(九十七)
(九十七)
「あーぁ、ヤバイなぁ」
あみことまみこに見切りをつけて飛び出してきてはみたものの、次のあてがあるわけでもない。
まみこの夢を通して私の意識を光の形で実体化させることはできたけど、いまはただの〝力〟の玉になってるだけで、人間として復活するには、どこかの誰かと置き変わらなきゃいけない。
無から生命体を生み出せるほど、バスボム一個分の〝力〟は大きくはないからだ。
体のサイズ感とか〝血の儀式〟の繋がりとか『世界さん』の影響のこととかもあって、私との適合性が高いからってことであみこを復活の対象に選んだんだけど、私にあみこを乗っ取る度胸がなかったらどうしようもない。
乗っ取るってことは命を奪うってことに等しいわけだから、いくらあの子にひどい目に合わされてたからって、あみこを始末する計画なんかそもそも無理があったんだ。だいたい、あみこだって自分でやったんじゃなくて『世界さん』に操られてたからなんだろうから。
その点、きらりは冷酷無情の女だから、私に容易く「あみちゃんを始末しろ」なんて言ったりできるんだ。
バスボムみたいな形になって、夢の中でまみこにあることないこと吹き込んでコントロールして、お風呂の中であみこをあれだけ怖がらせることができただけでも十分、もういいよ。
ヴィーナス誕生じゃあるまいし、私だってほんとに彼のアレが泡立って復活するなんてことになったら、それこそ乙女の恥だ。もう一回屋上から飛び降りたくなるに違いない。
でも、こうなったら、もう精神的肉体的適合性とか言ってられない。とりあえず、私が復活しなければ意味がないんだ。
乗っ取ってもいいような、どうでもいいヤツって、どっかに転がっていないか?
ということで、さっき霧山花恋にするか、なんて思ってあの子の様子を見に行ったんだけど、いまは親子三人、県営団地でつましい暮らしをしてるみたいで、かえっていいヤツになっちゃってて、これは仕留められない。
こんなことなら嫌なヤツ候補で残しとくんだった。
結局、またもや無駄足を使って〝力〟を減らしてしまった。
もう、相手は誰でもいい。とりあえず条件は〝女の子で乙女であること〟だけだ。
年寄りやオバサンでも構わないけど、気分的に同年代の女の子にしたい。
怪我とか病気とかでもう死にかけてるような先のない子なら、あんまり気を使わなくていいから、なおさらいい。
私はとりあえず馴染みの深い、霧生市を中心に東毛地区周辺へ潜在的な意識の声掛けというのをやってみた。
あまり範囲を広くすると〝力〟を使いすぎてしまうからだ。
――――誰か、私を受け入れてくれる子はいませんか?
とりあえず、三回繰り返して言ってみたが返事はなくて、仕方なく放送エリアを少し北毛の山寄りに広くしてみた。南寄りは市街地だけど、なんとなく声掛けはしたくない。都会の人間は心が荒んでそうだしね。
――――誰か、私に身体をくれる子はいませんか?
『…………誰、あんた?』
こんどは一回目で、すぐに返事があった。若い女の子の声だ。やっぱり田舎の子は心があったかい。
――――身体を探してるものです。身体がなくて魂だけになってて、このままじゃ消えちゃいそうなんです。
『ふうん、私はもうすぐ死ぬみたいだから、こんなのでよかったら使っていいよ』
返事を頼りに急いでその場に駆けつけると、地面に女の子が倒れていた。
第一印象は〝どことなく私に似ている子〟だった。
―――どうしたの? 大丈夫?
もうここまで来てしまったんだから、こちらとしてはあんまり大丈夫であって欲しくはない。
『道に迷って山の中をうろついて、ヘトヘトでお腹が空いて、それで、そこの祠のお供え物食べちゃったらなんか入ってたみたい』
なるほど、白目を剥いて口から泡みたいな血を吐いてて、痙攣してる。かろうじて意識が残ってるって感じなんだ。
――――そういうひどいイタズラするやつがいるんだね。
おおかた、野良犬にでも食べさせるつもりで毒饅頭を仕込んたんだろうな。
『バカだね、私……』
とにかく、いまは時間がなさそうだ。とりあえず私は彼女の中に入ってこの子の身体を光に変えて、それから私の細胞に置き換えていくことにした。
『あんた、なにしたの? あったかいね』
中に入るとほっとしたような、柔らかい意識を感じた。優しい子だったんだと分かる。
このまま〝力〟を使って体の中を解毒してやれば、この子は助かるに違いない。けど、そうしたら私は消えてなくなって、大事な使命が果たせなくなる。
『そんなの気にしなくていいよ』
そうか、中に入ったら、黙ってても強い意識はこの子に隠せないのか。
――――その代わり、なんか、私にできることある?
『いいよ、もう。でも、こうちゃんにはちゃんとお別れを言いたかったな』
――――こうちゃん?
『うん、一緒に暮らしてんの』
末端部から泡立つように私の身体が再生されていく。まもなくこの子はこの子じゃなくなる。
――――なんだ、彼氏?
『ははっ、もう七十過ぎのジイサンだよ、後期高齢者ってんだって。私はただの居候』
――――でも、大事な人なんだね。
『こうちゃんさ、何十年も前に奥さん亡くして、そっからずっと一人なんだよ。寂しがり屋のくせに、変わりもんなんだ』
――――そう、いいひとなんだね。
『うん……、いいひと。それぐらいしか取り柄がない、すっごくいいひと…………』
身体はすっかり私になった。意識の方は、もうそろそろ限界が来そうだ。
――――あなた、名前は? 私はね、きらるっていうの。
『みずほ』
――――みずほ。きれいな名前だね。
『あはは、こうちゃんの奥さんとおんなじ名前なんだってさ、おっかしいの……』
――――そう……。
薄れていく彼女の意識をそっと包み込んだ。
『おかしいよ、ほんと……、おかし…………』
――――きらりきらきらおほしさま。
「ごめんね……、ありがとう」
私は古ぼけた石造りの祠の前に転がっていた。
積もった枯れ葉の臭い、ごつごつした敷石の冷たさ。枯れ枝を揺らす風の音。
私は確かに、生きている。
もがくように身体を起こして背中を傍に立ってた木の幹にもたせかけた。
でも、それが精一杯だった。思った以上に体を作るのに〝力〟を使ってしまっていた。
まみこを離れてここまでたどり着くのにも、かなり〝力〟を使ってしまったのだ。
この子の体は、私に適合した人間を乗っ取るよりも、はるかに大きな〝復活のための力〟が必要だった。
甦った私の姿は飛び降りた時のままで、ノースリーブの例のワンピースと例の靴だけだった。
清川家で復活すればあみこの服が手に入ったのに、クリスマスの時期に薄い布一枚で下着も付けてないなんて、まるっきりの変態だ。
きらりに防寒服だけでも用意しといてもらえばよかった。
祠にはお供え物のお饅頭がひとつ置いてあって、そのそばにかじり欠けのが転がっている。
あの子が一個食べて、二個目をかじりかけたとき、倒れたんだろう。農薬とかなんだろうか。私だって、そういういきさつを知らなかったらきっと手を伸ばしていだだろう。
でも、もう動けない。
ワンピースの裾が捲れあがって、乙女の部位があらわになってるのにどうしようもない。
風邪ひいたらどうしようか?
そんな心配してどうなる。風邪どころか、せっかく復活したこの身体もこの寒空にこの格好では命すら危ういというのに。
年の瀬の北関東の山の中だ。明け方には私も凍ってしまうのだろう。
おまたでもいじれば〝力〟が湧いてくるのかもしれないけど、もうそこを触ろうなんて気持ちも力もなんにもなくて、指一本動きはしない。
私は、なんのためにここまで来て、なんのためにこの身体を得たんだろう。
あの子を解毒して助けてあげた方が、余程有意義だったかもしれない。
少し目線を上げると、木々の間から、星が見えた。あれはきっと冬の星座だ。えっと、なんて星だろう?
もう、疲れて、寒くて、星の名前も浮かんでこない。
きらり、ごめんね。
もう、眠いよ…………。
私は長い息を吐いて、目を閉じた。




