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(八十六)

   (八十六)


 バスで霧生駅前まで出ると、あとは二階の連絡デッキを通ってJRの改札口までは歩いてすぐだ。

 ここからとんかつ屋のある伊勢崎まではJRで一本だけど、その子の自宅マンションのある最寄り駅には伊勢崎で東武線に乗り換えなければいけない。


 とんかつ屋の娘と家で勉強してるってけーくんから聞いてたから、一階のお店で両親が働いてて、親の目の行き届く二階の部屋で参考書を広げてるもんだと思ってたけど、お店と自宅が別々ってことは、マンションの一室に二人っきりじゃん。

 中学三年生の男女が二人っきりだよ。おかしいよね? 絶対なにかあるよね? 何もありませんでした、なんてとぼけたこと言ったって誰も信用しないよね?

 部屋に入って誰も見てないな、なんて思ったら、最初はお互い好意なんてまるっきり感じてなくても、とりあえず一線は超えちゃうよね。で、いっぺん超えたらあとはズルズル繰り返しちゃうよね。私たちみたいに。それで、なんとなく好意というか愛着というか馴染みというか、そう、いろんな意味でお手軽感が湧いてくるんだよね。

 そうなったらもう中毒、依存性、ダメダメだよね。


 いまは週に一度か二度くらいの頻度だけど、そのうち家に入り浸って、ほとんど中に入りっぱなしで、抜き差しならない関係っていうのになっちゃうんだよ。


「けーくん、サイテー」


 私はひとまず自分のことを棚に上げておいて、とんかつ娘を彼から引き剥がさねばと心に誓うのだった。

 いや、これは決して嫉妬心から出た考えではなくて、あくまでもとんかつ娘を弥生ママから守るため、仕方なく実行することなのだ。

 弥生ママにとって、高森啓示が好きなのは白井文香だけでなければならないのだ。

 しかし、そのためだとはいえ、なんで乙女な私がこんな……、んんっ?

 駅の切符売り場で、ものすごい怖い顔で私を睨んでいる女の子がいる。

 私はその子の怒りに気付かぬふりで、にこやかに微笑んで手を振った。


「あみこーっ」

 向こうであみこが膨らんだ頬っぺたを溜息で(しぼ)ませてる。

 足を速めると、あみこの方から小走りにデッキに出てきた。


「おはよう、どうしたの?」不機嫌さには触れないようにして、あみこの二の腕に手を添える。

「きょう、遊ぼうって思ってコドモのイエに行ったらいなかったから」

 そういう理由であみこが出てくるんだろうか。いままでも、適当に居場所だけ見つけて自分たちで時間を潰していたはずだ。

 もし、特別に私と遊びたかったんだとしたら、それはとても嬉しいことなんだけど。

「うん、ごめんね。ちょっと用事があって」

 もちろん、その要件はあみこも知ってるはずだ。まみこがショコラちゃんから〝私が浮気相手に会いに行った〟という話を聞いたって言ってたんだから。

「うん」

 あみこがもう一度、不満な顔になる。ひょっとして、あみこも私が自分の浮気相手と密会しに行くと勘違いしてるんだろうか。

「あのね、私、ショコラちゃんに頼まれて、高森のお兄ちゃん、ほら、高森くんっているでしょ? その子の友達って子に会いに行くことになったの。伊勢崎まで、遠いけど、電車で。高森くんってさ、隣ん()の文香ちゃんって恋人がいるんだけど、その子、病気になっちゃってね、入院してて。でね、最近、その伊勢崎の友達って子と浮気してるんじゃないかなって、ショコラちゃんすっごく心配してるの。文香ちゃんのお見舞いにも行ってないんじゃないかって。高森くんの隣ん()って、白井さんなんだけどね、ほら、弥生さんってパソコン係のモデルみたいなキレイな人。その人とショコラちゃんって仲良しだから、うん、ママ友っていうの? だから、高森くんがね文香ちゃんがいるのに他の子と付き合ったりしたら不味いわけ。だから、それとなく様子を見てきてくれってなったの。私、こっそりそういうことするの、いろいろできるでしょ? だから」

 結構必死になってたくさん喋った。

「知ってる」

 あみこの返事は一言で、不機嫌さを解消するには至っていない。

「きょう、お昼から遊ぶ?」あみこの二の腕に置いた手を上下に滑らせて、なだめるようにさすった。

「まみこに聞いたんだけど、ね……」

 あみこは最初、問い詰めるようなきつい口調で、それで最後に自分の気持ちを落ち着かせるみたいに、柔らかな〝ね〟をくっ付けた。

 それで、周りを気にするように頭を左右に振った。

 私たちは連絡デッキの通路の真ん中で立ち話をしていて、周りはそこそこ人通りがある。

 あみこの二の腕に手を添えたまま、通路の端っこの駅舎の柱の陰にズルズルと引っ張った。ここなら周りの人も気にならない。

 それでもあみこは私の耳元に顔を寄せて、周りに声が漏れないように、小さく小さく囁いた。

「あのね、………………」

「えっ?」本当に聞こえなかった。

 あみこはもう一度、周りを見回して、深呼吸をしてから意を決するように頷いて、声のボリュームを三段ぐらいアップさせた。

「だからね、まみこが、〝きのこがおちんちんが欲しくって我慢できないから高森くんとエッチなことしてた〟って、浮気してるのはきのこの方だって言ってたの!」

 それ、私って変態じゃん。

 私はあみこから、まみこが言ってたことを詳しく聞いて、なんとか思い当たることをまとめることができた。

「それは、この間、私が高森くんに襲われてたときに、まみこに助けてもらって、そのときに〝心神喪失で責任能力がない〟って言ったの。おちんちんの相手がいないから無責任にやっちゃったってことじゃないからね」私も内容が内容なだけに、できるだけ声は小さくしておいた。

 あみこは私の変な説明を一応納得して頷いてくれた。まみこの言い間違い、聞き間違い、勘違いはいままでも数え切れないぐらいあったからだ。

「じゃあ、高森さんとは、もうそういうことしないってことでいいんだよね?」あみこが上目遣いで私を見つめる。

 どうしよう。本当のことを話しておいた方がいいんだろうか。ショコラちゃんとの約束について。

 あみこは私の大切な人だ。だからこそ、これからもその関係を大事にしていきたい。

「私、知ってるよ」

 知ってるって、どこまでだろう。あみこがあのことを知る機会ってあっただろうか。

 あみこの言葉は、私にきちんと説明することを促すようなくっきりとした口調だった。

 だとしたら、あみこは〝真実を知ることを恐れてはいない〟と私に告げたいに違いない。

「私、ショコラちゃんから、高森くんが他の子とエッチなことをしないように、高森くんの相手をするように言われてるの。だからこれからもたくさんすると思う」

 私の言葉にあみこは目を丸く開いて、震えるように大きく息を吸い込んだ。

「きらるは、高森さんが好きなの?」

 どうしよう、彼を好きなのは〝きらり〟だけど、きらりのいないこの世界でそのことを説明するのは容易ではない。

「あのね、私、夏休みまでは、高森くんのこと結構憧れてたの、うん、好きだったかな? けどね、夏休みの最後の日に、なんか……、あのね、あみこ、あの……、〝初めて〟って、分かる?」

 あみこは探るように目をぐるっと回して、二回瞬きをしてからじっと私を見て、ゆっくりと頷いた。

 分かってくれるかな? でも、あみこがまだ三年生ってことも忘れてはいけない。

「私、ちょっとは興味があったんだよ、エッチなことも。けど、まだ小学生だし、そういう気持ちじゃなかったし、嫌だなって思ってたの。それなのに、いきなりで。高森くんはあの〝心神喪失で責任能力がない〟って感じでね、そのときは私にも責任はあったんだよ、きっと。けど……、なんかさ、ひどくて……。私、死んだんだよ、一回。でも、やらなきゃいけないことがあって、もう一度生きてるの」

 あみこは首をひねりそうになりながら、それでもなんとか理解しようと考えながら、ぐっと唇を結んで「うん」とか細くあごを引いた。

「私さ、いろんなことができるでしょ? 変なこととかすごいこととか。そのための〝力〟ってね、エッチなこととか、癒されたり気持ちよかったりするといっぱいに溜まるの。だから、高森くんとそういうことするのも〝力〟を蓄えるためって、そう思ってすることにしてる」

「それって……、嫌じゃないの?」

 あみこがゆっくりと考えながら問いかける。

 私はなるべく軽く話をしようとしてるけど、あみこはしっかりと言葉を選ぼうとしてくれている。

 変なヤツ、キモいヤツって思ったって構わないぐらいなのに。

「平気だよ。ほら、私って人前で裸でも平気でしょ? 将来、男の人にエッチなことするお仕事が似合ってるって言われたことあるもん。高森くんなら嫌いな人じゃないし、〝力〟をもらえるならぜんぜん気にしないよ。実際、やってるときは気持ちいいしね」

「きるこがやりたくてやってるならしょうがないけど、なんか嫌だなぁ」

 あみこが私の袖を引っ張って、ふるふる揺らす。

「やりたいって訳じゃないけど……」

 付き合ってる子が他の子とも遊んでるのはやっぱり嫌なことなんだろうな。その遊びというのが()()()()()()ならなおさらだと思う。

「ショコラちゃんもひどすぎるよ。大人なのに、子供にそんなことさせるなんてさ」

「しょうがないよ、私しかできないんだし」

「だって、好きな子って宝物なんだよ。大事なんだよ。私の大切な宝物を他の人が乱暴に扱うのはイヤ」

「私が宝物?」

 あみこがすぐに頷く。

「ねえ、私と遊んでも元気って出るんでしょ?」

「うん」考えながら頷いた。

 確かに()()()()遊びなら〝力〟を得ることはできる。

「なら、私としようよ、コイビト同士だったらそういうの平気でしょ? ね」

「でも、あみこはそういうのあんまり好きじゃなかったよね」どちらかというと、私に合わせて無理にしてくれてるって感じだった。たぶん、きちんとした〝同意〟はしてないんだと思う。

「いいよ、きることだったらさ。きること仲良くしたいからさ。だから、きるこは嫌なことしないで。ねえ、一生のお願い! 私もね、きることエッチしてるときは気持ちいいから、ね、ホントだよ」

 あみこがニコって笑うけど、ちょっと無理をしてるのが口元で分かる。私だって、あみこと遊びたい。その方がずっと癒されると思う。けど、得られる〝力〟の量は多ければ多いほどいいのは事実だ。

「うん、でもショコラちゃんのことも助けないと。コドモのイエは私の夢だし」

 私は、ホントはどうなんだろう。ホントはけーくんとしたいんだろうか。表向きは嫌な振りをしてても、実際はそうなることを望んでるんじゃないだろうか。いままでだって、楽しんでたんじゃないのか。彼が来なかった一週間は物足りなくて、突然訪れた彼に心をときめかせてたんじゃないだろうか。あみこのことだって〝力〟を集めるのに利用してただけなんじゃないのか。

 あぁ、私は卑怯だ。あみこにいいように思われたい、そんなふうに思ってるだけだ。でも、そんなこと口に出して言えない。

「きるこ! 私、ずるい子だよ。きるこにいい子だって思われたいだけだもん。きること一緒に遊んでたら、食べ物もあるし、遊ぶとこもあるし、いじめられないし、だから一緒にいるの。ちょっとエッチなこと我慢したらいいこといっぱいあってすっごくお得だからコイビトになったの、そんな子なの!」

「あみこ……」


 私は泣いた。


 この子は全部を知っていて、私が卑怯にも口に出来なかったことを、勇気を出して言葉にした。

 グズグズしている私を、それでいいんだと、助けてくれた。私を全部受け止めてくれた。

 あみこの肩におでこを乗っけて、わんわんと、小学生みたいに泣いた。

 あみこの手が頭と背中をとんとんと優しく叩いて、涙が底を突くまで、すべて流し切るまで私をしっかりと支えてくれていた。



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