていたはずだ。それからどうなった?

 きのうまみこが家でのんびりお風呂に入っていたところを見ると、重大な非行行為をしたという感じではなかった。そんなことをしてたら、きっと凛音ちゃんと共同生活を送ることになってるだろう。きっとあみこが上手くやった。きっと彼は生きている。死んでたら、諦めるしかしょうがない。

 深呼吸して大の字になって目を閉じると、こうちゃんの古い天ぷら油みたいな加齢臭に混じって、いろんな年月を経た臭いが私を包んでいく。

 見た目は割かし爽やかな感じなのに、臭いがリアルにジイサンなことが残念だけど、老化は誰にでもあって仕方ないことだ。

 この板張りに薄い布団敷きのベッドも寝心地がいいとは言えないけど、御年寄は固い寝床の方が腰が痛くならなくていいとも聞いたことがある。

 ひょっとしたら、このベッドで遠い昔、奥さんと過ごしたのかもしれない。

 新婚生活って、どんなだろうね?

 甘い言葉とか囁きあって……、いいなぁ…………。

 奥さんの名前もみずほだっけ。

 そういえば、この小屋を探検したとき、みずほの部屋があった。一緒に住んでるって言ってたけど確かにそうだったみたいだ。なのに、あの子を探しに行く様子もなかったし、いったいどうなってるんだろう。諦めたんだろうか、それともそのうち帰ってくるって思ってるんだろうか。

 いままでも出掛けたまま帰ってこなかったことって、あるのかもしれない。

 いろいろ、聞いてみたいけど、なんだか怖いな…………。



「……だから、この国には革命が必要なのよ!」

 あれ、ここはこの家の中だ。声を荒げてるのは、私?

「もう、革命なんて流行らないよ。みずほ、もう終わったんだ」

 目の間にいるのはこうちゃん? 若い、髪がふさふさで青白いけど、こうちゃんに違いない。

 これは、夢なんだろうか。

「これは流行りでやってるんじゃないの。革命って、前みたいにこうちゃんが考えてるような、ゲバ棒振り回すだけじゃないのよ、この子のための新しい未来を作るのよ!」

 私はお腹をさすりながら、こうちゃんに訴えてる。私は、みずほ?

 私が出掛けようとするのを、こうちゃんが一生懸命止めようとしてる……。



「みずほ……」

「あ、こうちゃん!」

 肩を揺すられて、はっと目を開けた。

 すぐ目の前にこうちゃんがいて、慌てて身体を起こしたら、頭がぶつかりそうになった。

「ごめんなさい」

 とっさに、勝手にこうちゃんのベッドで寝てたことを謝る。

 ベッドの上で正座して、乱れたワンピースの裾からはみ出してた乙女を慌てて直した。

 こうちゃんはまたまた私の頭と背中をなでて笑った。

「遅くなってごめんね。ケーキとピザと、チキンも買ってきた」

 すごい、クリスマスセットだ。

 こうちゃんは「若い子の好みは分からなくてね」と頭を搔くけど、私は思い切り笑顔になった。

「少し早いけど、もうパーティーをやっちゃおうか」

 私は心の奥底から湧き上がる喜びに拳を突き上げた。



 ピザにフライドチキンとポテト、アツアツのポットパイにあごが疲れる硬いパン。

 どれもこれもご馳走揃いだ。

 ずらりとラグの上に広げて、床に座っての宴会だ。

 お酒を飲めないこうちゃんと飲めないことになってる私はコーラで乾杯して、イブの夜を祝った。

 二人っきりなのに、こうちゃんの買ってきたケーキが本物感たっぷりの巨大なデコレーションケーキで、切る前から絶対に食べきれないのがわかってて、そんなバカげたことも、二人にとっては幸せな時間でしかなかった。

 互いのことを聞きもしないのに話すことはいっぱいあって、私ははしゃいで歌って踊ってみせた。

 もうワンピースの裾のことなど気にもしないで跳んで弾んで床にあぐらをかいて、こうちゃんも寝巻きのガウンの前がはだけて、膝を立てたトランクスの隙間から先っちょがコンニチハしてるのも気付かずに、動いてはお腹を空かせ、また食べてはエネルギーを発散させた。

 そうして私はすっかり食べ疲れて、はち切れそうなお腹をさすりながら、こうちゃんの膝枕で転がることしかすることがなくなってしまった。





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