(七十五)
(七十五)
ベッドの中でも、ひとまず満足のいく結果を得られた。ママは私を宝物のように扱ってくれた。
彼のことを思い出すとせっかくの幸せが目減りしてしまうから、ママのしなやかな弾力だけを頬っぺたに感じていることにした。
このふわふわした気持ちのまま朝を迎えてしまおう。
「ねえ、きらる、なにか悩み事があるならママが相談に乗るよ?」
「えっ?」私はママの胸によだれの糸を引きながらぼんやりと顔を上げた。
「お家も楽しくなさそうだし、お酒飲んだりして。それに、きょうはすっごく甘えてる」ママは私の口元のよだれを優しい顔で手のひらで拭った。その仕草がまるでドラマの中の母娘のようで私は眠気もあって心が崩れそうになった。
ママは本当に、他人から情報を引き出すのが得意だ。つい話したくなる。でも、それは彼と私と白井文香についてのことだから、ママには言えない。
「あのね、私、好きな子がいるの」
「ん? けーくんじゃなくて?」ママが驚いたように目を開いた。
「けーくんはダメ。文香ちゃんばっかりだから」私は頬っぺたを膨らませて、つまらなそうな顔を作った。
「コドモのイエによく来る子でね、三年生なんだけど、妹の面倒とか見てたりして、私なんかよりずっとしっかりしてるの」
「年下の子なんだ」ママの言葉に頷く。
私はその子がどんなにきちんとしてて、真面目でしっかり者かをママにまるで自慢話のように伝えた。
「その子、家であんまりお風呂に入れないって言うから、コドモのイエのお風呂を使ってもらって妹と入るんだけど、この間、私も一緒に入って、三人でふざけて洗いっことかした」
「お風呂!?」ママは「すごっ!」って小さく声を上げて、〝驚いて〟と〝笑って〟をまとめた顔になった。
「じゃあ、その子もきらるのこと好きなのかな?」
私は首を振った。
「仲良しだけど、姉妹だって……」
「あ、姉弟か……」ママは残念そうに頷いた。
「その子、三年生のくせに私のこと〝妹〟って言うんだよ。身長だって同じくらいなのに、ひどくない?」
私の訴えにママが笑った。そりゃ三年生と同じ身長じゃ笑える。
「私、その子の妹と遊んであげたりして、いい人アピールしてるんだよ」私が言うと、ママは「健気だね」って笑って頭をなでた。
「この間ね、「キスしていい?」って聞いたの」
「積極的ね」ママが引くくらい目をパッチリと開いた。
「そしたら、「ダメ!」って!」思い切り唇を尖らせる。
「でも、その子もきらるのことは嫌いじゃないんでしょ?」
私が頷くと、ママは優しく私の頬っぺたをつねった。
「なら大丈夫よ。妹ちゃんもきらるのこと好きなんでしょ?」私は頷いた。
「ちょっと生意気だけど……」実際のまみこはちょっとぐらいの生意気さ加減ではない。
「その子、まだ三年生なんでしょ? 一緒にお風呂に入ったり、洗いっことかしてるなら、そのうちきらるのこと〝女の子〟だって意識するようになるよ」ママらしくない大人としての適切なアドバイスだと思う。
「そのうち?」ママにはママらしいママになってもらわないと面白くない。
「そう、そのうち、ね」
「いますぐは?」私はママの顔にぐっと迫った。
「いますぐぅ!?」ママは私の言葉とプレッシャーにびっくりして声が変になった。もちろん〝いますぐ〟と言ってもこの場であみこを召喚してどうこうしようという訳ではない。
「だって向こうは三年でも私はもう五年だよ。のんびり待ってたら、私、お婆ちゃんになっちゃうよ!」精一杯焦ってママの胸を揺すった。お婆ちゃんは言い過ぎだったかもしれない。
「じゃあ、〝キスしよう〟とか、そういうことを言ってその子を困らせるんじゃなくて、きちんと「好きだよ」って自分の気持ちを伝えるしかないわね」
私は目を丸くした。それじゃあ、真面目な小学生の恋愛だ。
どうしたんだろう。あの訳の分からないホット梅酒の涙からママがマトモな母親に戻ってしまった。
「そうじゃなくて、私はキスとかがしたいの。ママとしてるみたいな体のことをその子としたいの!」
「きらる……」ママは私を胸にぎっゅと抱いて頭に頬擦りをした。
「そういうことを覚えたら、好きな子としたくなるのはわかるわ。気持ち、いいもんね」ママは優しく私のお尻をぺちぺちと叩いた。
「でもね、そういうことって相手の気持ちも大事でしょ? いつでも自分がやりたいときにできるって訳じゃないの。分かるでしょ?」ママの言葉はとても柔らかくて、心の中にすっと入ってくる。
「うん」私も素直に頷ける。
「だから、そういう気持ちよさを覚えたら、こんどはそれを自分でコントロールすることも覚えないといけないのよ」
「それって、自分でおまたをいじるってこと?」
「そうね、セルフプレジャーっていうの、きらるもしてるでしょ?」
きらりが指がふやけて指紋がなくなるぐらい熱心にしてたやつだ。私はママには内緒だけどいつも彼がしてくれてたから自分でやったことがほとんどない。
「そういう気持ちは大人になったら男の子も女の子もみんなが持つことだから、少しも恥ずかしいことじゃないよ。きらるも大人になったってことだからね。だからセルフプレジャーも、全然悪いことじゃないの、きらるの気持ちで自由にやっていいの」
「うん」
「自分できちんとコントロールして、スッキリした気持ちで、その子とお付き合いしよう。その子が大人になるまで、もうちょっとだけ待ってあげようよ。きっとその子もきらるのこと好きになってくれるから」
「わかった、その子のこと好きだから自分の気持ちを伝えて、それでちゃんと待つよ」
「きらる、いい子ね」ああ、ママが私をなでてくれる。
いや、違うって! 私、なんでこんないい子なんかになっちゃってるんだろう。おちんちん二本も食べちゃったのに。
「ねえ、ひとりでするのに、またあの〝元気が出るサプリ〟ちょうだい。もうなくなっちゃったの」
きょう、ママのところに来たのはそのサプリを手に入れることが目的のひとつだったんだ。ドラッグは〝力〟を手軽に生成できる便利なアイテムになる。私は人間の作った法律や倫理観なんかはまったく気にしない。
さっきはなんだか、ほのぼのとした母娘の恋バナみたいになっちやったけど、せっかくだから、ママにサプリを要求しよう。
「あら、ずいぶん使ったんだね」ママは少し心配そうな顔で私の頬をなでた。そりゃ心配だろう、私はママのサプリを飲み過ぎて、いまこうして生きてるのが不思議なぐらいなんだから。
「じつはね、飲んですぐはとっても気持ちよくて元気が出るんだけど、あとですごく疲れたり頭が痛くなったりするの、それで、変な人がじっと見てたり、みんなが私の悪口言ったりするんだよ。だから、また気持ちよくなりたくてたくさん飲んじゃうの」有害な副作用を〝力〟で分解しない限り、普通に飲んでいたのでは、私は絶対に依存症間違いなしだ。
「そっか、じゃあ、あんまり飲まない方がいいのかな。サプリなんかに頼らずに、きらるはまだ子供だし、さっきの梅酒の方が合ってるのかもね」
いやいやいやいや、ひとりでおまたいじってスッキリしようって話なんだから、ちびちび梅酒飲んでほっとしてぐっすり寝ちゃダメなんだって!
「でも、家でお酒なんか飲めないし、こっそり飲むのはサプリの方が便利だし」私が〝ドラッグで苦しんでる〟なんて話をしたらママが喜んで追い討ちかけてくるって思ったのに、なんで私の方がフォローしなきゃいけないの!
「そうねぇ、じゃあ、あした、学校に行くまでに用意しとくけど、ちょっと効き目の優しいのにしとこうね。あんまり飲まないのよ」
えーっ、この間まで、バクバクサプリ飲みまくってグリグリおまたいじりまくって心もおまたもボロボロになっちまえってぐらいの勢いだったのがどうしたの、ママ? そのせいで部屋の中がおまた臭くなってたぐらいなんだよ!
なんか私ひとりがものすごくエッチ好きな女の子みたいになってるけど、そもそもが違いますからね! ママが私に教えてくれたんだからね!
「じゃあ、寝ましょうか、きらるの恋が実りますように。ママも祈ってるわね」
私は心の中で頭を振っていいママを追い払った。こんなママじゃあ寝覚めが悪い。
「ねえママ、もっかい甘えていい? 目が覚めちゃったの」こうなったら、とことんママを追い込んで、ぎゃふんと言わせてやる。
「もう、しょうがないわね。でも、オネダリするのは元気な証拠だもんね。眠くなるまで甘えていいわよ」ママが頬っぺたにキスをしてくれた。
ダメ。優しい。私、最近誰かに優しい言葉を掛けてもらうことってなかったから、ママにそんなこと言われたら泣きそうになっちゃう。
こうなったら、反対にママをヘトヘトにして眠らせてやる!
私は意気込んでママにアタックしたんだけど、優しい母親モードのママに軽く受け流されてしまい、何度チャレンジしてもまったく歯が立たず為す術がなかった。
翌朝、スッキリと目覚めた私は、ママとちょっとオシャレに英国風のブレックファーストを楽しんだ。おしゃべりも花が咲いたように楽しい。
あのホットな梅酒はこういうスッキリとした朝を迎えるための、最高の『お薬』になるんだよってママが教えてくれた。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、気を付けてね」
何気ない朝のやり取りが、こんなに幸せを運んでくれるなんて、私はすっかり忘れていた。
優しいママには感謝しかない。
そうだ、こんどの子ども食堂にママも招待しよう。
それで、あみこを紹介するんだ。
私の好きな子が女の子だって分かったら、きっとママはびっくりするはずだ。
私はママが驚く顔を想像して、ニンマリとした。
「よっ、朝からご機嫌だね!」ぽんと肩を叩かれて振り向いたら、けーくんだった。走ってきて追い付いたって感じだ。
「えっ、なんで?」高崎の奥座敷にある中学校に通うにはもうずいぶん遅い時間だと思うけど。
「後期は結構自由なんだ。きょうは二コマ目から」ヘラヘラと右手の指を二本立てる。
きのう聞いたよアホウだね!
妙にスッキリした顔の彼にムカついて、さっきの幸せが瞬く間に消滅した。
さっそくサプリを飲みたい気分だ。
「あっ!」
しまった、ママにサプリをもらい忘れた。というか、きっとママは私にサプリを渡すつもりがまったくなかったんだと思う。
「どうしたの?」馴れ馴れしく私の顔を覗き込んでくる。
「いいえ、なにも」私はツンと唇をすぼめた。
そもそも、私はなんできのうママにあみこのことなんか相談しちまったんだろう。
「高森くんこそ、昨夜なにかスッキリするようなことでもあったんですか?」皮肉たっぷりに隣を見上げた。
「いいや、いつもと変わらないよ」
ふん、いったい誰を相手にいつも通りだったのやら。
そうだ、きょう、家に帰ったらお母さんに〝梅酒にザラメを入れて温めたお薬〟を教えてあげよう。お母さんが少しでも元気になってくれたら嬉しい。
私はお母さんの喜ぶ顔を思い浮かべて、浮かれて隣にいる子と手を繋いで歩いてた。




