(八十八)
(八十八)
『いま、子ども達が直面している、貧困、虐めや虐待、環境、教育、そういった社会的な諸問題について、最も重要な課題として積極的に取り組んで参ります。この世界の未来を担う子ども達、誰もが、安心して自分の夢を追うことができる社会の実現を目指していきたいと考えています。現在、日本の子育て政策の予算は諸外国がGDPの3%規模であるにも関わらず、わずかに1%に過ぎません。そういった点もしっかりと訴えていきたいと考えています』
「ショコラちゃん、かっこいい……」
コドモのイエが開放している〝放課後の居場所(仮)〟で集まった子供達が、リビングのテレビでニュース特番をじっと見ていた。
画面に映るショコラちゃんに、うっとりとした声を上げたのは、六年生のマロンちゃんという女の子だ。他人とのコミュニケーションが苦手で、この間の子ども食堂以降、学童からこっちに逃げ出してきた。同学年の学童の子と合わないらしい。
ここが第三の居場所になってくれるなら嬉しい限りだ。
「けど、ショコラちゃん、あの格好でずっとやってたんだよねぇ」
あみこが感心しているが、この際、ハッキリと呆れてやった方がいい。
子供を取り巻くいろんな問題について、私は政治家になるのが一番手っ取り早くていいと思っていた。けれども、子供の私じゃ政治家なんてムリなので、子ども食堂の後で、ショコラちゃんに代わりに政治家になってもらうよう頼んだんだった。
私は〝小さな市民活動家〟として、ショコラちゃんと二人三脚で世界を変えていきたいと思っていた。
大きな切っ掛けは、このあいだ臨時国会中に岸辺総理が衆議院を解散したことだ。どこかのタイミングで選挙があればと思っていたのが、ショコラちゃんに相談した日にたまたま解散となった。
そう、私は何もしていないので、たまたまなんだと思う。
それで、きょうは公示から十二日間の選挙運動を終えて、投票日となった。
あと数分もすれば投票所も閉まって、テレビ各局では開票速報が始まることになる。
さっきのニュースの映像は、開票速報に向けた選挙特番で、地元の放送局が有力候補者の足取りをまとめた映像を流しているところだった。
「有名人でもないのに、あんなに映ってて、よっぽど暇だったのかな」
まみこは相変わらず口が悪い。
「カワイイからに決まってるよ」
あのアンケートで〝何年生ですか?〟って書いてた男の子が部屋の隅から声を上げた。選挙で実年齢を知って驚いたみたいだけど、あの子がいまは独身だと分かって希望を持ったみたいだ。三十歳ぐらいの年の差はどうってことないらしい。
「母さんは素人候補だけど、じいちゃんが超有名人だからね。じいちゃんの一人勝ちの予想の中で、親子対決みたいな話題性だけがあったんだよ」
きょうばかりはけーくんもまともな顔になってるけど、落ち着かないのか部屋の中をあてどもなくうろついている。
そういう私も、さっきからドキドキではある。
きっとリビングに集まった子供たちはみんな心臓が張り裂けそうなほど緊張していることだろう。
少しして、不思議なほど落ち着いてる話題の子がリビングに顔を出した。
「そろそろ開票速報が出る時間になるから、みんなは下に降りて来ないようにしてね」
ショコラちゃんが、選挙を手伝ってくれていたボランティアさんの子供を三人ほど連れて上がってきた。
選挙中は自宅を選挙事務所に使ってて、ほとんどコドモのイエのボランティアさんがそのまま運動員としてポスター貼りやチラシ配りなんかをやってくれてたみたいだけど、投票日のきょうは狭い自宅にマスコミが取材とかで集まったら大変だからと、コドモのイエの食堂スペースを臨時の〝会見場〟にして、椅子を並べて壁にでっかくショコラちゃんの名前を書いて、当選したら赤いバラの花をくっ付ける手筈を整えていた。
なので、きょうだけは一階は選挙スペースになってるので、子供の入場を禁止している。なんでも、子供は選挙運動をしてはいけないらしい。
ショコラちゃんは、相変わらず、コスプレ食堂のウサギさんから耳としっぽを除いたスタイルだ。よくそんな格好で選挙を闘ってきたもんだ。あんな風にテレビにまで映って全国に晒されて。
「啓示、みんなをよろしくね」
一応この場の最年長のけーくんに声を掛ける。
「八時になったら、キッチンのお寿司、みんなで食べていいから」
まっさきに「やったぁ」と声を上げたのはまみこだった。あの子はずっと腹ペコなのだ。
「発表があってからじゃなくていいの?」
けーくんの問い掛けにショコラちゃんが笑う。
「お祝いか、残念会か、どっちにしても食べるんだし、みんなは当選を祈って食べてね。お寿司は選挙の費用とは別だから」
私はショコラちゃんに駆け寄った。立候補をけしかけておいて、私は子供だという理由で何も手伝いができなかった。
「ごめんね」
つい謝ってしまった私の頭をショコラちゃんはゲンコツでぐりぐりと押さえた。
「発表前にしけた顔してちゃダメだよ」
ショコラちゃんは不安じゃないんだろうか。
「街中で、でっかい声でさんざん好き勝手に言いたいこと言って、ホント、スッキリしたわ。結果はともかく、楽しかった。あなたには感謝してる。後は神様・仏様・世界様にお祈りするだけね」
そう笑ってみんなにもう一度手を振ると、下に降りていった。
「母さん、やってよかたって言ってたよ」
隣に来て私の肩を抱いたのはけーくんだった。見上げると、彼の顔もスッキリとしている。いつもの三階にいるときのような粘ついた感じがしないのはいい。
私は頷くしかなかった。
「母さんなりに、手応えは感じてたみたいだし。子供の声援が凄かったって、嬉しかったってさ」
ショコラちゃんは子供のための政策を訴えて、選挙区の子ども園や小・中学校周辺を回っていた。
小さい子供のリクエストに応えて街頭でぴょんぴょんダンスを踊る〝ウサギのショコラ〟である意味有名人になった。幸い、苦情も批判もなかったのは、ショコラちゃんが泡沫候補だったからだ。
『どうして、パパっとやっちゃわないの』
前にまみこにそんなことを言われたことがあったっけ。
新しい選挙の区割りになって初めての選挙で、この群馬新三区は選挙前から与党の大物候補者の出馬で当選がほとんど決まったようなもので、野党の候補がどれだけ票を伸ばして接戦に持ち込むことができるかが、ポイントとなっていた。
「まあ、今回はなぁ。他の選挙区から出ればどうだったかだけど、それでもね」
国会議員の選挙って、住んでる場所じゃなくても立候補できるって、三日前まで私は知らなかった。知ってたら、せめて隣の一区か二区で立候補してもらうんだったのに。けど、それでも当選は遠かっただろう。
私はけーくんと離れて、床に敷いたマットレスにぺたんとお尻を付けた。
リビングは大きなテレビがあっていいんだけど、座るイスが少ないから、プレイルームからマットレスを持ってきて、みんな思い思いに座ったり、床に転がったりしている。
ここにいるのは支援者の子供や子ども食堂の利用者、お馴染みのメンバーとかで、ショコラちゃんの熱烈なファン達と言っていい。
「きらる、充電切れ?」
あみこが私の隣にぴょんとやってきた。
キッチンで、まみこがお寿司をつまみ食いしようとするのを阻止してたのをけーくんに任せたみたいだ。
「ううん、そうじゃないけど」私は自分の手のひらをじっと見つめた。確かに、最近〝光粒子〟の減りがはやい。疲れた感じもする。
「不安なんだ?」
あみこが私の顔を覗き込む。私は首を振った。
不安。というのは適切じゃない。
「力が出せないの……」
ショコラちゃんの選挙は楽勝のはずだった。私が〝力〟を使えば、全員がショコラちゃんに投票することなんかすぐにでもできる。適当に不自然にならないぐらいの得票数にすることも造作もないはずだった。
なのに、まったく〝力〟の手応えがない。スカスカとした感じで、ショコラちゃんに「絶対当選するから」、なんて言ったのに、まるっきり、一票たりとも動かせる気配がみられなかった。
「あの、亮平くんのこととか?」
あみこが声を潜める。
以前、まみこが乙女部屋に亮平くんを連れ込んでいたときのことだ。
あのとき、亮平くんは帰れなくなった。まみこが連れてきたルートが消えてしまって開かなくなったんだった。大騒ぎになって、結局、亮平くんはショコラちゃんが車で送っていく羽目になった。
私は事を丸く収めるのに〝力〟を発揮したけど、そのときに亮平くんを移動させることもできなかったのだった。
まみこが亮平くんを連れてきたりできたのは、まみこが私の〝力〟を血の繋がりを利用して勝手に使っていたからだ。なのでそのときは、単に電池切れなのかな、なんて思っていたんだけど、ここのところおかしい。
「きらる、力を使いすぎなんじゃないの?」
あみこが優しい声で私の背中をさする。
「うん、なんか、限界って感じがする」
子ども食堂をやった辺りまでは、ものすごく充実してて、世界中のすべてをどうにでもできる気がしてたんだけど。なにが切っ掛けでこうなってしまったんだろう。
「それは、きっと〝オケアノスの滝〟ね」
あみこが私の背中をぽんと叩いた。
「えっ? オケアノ……」
「あ、始まったよ!」
あみこがテレビの画面を指差す。
キャッチのメロディと共に、画面に大きく開票速報の文字が踊った。
「きゃあっ!」
「嘘だろ!」
〝オケアノスの滝〟ってなんだろう。
私の疑問を、みんなの悲鳴が吹き飛ばしてしまった。
テレビの画面に流れるテロップの文字。
『群馬三区:当選確実 野木まさひろ』
テレビでは司会のアナウンサーが番組の挨拶を始めたばかりだった。




