(七十一)
(七十一)
凛音ちゃんはお風呂から上がると妹の美琴ちゃんを家で待たせているからと、辛い素振りは見せず、家に帰ると告げた。
彼女の服はあいつらが破いた残骸から再生したけど、元々の痛み加減が分からなかったので新品みたいになってしまって、二度ほど調整しなければならなかった。
心配だから家まで送ろうかと言ったんだけど、近所だしひとりで帰れるからと私の誘いは断られた。
それなのに、なぜか最終的にはまみこがくっ付いて出て行ってしまった。
「あみこ姉ちゃんと仲良くするようにね!」と釘を刺されたけど、私がくっ付くと渋い顔をするのはいつもあみこの方だ。
まみこの方が凛音ちゃんを送って行った帰りが問題じゃないかとも思ったけど、たぶんまみこは一人でも大丈夫なんだろう。
凛音ちゃんは現状を見てないからキノコ狩りを話のネタぐらいにしか感じてないのかもしれないけど、まみこは動じることなく、とても手際がよかった。
私はどうしてあの子にあんなことをさせたんだろう。なにか、あの子なら大丈夫と思ってしまった。ひょっとして、それも血の影響なのかもしれない。
「凛音ちゃんってひとりで売春してたんだ」
まみこたちを送り出したあと、リビングであみこがポツリと呟いた。
そうだった、この子も将来〝する〟つもりだって言ってたんだ。
私があみこを見ていると、力なく首を振った。
「私はしないよ。まみこにはあんなこと言ってるけど、怖いもん」
私が頷くと、あみこはソファーの私の隣にやってきて、ぺったりとくっ付いて脚の上で手を取った。
「私、その頃は、売春ってよく分かんなかった。いまもだけど」
「まだ三年だもん」私が売春をきちんと理解したのはつい最近と言ってもいい。
「男の人にエッチなことさせてお金を貰うってことぐらい……」まみこは考えるように上を向いて、「きっとまみこもそう」って呟いた。
「クラスの男子のエッチな話とか聞いててね、裸になってさ、お尻とか胸とか触ったり舐めたりしてね、大事なところくっ付け合うんだって」
私は頷きながらあみこの手をきゅっと握った。
「ねえ、知ってた?」あみこが内緒話みたいに私の耳に唇を寄せた。二人っきりなのに、内緒の話はひそひそ話になる。
「中に入れるんだって、男の人のを。女の子にはそういう穴があるんだって」
私があみこと同じぐらいのときにそれを知ってたかと言うと、それはNOだった。
「私、男の子のおちんちんっておしっこする道具だと思ってた」あみこがそう言って、ほっと息を吐いた。私も最近までそう思ってたと伝えた。
「そういうの、お父さんに教わるって、普通じゃないよね」あみこには、そういう虐待っていうのがあったのかな?
「お父さんが、なんか優しくてね、一緒にお風呂に入ろうって言って、お母さんがやめてって叫んでるの、なんでかなって思ってた」
私は彼女の話にドキドキと息が苦しくなった。
「お風呂で体洗われて、触られて、指がちょっと入っただけでも痛くって、それで泣いたら我慢しろって怒鳴られて殴られた。そしたら、お母さんが包丁を持ってお風呂に入ってきて、それで、お父さんがいなくなった」そういうことだったんだ。
「さっきのきることまみこの格好、そのときの私とそっくりだった」
キノコ狩りで、まみこも私もゾンビみたいな姿になってた。あみこに思い出させてしまったんだ。
「ごめんね、まみこにあんなことさせて」
「ううん、違うよ、きるこはお母さんと同じだから。きるこはみんなを救ってくれるんだよ。まみこはただそれを手伝っただけ」
私にもたれ掛かるあみこの肩を抱き寄せた。
あみこも私の背中に腕を回してきた。肩に顔を埋めて、「あんなヤツら、消えて当然だよ」と呟く。
あみこの顔はよく見えないけど、あみこは泣いている。必死で堪えてるような涙がひとすじ私の胸に伝ってきて、それで堰を切ったように抑えきれなくなった。
これは、小学三年生の普通の女の子が泣いてる姿だ。私はあみこの泣いてる理由を必死になって考えていた。
「きるこが長女でよかったのに。わたし、お姉ちゃんがしんどい」
まみこの前で、逃げることも倒れることも許されず、折れることのない矛になって、壊れることのない盾になって、あみこはずっとまみこを守ってきた。私という年上の仲間ができても、姉という立場を崩せず、甘えることは許されなかった。
忙しいお母さんの代わりに、いなくなったお父さんの代わりに、まだまだ甘えたいコドモを棄てて闘ってきた。
あみこが泣くことを許されるのはまみこのいないいましかなかったのだ。
「あゆみちゃん、甘えていいんだよ」私はあみこの髪に頬ずりをして、小さな肩を抱きしめた。
あみこは頷いて私の胸に甘えた。
「私がお姉ちゃんになったげようか?」
鼻をすするあみこの背中を優しくなでた。
「ううん」あみこは首を振った。
「やっぱりいい。きるこはエッチだから」
クククって肩を震わせながら、私の蕾のような膨らみの先っちょにくるくると鼻水を擦り付けた。ぬるっとした感触が、くすぐった気持ちいい。
「もう、あゆみの方がエッチじゃん」そう言って、あみこの頭を押さえて顔を胸に押し付けた。
「甘えてるの。きるこはお姉ちゃんじゃなくてお母さんだから」
この子は本当に休める場所が欲しかったんだなぁって、あみこの鼻先から感じる。
私はふふっと笑って、あみこの顔の位置をほんの少しずらした。
「じゃあ、お母さんのおっぱい飲みなさい」
あみこの唇が固くなった吸い口に触れる。
躊躇っているのか、鼻水が付いてるのに抵抗があるのか、私のトップを唇に挟んだまま、しばらくじっとしていたあみこは、恐る恐るといったふうに、まだ幼い形の乳房を吸い始めた。
「えっ、なんで!?」すぐに驚いて唇を離す。
「あゆみのお母さんだからだよ」頭をなでて、おっぱいを促す。
小学生のおっぱいが出る理由にもならない言葉なのに、納得したのか頷いて、またきゅうきゅうと吸い始めた。そして、夢中になって私の胸に甘えた。
私の胸からおっぱいが溢れるように、私は幸せが溢れていた。あみこに甘えられて光の力で満ち満ちていた。あみこも、私の胸から幸福を飲み込んでいた。それで、やがてバイキング料理を堪能した子供がはち切れそうなお腹をさすりながらお皿に残った唐揚げをお箸で突っついているみたいに、私のトップを唇に挟んでまぐまぐと遊んだ。
あみこの全部が私の幸せで、痛みも苦しみも悲しみも、私の感じる苦悩の全てを、この子が幸せに変えてくれた。この子は私の宝物で、主で、生きる意味で〝全て〟だった。私はこの子のお母さんだった。私はお母さんという存在の意味が少しわかって、それで、ほんの少しだけ、私のお母さんのことを思い出しそうになって、ため息で押し流した。
あみこはリビングのソファーにころんと転がって、幸せな笑顔で寝息を立てていた。
光の粒子が集まって清川鮎美を形造っている。
愛おしさに、私はあみこの体をなでた。鑑識課員でもそこまでしないぐらいにあみこの全部をなで尽くした。微妙な部分では困った顔になったりニヤッとしたり表情を変えたけど、目を閉じたまま私の指の動きを受け入れてくれていた。
「ねえ、さっき凛音ちゃんを姉妹にしようって言ったとき、どうしてダメって言ったの?」あみこが独り言のように小さく唇を動かす。
あのとき、まみこは甘えられる上の子が欲しかったんだろう。まみこもそれを許そうとしてた。
でも、私は〝血の儀式〟がもたらす繋がりが怖かった。そういう関係は、あみちゃんまみちゃんだけにしたかった。
「あみこを独り占めしたかったからだよ」私はそう言って、大きく口を開いて、あみこのふっくらとしたおまたをはぐはぐと口に含んだ。スリットに舌を触れると、あみこはゲンコツで容赦なく私の頭を叩いた。
「きるこ、ジュース持ってきて!」
顔を上げるとあみこは長女に戻っていた。
ソファーに座って、私が持ってきたグラスを受け取り、冷たいりんごジュースを浮かべた氷を避けるようにズルズルと吸い込んで、あみこは晴れ晴れとした顔でニカッと笑った。
私もあみこの隣に座って、飲み物の缶を開けた。
するとそれを見てあみこはまた困った顔になった。
「またそんなの飲んで」
「そういう気分だったんだもん」ゴクゴク喉を鳴らしてまるでおっさんみたいに、はあっと息を吐いた。
あみこは呆れて笑っている。
薬物の分解が簡単になった。あらゆることで、以前はヘトヘトになるぐらい〝光の粒子〟を使っていたことが、いまはふわりと心の中で思うだけでできてしまう。
できること、できないこと、簡単なこと、難しいことの違いはあっても、明らかに、コツを掴んだみたいに、私のパワーは上がっている。
「私も、甘えたかったんだよ」私は隣にぺたりともたれて肩に頭を乗っけて腕を絡めた。
「私、おっぱい出ないよ」
あみこの言葉に、二人してクククと笑った。
この子が甘えてくれることが、私の心を甘くしてくれる。とてもとても幸せな気分だった。
「ねえ、あみこ姉ちゃん。キスしてもいい?」せっかくだから、甘えてみた。
「ダメ!」こういうのを毅然とした態度というのだろう。
少しして、まみこがリビングに飛び込んできた。
「ただいまぁ!」ご機嫌のようだ。きっと凛音ちゃんと仲良しになったんだろう。
まみこは私たちをじっと眺めていかにもエッチなことを思い浮かべてますって顔でニヤッと口元をゆがめた。
「ちゃんとした?」
私は首を振って、あみこは頷いた。
ああ、〝した〟って言うのは、すっかりエッチなことだと思い込んでしまってたけど、甘えることだったんだ。
そうか、まみこはお姉ちゃんが甘えられる時間を作るために、凛音ちゃんを送っていったんだ。
凛音ちゃんもあみこの姉としての苦しさをあの短時間で理解して、まみこを離してくれたのかもしれない。
一人っ子の私には分からないけど、上の子って大変なんだろう。
凛音ちゃんと美琴ちゃんをコドモのイエに誘ってあげよう。私があの子たちの守護者になるんだ。




