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(七十二)

   (七十二)


「あ、もしもし、きらるです」

 呼出音が途切れて、通話が始まったはずなのに、ショコラちゃんは何も言わない。

もう一度、声を掛けてみる。

「もしも……」

『……んぬぁあ、きらりちゃ……、どしたん?』もごもごと口を動かしてる感じがする。

「晩御飯?」口になにか入ってたんだろうか。

 ズズッと、遠くの方で何かをすする音がする。お味噌汁でも飲んだんだろう。

『ごめん。啓示が帰ってこなくてね、空腹に負けて先に食べ始めてたとこ』

「へえぇー」ヤバい、けーくんの生命活動を止めてたのをすっかり忘れてた。

 もう何時間になるだろう? ちょっと解凍しとかなきゃ。


(きらりきらきらおほしさま)


 とりあえず、三階の秘密基地で横たわってるはずのけーくんを、蘇生させて休眠状態に戻した。


『で、どうかしたの?』

 食事の途中で話をしていて大丈夫かと尋ねると、大したものじゃないから問題ないという。

 念の為というか、興味本位で晩御飯のメニューを確認すると「きのこの肉詰め」だという。私はまみこがくれたお土産を思い出して頭がフリーズしそうになって、聞かなければよかったと後悔した。傷まないように冷蔵庫に入れてるんだけど、忘れずに持って帰らないと大変なことになりそうだ。もしけーくんが食べたら共食いになる。


「あの、相談なんだけど、お金に困ってる子どもにコドモのイエがお金を渡すのってできるの?」とりあえず、ストレートに聞いてみた。目の前の凛音ちゃんにはそれしかない。

『うーん、できないことはないかな。でも、それって根本的な問題の解決になるの?』

「それを言うなら、子ども食堂とかフードバンクの活動だって問題解決になってる?」

『そういうレベルでいいならありだとは思うけど。きっと面倒臭いよ。子供にお金を配るのは()()()()を配るのとは意味が違うからね』

「みんなに配るんじゃなくて、困ってる子にピンポイントで渡すんだよ」

『ふうん……、お金がなくて学用品を買うために僅かな金額で売春した子の話を本で読んだことがあるけど、そういうの?』

「うん、まあそんな感じ……」まるっりそうじゃん。凛音ちゃんのような子は珍しくないのだろうか。

『なら、その子には主宰の活動費を渡したら? 少額なら使い道も明かさないでいいから』ショコラちゃんが〝裏金〟みたいなもんだよと軽く言う。この子の腹黒さには適わない。

「そんなことができるんだ」なら、計画通りあの一億円を少しずつ使ってけばいい。

『二、三日もらえる? それまでに仕組みをまとめとくから、それまで大丈夫?』

「うん、ありがと」きっとショコラちゃんならもっときちんとした見掛けだけでもキレイな仕組みを用意してくれると思う。

『それにしても、あなたこんな時間に。……ひょっとしてまだ()()にいるの?』

「えっ、ああ……、うん、そう」そこというのはコドモのイエのことだ。いまは、もう九時過ぎか。あみこや凛音ちゃんの件で、両親のことを思い出してしまって、家に帰りたくなくなっていたんだ。

 きょうはあみこたちが帰ったあとにリビングで、ひとりでお酒を飲んでどろどろに酔っ払って、それで〝分解〟して〝回復〟して、またお酒を飲む繰り返しで、無駄に〝力〟を消耗してしまっていた。

『じゃあ、啓示に帰るように言ってちょうだい。良い子は家に帰る時間だって』

えっ、ヤバっ、一緒にいるのがバレてる? いや、これはショコラちゃんがあてずっぽうで言ってるだけだ。かまをかけるってやつに違いない。落ち着け、きのこ。

「えっ、高森くん? いないよ」打ち合わせが解散してショコラちゃんが帰ったあと、少しして残ってた全員が帰ったんだと説明した。

『もう、最近毎日遅いし、そこでデートしてんでしょ? コドモのイエは〝行き場のない子供の居場所〟だけど〝する場所のない子供の博物館(ミュージアム)〟じゃないのよ』

 キツイ言い方。

「ホントだよ。なんか、勉強疲れで寝たいって言ってたよ。もう部屋で寝てるんじゃない?」実際はすこぶる元気だったし、〝眠りたい〟じゃなくて、あくまでも〝寝たい〟だ、白井文香と。

『えーっ、知らない間に帰ってる?』そんなアホなことおまへんやろう、と何故か漫才師みたいな上手な関西弁を呟き始めた。

 動いてる。スマホで話しながら、二階のけーくんの部屋へ確認のために移動してるんだ。


 ここは、ちょこちょこっとけーくんがすぐに帰った世界に創り変えよう。キノコ狩りでけーくん一回分を消費しちゃったけど、もう一回分ある。それを使って、ショコラちゃんが二階の彼を確認する前に乙女が遠慮したくなるようなあの腐った部屋にけーくんを存在させる早退ワールドにしてしまおう。


(きらりきらきらお…………)


 だめ! あの時点でけーくんが帰ったら、私は彼から二回分の御情けを頂戴することができなくなって〝力〟不足でキノコ狩りに行けなくなる。

 それに、彼とあれほど小学生に有るまじき行為の数々を致しておきながら、その事実が消えてしまうのもせっかくの努力がムダになるようで哀しいじゃないか。

 いまなら、あみこちゃんとの癒しの〝光エネルギー〟も十分にある。

 その力を使って、三階にいるけーくんだけを、自宅の万年床の上に移動させてしまおう。

 離れた場所にいる生きた人間を別の場所に転送することができれば、これからの活動に役立つかもしれない。

 気に食わないヤツを海王星のメタンの中で凍らせることも、太陽プロミネンスで炙り焼きにすることも簡単にできる。

 イメージしよう。彼が自宅の天井や床にめり込んだ状態で実体化しないように。


(きらりきらきらおほしさま)


 よし、手応えがあった。いや、頭応えか、意識応え? 右側にあった重たいものが高速で左側に飛んでいくヴィジョン。カツオの一本釣りの感覚。



『あっ』ショコラちゃんの小さな驚きがスマホから聞こえてくる。

「どうしたの?」気になる、とてつもなく気になる。めり込んでませんように。

『帰ってたわ……、部屋で寝てる』いつの間に、とため息をついてる。

「でしょう」やった、大成功だ。結構、慎重になってしまって〝光粒子〟を大量消費した。

『これ、きらるちゃんにも見せてあげたいよ』

 ショコラちゃんの気持ちは分かる。けーくんは全裸なのだ。服を含めて所持品の全部をこちらに残したままだ。

 ということは、ショコラちゃんはたくましく育った息子の成長をじっくりと眺めていると言うことなんだろう、仰向けで寝てるのなら。

『この子、寝るときはいっつもこんな格好』呆れてるのが電話越しにも分かる。私も、彼の寝るときのスタイルは話に聞いたことがある。

「ね、ビデオ通話で見せてよ」彼のモノよりショコラちゃんの表情の方に興味がある。

『だめだめ、これは母親の特権ですからねぇ……。ふふっ、ちょんちょん、って!』

「こらこら」何をちょんちょんしてるんですか? 小さい〝ょ〟を抜いた〝()()()()〟ですか!

『ほら、啓示、起きなさい。きらるちゃんから電話だよぉ』電話の声が少し遠くなった。

『きらるちゃん、なんか言ってみて』声がこもってる聞こえるのは、おそらくスマホをけーくんの耳元に張り付けたんだろう。

「高森くーん、こっちにシャーペン忘れてますよぉ」シャーペンは何日か前に忘れて帰ってたのかそのまま私の戦利品としてペンケースに収められている。まさか母親の前でパンツを忘れてるとは言い難い。

『起きないわねえ。このまま寝かしとこっか……』ショコラちゃんの独り言が聞こえてくる。

そりゃ、さっきまで生命活動が停止してたんだから、いまは冬眠中のクマみたいなもんだ。簡単には起きない。

『あ、そうだ……、これ……。これで……っと……、どうだろ』

「ショコラちゃん?」何をやってるんだろう? 雑音でよく聞き取れない。なにかのスプレー? ガサガサと布がすれるような音がする。

『ねえ、お兄ちゃん、起きて!』なぜか可愛らしく造ったショコラちゃんの声。

『あ、フッカ!』

『きゃあっ……んん…………』けーくんの声とショコラちゃんの小さな悲鳴の後、ゴツンと大きな衝撃音が響いた。きっとスマホを飛ばしたか落としたんだ。

「ショコラちゃん!」

 バタバタと揉み合う音が漏れてくる。この状況で声が聞こえてこないのは、きっと口を塞がれてるからだ。

「ショコラちゃん! けーくん! どうしたの!」

〝お兄ちゃん〟というショコラちゃんの言葉に、けーくんが起き抜けに寝ぼけて相手を白井文香と勘違いすることは有り得る。なにしろ彼は勘違いの名人。誤認のプロフェッショナルだ。もうひと月近く私を白井文香と思ったまま楽しみ楽しませ続けている。

 でも、私のアレの匂いも〝光の力〟もない空間では、すぐに彼は間違いに気付くはずだ。

 寝ぼけて自分の彼女と思い込んで、起こしに来た母親に勢いでキスをしてしまたって、お互い照れくさいぐらいの気まずさで済むだろう。

 それを、二人は何を揉めてる、何をやってる?

 スマホから聞こえてくる音と叫びは、彼の部屋で何が行われているのか、容易に想像がつくものだった。それで、スマホに何かがぶつかったのか、大きな音がして通話が切れた。

 私はドキドキと激しく打つ胸の鼓動を手のひらで押さえるようにして、荒く深呼吸を繰り返した。

 有り得ないことだけど、彼は私のいない場所で明らかに夢見の状態に陥ったまま暴走している。何が起きているのかさっぱり分からない。

 あの状態の彼を止めるには、正確な〝おまじない〟の力に頼るしかないだろう。

 何をやっているのか、確かめに行ってみるか? いや、それを覗き見るのは趣味が悪すぎるし、見たらきっとけーくんを止めたくなるだろう。

 私の力は子供たちの幸せのためにある。四十過ぎの女の貞淑を保護するために使うつもりはまったくない。これは、子供の虐待には該当しそうにないのだから。

 でも、もし後でショコラちゃんから、なにか相談されたら、友人として親身になって応えてあげよう。ショコラちゃんが私にとって大切な人であることに変わりはない。

 それで、具体的に彼との間に何があったのか詳しく聞いてみたい。


 あのとき、ショコラちゃんはいったい彼に何をやったんだろう。



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