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(八十三)

   (八十三)


「済んだけど?」


 リビングのドアを開けて、ソファーに座ってノートパソコンを開いているショコラちゃんに声を掛けた。

 少し不機嫌なイントネーションだったと思う。

 少し不機嫌なのは、こういう形でショコラちゃんに呼びつけられたということが半分と、一番大事な〝最後の瞬間〟をまみこに邪魔されてちょっとモヤモヤしてることが半分ある。

「お疲れ様、あんまり遅いから心配で見に行こうかと思ってたところ」

 ショコラちゃんはにこやかな顔で出迎えてくれた。

 確かに〝お疲れ様〟ではありますが、子供のああいう姿は母親が見るもんではありませんよ。


「あの子はもう、売り切れ。子ども食堂と同じで、ショコラちゃんの分はなんにも残ってないよ」彼はいま、空っぽであり、満たされた状態でもある。私の方は満ち満ちている。最後のちょっとだけがまみこで欠けた状態だけど、満月よりも十三夜の方に美しさを感じるのが日本人の心だ。

「それは残念。けど、若いってすごいね」

「ショコラちゃんもさんざんぴょんぴょんダンス踊って、若いでしょ?」アンケートに〝何年生?〟って書いてあったことは後で話そう。

「でも、私はきらるちゃんみたいに三時間もは無理、一回で十分だから」時間を掛けたからって、回数をこなしてるとは限らないと思う。さっきはこなしたけど。

「私は久しぶりだったし、堪能したって感じ」

「ごめんなさいね、何日も(あいだ)を開けちゃって。そんなに好きだったなんて思わなかったから」

 ひょっとして、ショコラちゃんは私から彼を寝盗ったとか思ってるんだろうか?

「けーくんのことは私そんなに好きじゃないから大丈夫ですよ」彼を好きなのはあくまでも〝きらり〟の方だ。私のコイビトはあみこであって、彼との関係はあくまでも〝光の粒子〟集めが目的なのだ。

「そうじゃなくて、セックスが好きなんだねっていうこと」

「あーっ……」イタタ……、露骨にその言葉を使った。もう、私をそういうヤツだと思ってるってことだ。

「確かにそうだけどね。でも、そういうお腹の探り合いみたいな話はもうやめようよ。お互い分かってるみたいだし」なんの言い逃れもしないし、さっきの彼とのことを聞かれたら正直にクエストの内容を話してもいい。

「そうね。まあ、立ってないで、こっちにいらっしゃいよ」ショコラちゃんが私に一人掛けのソファーを勧めた。


「裸で寒くないの?」

 ソファーに深々と腰掛けると、シートのレザー生地がひんやりと肌を冷やす。そういえば服を着てなかった。なんか、もう服なんてどうでもいい感じがする。

「汗かいてたから気持ちいいよ、なれると楽だし。お勉強中?」ショコラちゃんのノートパソコンにちらっと目をやる。

「暇つぶし」テーブルに置いてたパソコンを書類と一緒に端に寄せた。確かに、三時間も暇だっだろう。


「ねえ、あの子とは、夏休みの最後の日から?」

 いきなり関係についての質問。黙っていることもないから私は頷いた。

 よかった、何を聞きたいのか分かってるから、こそあど言葉で言ってくれた方がいい。さっきみたいに露骨な言葉を使われると心の中まで乙女じゃなくなりそうな気がする。

「そう、それは……、ごめんなさいね」

 これには首を振った。本人が覚えてない以上、ショコラちゃんに謝られても仕方ないし、いまさら、だ。


「あの日は……、啓示は会合に呼んでなかったし、朝から友達の家に勉強しに行くって家を出たはずなんだけど、それが、コドモのイエであなたの胸に吸い付いて寝てたでしょ。思った通り、この子たち、ヤバい関係だって思ったんだけどね」

 あの、全てが終わった日のことだ。始まった日といってもいいかもしれないけど。

「あの頃は、私ももうどうにでもなれって心境だったし、誰が誰とがそうなろうが関係ないって思いたかったし。けど、あの子が夜遅くに帰ってきて、ずっとコドモのイエで寝てたみたいなことを言ってるくせに、やけに嬉しそうで充実したっていうのかな、スッキリした顔でね。それで、気になって次の日の朝、あの部屋に行ってみて、それで、びっくりした」

 あの惨状を目にしたのは、やっぱりショコラちゃんだったんだ。

「そう……」なんて返事をすればいい? 〝彼にご満足いただけて良かったです〟かな?

「すぐに、何があったか分かった。啓示と……、相手が誰なのかも。あの子がとんでもない恐ろしい行為をやってしまったってことも」

 そう、彼はさっきも似たような行為をやってしまってましたよ。罰として、危うく首を刎られるところだったけど。

「私、あなたにコンドームなんか渡して、さも理解があるような平気なとこを見せてたけど、実際にあんな部屋を見たらもうパニックになって、とにかく隠さなきゃって、証拠になるようなものを全部片付けなきゃって、部屋の中を掃除して。もうずっと〝あの子がそんなことするはずない〟って〝文香ちゃんばっかりだったあの子が他の子とそんなことをするはずない〟って自分に言い聞かせて!」

 息が荒くなるショコラちゃんを落ち着かせるように、私は彼女の隣に移って、膝の上にあった手を取って、ゆっくりと大きく誘うような深呼吸を繰り返した。

 ショコラちゃんは目を閉じてひとつ大きく深呼吸をして、それからゆっくりとまぶたを開いた。

「それで、きっとあの子は〝きらるに誘惑されたんだ〟って、私にはいろいろ言い訳がましいことを言ってたけど、〝きらるは男の前で平気で裸になるような、そういう女だったんだ〟って必死になって思ったのよ」

 確かに、私は他人に裸を見られるのは平気だけど、裸になるのは抵抗があるっちゃある。それに、誘惑するつもりはなかった、と思う、たぶん、分かんないけど。

「それで…………、私は、相談したの、弥生さんに。そしたら、彼女があの部屋にカメラと盗聴器を取り付けて監視を始めて……」それで、ママがあれを取り付けたのか。

「あのぉ、私のせいだって思ったのは分かるんだけど、そっから弥生ママに相談って、なんかいきなりって気がしますけど?」私はショコラちゃんが言いたくなさそうなことに突っ込んだ。

 ショコラちゃんは私の顔をじっと見て、それで小さく咳払いをしてから〝ふっ〟と息を吐いた。

「これ」ショコラちゃんが横に置いてあったトートバッグからペットボトルを取り出してテーブルの上に置いた。これはエコでオシャレなラベルレスのエビアンのボトルだ。

「これはなに?」ショコラちゃんがそのペットボトルを人差し指で突っつく。

「ん?」私は思わずあごを突き出した。中身はエビアンじゃないの? そんな……、私に聞かれても?

「あの部屋で、この液体が洗面器に入ってたんだけど、あなた知ってるんじゃないの?」

「んんんっ!?」

 えっ、コレ、アレ!? 捨てなかったの? トイレに流せばいいのに。これは……、なんて説明すればいいんだろう。


「最初、これを見て、あなたの排泄物だと思ったの。あの子があなたを拘束して乱暴した挙句、部屋に監禁して。でも、あなたは明け方までに自力で逃げ出したって」

 なんとなくだけど、合ってるじゃん。

「でも、ただの排泄物とは思えなかった。洗面器の底に不純物みたいなのがもやもやと沈んでて、上澄みの液体は、微かにそういう臭いがしたけど、ものすごく、透き通っててキラキラして見えたのよ」

 あの洗面器いっぱいのあのアレが一晩置いて変化したのか。

「だから、持って帰って家にあった災害時用の浄水器で不純物を濾過して上澄みだけをペットボトルに貯めたの。2リットル近くあった」

 ショコラちゃんはペットボトルを持ち上げて、顔の前で回すように振った。あのとき、私、そんなに出してたんだ。

「おかしいでしょ、そこまでして。私、これを調べるのに集中することで、彼がやったおぞましい行為から目を逸らしたかったのよ」

 気持ちは分かる。おぞましいテストの前の日はゲームやマンガにのめり込みやすい。

「それに、あの部屋にあったゴミの量。あの子が集会の後、あの部屋であなたを襲ったとしても、帰ってくるまでの時間を考えても長くて四時間ほど。とても一人の男の子が出せるゴミの量じゃなかった」

 やっぱり、あれは普通じゃなかったんだ。彼もそうだけど、私だって、ホントに命懸けだった。死ぬ気で、なんとかしようって必死になってた。

「それで、考えられることは、あの子が誰か仲間を呼んで、あの子が帰った後も、その仲間が朝まで暴行を続けたってこと。それで、そのときに撮った画像や動画であなたを脅して黙っていることを条件に、明け方になって解放した。だからあなたはあの後もじっと黙って耐えているんだって」

 すごい、サスペンスドラマみたいな推理だ。私だってさすがに見知らぬ複数の人を一度に相手するのは嫌だと思う。そんなことになって脅されたら、すぐさま、まみこに処理を頼むしかない。

「それで、弥生さんに相談した。私が〝啓示ときらるちゃんがあやしい〟って言っただけで、すぐにカメラと盗聴器を仕掛けて監視を始めたみたいだったよ。彼女は啓示が文香ちゃんから離れるのをずっと恐れてたから」

 そうそう、それで弥生ママには何度も殺されかけた。親しくなった知人、友人すら殺されかけた。だから、私とあみこがあの部屋で深い関係になったときは、監視をしているママを安心させる映像としてそれを提供することにしたんだ。

「それから、私は、その液体を、小さなグラスに移して、啓示にみせて「これはなに?」って聞いたのよ」

 私は、息を呑んだ。それは、やめた方がいいと思う。

「そしたら、あの子、それを持って、眺めて、匂いを嗅いで…………」

 ショコラちゃんは一度言葉を切って深く息を吸った。

「……真っ赤な顔で笑って「何言ってんだよフッカ、いつものアップルサイダーじゃん」って、美味しそうにそれを飲んだの」


 ショコラちゃんはひどく落ち着いた様子でそう言った。

 そうか、この子も彼に()()()()()()()()んだ。

「そう、大変だったね」〝お疲れ様〟はおかしいだろう。

「どういうことになったか、分かってるみたいね」

 ショコラちゃんが私をちらりと見る。

 私は頷いた。

「そうね、私も、もうダメだと思った。いくら男だって言ってもまだ中学生なのに、信じられないぐらいのものすごい力で」

 私はショコラちゃんの手を強く握りしめた。

「でも……、あの子、急にやめたのよ。私の身体を見て」

「えっ!?」女の子の裸を前にして欲望にブレーキを掛けられるなんて、いまのけーくんでは信じられない。

「なにか呆然とした顔でね、「違う」って、それで、「ここじゃない」って、頭を振って、ぶつぶつ言いながら家を出ていったの」

 もしかして、アラフォーのたるんだ体型に絶望したんじゃないだろうか。

 私はちらっとショコラちゃんの表情を伺った。

「私も、一瞬そうだと思った」

 ショコラちゃんは私の頭の中を覗いたみたいに頷いた。

「でもね、たるんだ胸とかお腹とかを見てもなんともなかったから」

 胸OK、お腹OK、だとしたらNGは……。

「匂い、とか?」〝あそこの〟とはあえて言わなかった。彼が鋭敏なのは、やはり嗅覚なのだ。

「だと思う。あの子、匂いに敏感だから」

 彼が好きなのは若々しいフルーティーな香りだ、ショコラちゃんや弥生ママのような大人の女性のフローラルな香りは好みではないのだろう。

 つまり、彼は正真正銘の変態ロリコンで、そのおかげでショコラちゃんは近親相姦の危機を免れたわけだ、ってことでいいのかな?

「それで、あの子はまた遅くに帰ってきて、やけに機嫌がよくて、遅くなってごめんって言いながら、お土産だってコンビニでスイーツなんか買ってきてて、私とのことは全然おぼえてないみたいでね。私、ホントに訳分かんなくて、「これ覚えてない?」って、またこれを出したのよ」ショコラちゃんが、ペットボトルを注ぐように傾けた。

(むご)い……」私は唇を噛んで頭を振った。

 けど、ショコラちゃんも私に頭を振ってみせた。

「ところが、あの子、それを見て「やめろよ、母さん、変だよ」ってニヤニヤ笑って」

 えっ、そうなんだ。続けては無理なのかな。

「あの子にはそれがなんなのか分かってたみたいなんだけど、ハッキリ言わなくてね」

 きっと、しらふだと臭いで分かるんだろう。〝ホントのアップルサイダー〟だということが。

「ねえ、これはなんなの? アップルサイダーじゃないよね。大学時代の知り合いに頼んで分析してもらったら水だって。理学部の設備でも作れないぐらいのありえない純度の水だったって。どこで手に入れたのかって私の方が聞かれたわ。どういうこと、臭いだってちゃんとあるのに!」


 それは私のおしっこです。あなたが彼に飲ませたのは、間違いなく私のおしっこなんです。

 なんて、ことを馬鹿正直に言えないじゃないですか。


 私は乙女にふさわしい言葉を探し求めた。



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