(八十一)
(八十一)
けーくんが落ち着かない。
今朝からずっと一人の女の子の動きを追いかけている。あんなぶりぶりにカワイイ系が好みだったのだろうか。
そういえば、以前から彼が女の子のプレゼントとかに選ぶのは結構可愛い小物が多かった気がする。確かに昔、私がもらったヘアピンも可愛いやつだったけど、それは私がまだ小学二年生だったからだと思ってた。
あんな甘々なチョコパフェ娘が好きなのに白井文香みたいな塩饅頭に根こそぎイカれてたなんて、よっぽどあの子のナニかが具合ヨカッタに違いないんだろうけど、それにしても、ガン見し過ぎだ。とうとう白井文香から乗り換えるのか。欲望は倫理を超えるって言うのか?
まあ、私はもう男なんかに全く興味はございませんから、ご勝手にって感じなんですけどね、ふんっ!
だいたい、白井文香が忘れられないから諦めてくれって私に堂々と宣言しておきながら、どストライクな女が目の前に現れたらほいほいシッポみたいなのを振ってしきりにスキンシップを図ろうとするなんていったいどういう了見なんだ? 親の顔が見てみたいもんだ。
再生コドモのイエの第一回子ども食堂はボランティアのみんなも揃って集まってくれていた。準備段階からその全員が力を入れすぎたせいで、お陰様で盛大なものとなった。
特に目を引いたのは、誰かが冗談で言ったコスプレ食堂をみんなが本気でやっていることだった。
子供受けがいい。
みんなクオリティが高いんだけど、中でもドールハウスのお人形さんみたいなウサギのコスプレ女子を、けーくんが気に入ってしまってやたらとその子にくっ付いているのだ。ウサギさんの後ろをドラゴン退治の勇者がくっ付いて歩いてるのはどうにも子供たちへの教育上宜しくない。
みさとちゃんが気にして彼をバックヤードに引っ張り込んだんだけど、その後もずっと目で追いかけている。
「やっぱ、女の子はウサギだよねぇ」彼の目がうっとりとともにいちゃんになってる。
みさとちゃんの〝不思議の国のアリス〟も可愛いと思うんだけど、目に入っていないみたいだ。
私なんか、イメージがぶれないようにって、いつもの白服のまんまを指定されてるので彼には一瞥もくれてもらえない。
きょうのオープニングでウサギさんがアドリブで〝ぴょんぴょんダンス〟を踊ったときに、彼が真っ先に隣で踊り出して、それでみんなが踊って盛り上がったんだった。彼はウサギさんと手を取り合ってぐるぐる回るパートナーをまんまとせしめたのだった。中三の男子がぴょんぴょんダンスをあんなに嬉々として踊る姿は多分クラスメイトには見せられないだろう。
いま、来客の男の人にウサギさんが声を掛けられているのをソワソワしながら覗き見ている。
「あのオッサン、子ども食堂に何しに来たんだ。変じゃないのか」
変なのはあんただ。あの子にナニをするつもりだ。危ないから不必要に剣を振り回すのはやめて欲しい。ダンボール製でも当たると痛いんだから。あの男の人は挨拶に来たトモイの社長さんだから是非とも安心しててくれ。
ウサギさんが耳を揺らしてとことことこちらにやってきた。クヤシイけど歩き方まで敵わない。
「きらるちゃん、社長さん来られたからあっちのテーブルでお相手してあげて」
「はーい」ご指名だ。でも、決して枕営業ではない。この前のこともあるので、友井社長にはきちんと挨拶しておこうと、張り切って席を立った。
「向こうなんかきらるちゃんにでも任せといて、ちょっと休んだら? コーヒー淹れようか」けーくんがウサギさんのワンピースを引っ張る。〝なんか〟とか〝にでも〟とか、いちいち言葉が引っ掛かる。
「ありがとう、でも私、看板娘だから」
ウサギさんはけーくんの頭をぽんぽんと叩いて私と並んで食堂スペースの方に向かう。
「モテモテだね」冷やかすつもりが半分は羨ましくなってる。
「とっても複雑な心境」
だろうけどね。
「でも、午後からは、市の広報とかテレビとかの取材もあるんだけど、こんな格好で大丈夫かな?」ウサギさんがいまさら世間体を心配している。
「話題になっていいよ。可愛いし」アラフォーとは思えないほど仕上がってる。
「けど、〝ウサギのショコラ〟って名前、公表して問題ないかな? 大人の事情とか」某有名ドールハウスのキャラクターを気にしてるようだ。
「あっちは〝ショコラウサギの女の子〟だから大丈夫だって。そもそも名前がショコラなんだから仕方ないでしょ?」
「そうだけど」
「それに、ショコラちゃんの方があっちより先に生まれてるんだし」ショコラちゃんの方がひとつかふたつあのドールハウスちゃんより年上のはずだ。
「なんかそれ、オバサンって言われてるみたいで微妙」唇を尖らすとこまで可愛く見える。それで、この子は絶対〝カワイイ〟を意識してるってハッキリ分かった。
なんかクヤシイけど、この際、ショコラちゃんには是非とも目立ってもらおうと思う。
あみまみのこととか凛音のこととか、私ではどうしようもないところを、この子にはなんとしてでも頑張ってもらわないといけないのだ。
嵐のような時間が過ぎて、主宰の私と会長兼広報担当のショコラちゃんのインタビューや撮影もなんとか終了した。ショコラちゃんなんか、カメラの前で三回もぴょんぴょんダンスを踊らされる羽目になった。7時のニュースで北関東のみんなが彼女のぴょんぴょんダンスを見ることになるのだろうか。
きょうの子ども食堂の利用者は11時から15時までの四時間で、百四十八名、内、大人が三十九名。
無料のメニューは、しかまき、黒豚のくるんくるん、木の実のぽあちか、ららこ汁をセットにした定食だけにして、食材のロスをなくそうと考えたけど、結局、用意した食材はすべて底をついて、慌ててフレッセイに材料の買い出しに走る場面もあった。
なお、有料のサービス――私の枕ではない。一杯三百円のドリップコーヒーとかお酒なんか、だ――を利用した人は二十二名いて、売上は四万七千円にもなった。
すっかり食べ物のなくなった私たちは夕方からの打ち上げに近くのコンビニで食べ物を調達しなければならなくなった。
反省点や今後の課題、要望は沢山出たけど、なにより、この規模では会場の狭さが問題だった。
利用してくれた人に書いてもらったアンケート約百五十枚を読むのは結構な重労働だ。枚数もさることながら、なかなかに難読な文字も多い。基本的に丸つけするだけのアンケートなんだけど、最後に自由に書いてもらう欄は貴重な意見だからしっかり読むようにしないといけない。
マットレスの上でだらしなく仰向けに転がったまま次の一枚を摘み上げて顔の前に広げた。
「えっとぉ……、ウサギのショコラちゃん、カワイイね。何年生ですか?」思わず笑ってしまう。これ書いたのどんな子だろう、まさかけーくんじゃないよね?
「これ〝何年生ですか?〟って言うより〝何年生ですか?〟だよねぇ。あの子、昭和だよ昭和!」罪な女だぜ。まさか、中高生に見えた? 後でショコラちゃんに見せてあげよう。
「あっ」カチャとドアが開く音がして、そちらを見ると、隙間からけーくんが顔を突き出してた。
「えっ、なに?」もう、帰ったと思ってたけどまだいたんだ。
「あの、母さんが様子見て来たらどうかってさ……」ショコラちゃんと一緒に帰ろうと思って待ってたってことなのか。まさかけーくんのためにまだウサギの格好してるんじゃないだろうか。
「部屋の模様替えしたの?……」けーくんの視線が部屋の中をさ迷ってる。
「うん、ちょっとね」愛用の座椅子もなくなってどう思ってるだろう。
「スッキリしていいじゃん」言いながら部屋に入って来ようとする。
「あっ、ダメだよ入ってきちゃ」私は慌ててけーくんを手で制した。
「えっ、なんで?」
「この部屋、女人禁制なの!」
けーくんの間の抜けた表情で言い間違いに気付いた。ついまみこの言葉につられてしまった。
「じゃなくて……」女人禁制じゃなくてなんだったっけ?
けーくんが、呆れた顔で部屋に入ってきた。
「あ、だからダメだってば」
「相変わらずフッカだなぁ」身体を起こした私の頭をぽんぽんする。
「ん?」フッカって……。
ブブブ、ブブブー。
スマホのバイブが鳴り出して、私はポケットの中を探ろうと傍にあったワンピースを手繰り寄せた。
「あ」私、服きてないじゃん。
またやってしまった。さっきまでここにあみこたちがいて、乙女スタイルで騒いでたんだった。お昼はお母さんも一緒に来て食堂で食べてたっけ。
乙女部屋で油断して、あみこたちが帰った後も内鍵を閉めてなかった。けど、私が裸を平気なのは仕方ないとして、彼はなんで裸の私をなんとも思わない? それに〝フッカ〟ってなに?
とにかく、電話だ。この状態が危険なら助けを呼ぼう。
ポケットからスマホを引っ張り出して通話をタップした。
「もしもしっ!」画面の表示は〝ショコラちゃん〟だった。
『あぁ、ニセ文香ちゃん』
「えっ!?」
『下にいるから、済んだらいらっしゃいね』
なに、それって、どういうこと!?
「もしもし、もしもしっ!」
切れた……。
ニセ文香って、私のことか。どうしてショコラちゃんがそんなことを知ってるんだ。済んだらって?
「フッカ、どうかした?」
彼の頬がほんのりと赤い。
この部屋は完璧に掃除したはずだった。なのに、このけーくんの反応は〝夢見〟の状態だ。それに、彼はこの部屋に入る前からそうだった。
「なんでもないよ」彼のお母さんからの言葉は、とても答え難いことだ。私はとりあえず彼に微笑んだ。
けーくんはほっとした顔で私の横に跪くと、頭をそっと包むよう抱き寄せて、髪に口付けをした。
ショコラちゃんに聞きたいことがいっぱいある。
「フッカ……」
彼の吐息が熱い。
「お兄ちゃん……」
ショコラちゃんに聞こう。
済んだら…………。




