(九十三)
(九十三)
消灯時間になって、私はお腹がすいていた。
お腹がすき過ぎて寝られるんだろうかと心配になるぐらい、食べ物のことばかり頭に浮かぶ。
これはきっと、私にお腹を空かせることでおまたのことを忘れさせようという病院の作戦なのかもしれない。
きっと人間の欲望は、性欲<食欲なんだろう。
私には食事制限がないから、お母さんに頼んで、なにかおやつを差し入れしてもらいたい。
でも、きっとまた、お母さんは私のことを忘れてしまってるんだろう。
あした、病院から連絡があったらお母さんはびっくりするだろうな。悲しんだりするんだろうか。
「あー、あー、おやすみなさい」
よし、ちゃんと喋れた。頭のぼんやりもほぼ解消された気がする。いよいよあしたは最期の日だ。今夜が勝負になるだろう。不安もあるけど、期待しよう。
布団を掛けて目をつぶった。
「ほら、起きなさい。お楽しみの時間だよ」
あみこの声がして、目を開けるといつものマットレスの上だ。
やっぱり予想通り、ここでも〝夢見〟になってる。
よく覚えてないけど、たぶん、きのうもキノコ遊びをしたんだろうな。
「こんわんわ」
あみこが私に触れる。
こうして接触してみると、あみこが充実しているのが分かる。なにしろ、このひと月余り、ずっと〝力〟を溜め込んでいるんだから。でも、その〝力〟を十分に使うことはできていない。
焦ることはないんだ。〝力〟を失っても、私はただのエッチ好きの小学生に戻っただけだ。まだ、死んだわけじゃない。
ここは落ち着いて、私の『エリクサー』で彼を召喚しよう。
「あなたも、早く見つけないと退院できないよ。ずっと刑務所の中みたいな病室で過ごすのなんて嫌でしょ?」
「やぁら」
私は頷きながらあみこにしがみついた。
「でしょう、穴を塞いでる玉さえ取り除いたら、あなたはあっという間に元気になる、直ぐに退院して学校も行けるよ」
「クイスアスも?」
「もちろん、コドモのイエで大っきいツリーを飾りましょう」
「うぅ、うぅ」
私は何度も頷いた。
「でも、入院中は暇だから、いくらでもお昼寝できるんでしょ?」
私はもう一度頷く。
「だったら、穴が見つかるまでの間、夜中も〝力〟集めをしましょう。毎晩、あなたのクラスの男の子を一人ずつ、出席番号順に夢に招待してあげるの。クラスの男子みんながあなたのことを知るのよ、きっと楽しくなるわ」
あみこが名案とばかりに腕を組んで頷く。
なるほど、たとえ疲れても、次の日にお昼寝すれば済む。だったらいいのかもしれないけど、それだと吉森くんはずいぶんあとの方になってしまう。
それが嫌なら早く穴を見つけろってことか。
しかし、そこまでして私に穴を探させる訳はなんだ。
あみこが〝力〟を自由に使えるなら、あんな穴なんか関係ない。もう『エリクサー』だって必要ないはずなんだ。
『世界さん』があみこの中に移っても、『世界さん』と、この世界を繋げる穴は私の中に残ったままだからだ。
鍵はまだ私が握ってる。
さあ、あみこ、私を昇らせて!
最上級の『エリクサー』を彼に与えるために!
息を整える私の横であみこが立ち上がった。
「ほんとに、あなた小学生とは思えないわね」
呆れたように私を見下ろす。
「きもちいい」
私も笑ってあみこを見上げた。
「気持ちいい、だけはちゃんと喋られるのね」吐き捨てるように言って、あみこが部屋に彼を呼んだ。
よし! 薬でぼけてるときは曖昧だったけど、やっぱり彼はいつものように学校帰りの服装をしてスクールバッグも持っている。
私がコドモのイエで会ってたときは、彼は学校帰りに寄ってたけど、いくらなんでも毎日この時間に同じように学校帰りはない。
だとしたら、あみこが管理者になってからは、彼を自宅から強制的にここに転送してくるときに、夢を見ているんだと誤認しやすいように、制服姿にして学校帰りに寄ったように見せかけてるということだ。
あみこは私と彼とあみこ自身の転送で、かなり無理をしてるんじゃないだろうか。あの穴が塞がったままだと、このまま続けたらあみこの体が持たなくなりそうで心配だ。
彼が私に添い寝して、甘く柔らかな言葉をささやく。
優しい動きで私を誘う。
薬でぼうっとしてるときはぜんぜん気が付かなかったけど、部屋の隅にあみこが座って黙って見ているんだ。
私はそういう趣味はないけど、彼はどう思ってるんだろう? ひょっとして、誰かに見ててもらった方が気分が乗るんだろうか。とても元気に動いている。
一応、私もいままで通り気にならないことにした。
とりあえず、十時までだ。十時までこのまま彼の動きに身を任せて続けよう。
あみこは私たちの動きをじっと見つめて、気持ちよさそうに息を荒くしていた。
しばらく経って、うつ伏せから彼に抱えられて、お腹の上に乗ると、部屋の中が見渡せて、あみこがいなくなっていた。
どうやら時間になったようだ。まみこのところに行ったに違いない。あみこの吸収が少し弱まった感じがする。
私は彼に甘えるように胸を付けて首筋に唇を寄せた。
「お兄ちゃん、最近、ぜんぜんお見舞いに来てくれないよね」
私の予想でしかないけど、こういう関係になってから、彼は白井文香の病室を訪れていない。
私が文香の病室の監視カメラの映像を改竄しなくなって、おそらく弥生ママも彼が来ていないことに気付いて不満を抱いているだろう。
「あぁ、いろいろ、受験の勉強とかもあるし、それに毎日こうやって会えてるから……」
言葉の歯切れが悪いのは、見舞いに行ってない証拠だろう。浮気の疑惑もあながち間違いではないのかもしれない。調査が尻切れ蜻蛉になってしまったのは彼にとってはラッキーだったんじゃないだろうか。
「夢で会えるのは嬉しいけど、本当のそばに来て欲しいの。お兄ちゃんの温もりに触れたいの、お兄ちゃんを感じたいの!」
とにかく、寂しくて会いたいことをひたすら強く願い訴える。
「うん、こんどちゃんと時間みて行くようにするよ」
彼はちょっと困ったように言い訳をする。この夢の中の関係にすっかり満足してしまってて、きっとすぐには来てくれない。
「嫌だ、すぐ来て欲しいの。夢の中じゃなくて、前みたいに手を握ったり胸を触ったり、そういうのが欲しいの」
「あ、ごめん、嫌なのかなって思ってた」
当てずっぽうで言っただけなんだけど、やっぱり本当に触ってたんだな。彼らしい、イヤらしい。
「あした来て、あした」
ここは絶対に譲れない。優柔不断な男にはこっちがきっちりと意志を示さないといけない。
「あした!?」
「もし来なかったら、もうこんなふうに夢に出てきてあげないんだから」
『午後四時来訪』と時間指定までした。
声が裏返ってしまった彼に、乙女の身体のとろけるような甘い部分で甘えに甘えて甘え尽くす。
「あぁぁ、分かったよ、必ず、必ず行くから」
彼はこらえきれずに声を震わせながら、私の頭や背中やあらゆる場所を、手や足やすべての部分を使って、身悶えるようになで回し、かき混ぜた。
私はわがままが通じた歓びに彼を迎えたまま身体を起こして弾んで跳ねた。
「フッカ……」
「お兄ちゃん!」
あみこが戻ってこないうちに、彼との約束を揺るぎないものにしておこう。あの子が吸いきれない彼の歓びを少しでも明日のために、未来のためにストックしておこう。
私は彼にもっと甘えて、彼の〝力〟を集めるためのお願いをした。
彼はあみこが戻るまで、私の動きに応えてくれて、彼の中の全てが空っぽになるまで私に〝力〟を注ぎ続けてくれた。




