(七十)
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まみこはカワイイ。
素直で屈託がなくて表現がストレートだ。
こんなキノコ狩りをまるで遠足みたいに楽しんでいる。
この子を見てると、自分がやってる殺伐としたキノコ狩りが、本当に楽しいイベントのように思えてしまう。
「手、汚れちゃうよ」まみこは手どころか顔まで汚して、服は汚したらあみこに叱られるって全部脱いじゃって、体中がベトベトだ。
「あのねきのこ、泥遊びは泥んこになるから楽しいんだよ」まみこが腰に手をやって、私にお説教を始める。いくら呼びやすいからって、私は〝きらる〟、せめて〝きるこ〟です。
「鬼ごっこは汗だくになるし、水遊びはずぶ濡れになるの。坂すべりはゴロゴロ転がってすりむいたりするよね。ババ抜きだって頭がヘトヘトになるから楽しいんだよ。キレイなまんまじゃね、本当のヨロコビは手に入らないんだよ」
小さい子がこんなふうに得意げに話すのは、信頼できる誰かに教えてもらったことを話すときだ。きっとこれは尊敬するあみこ姉ちゃんの言葉なんだろう。
「きのこだって、毎日毎日飽きもせずお兄ちゃんとぐちゃぐちゃになってキノコ遊びやってるじゃん!」
「んん?」あれっ? 私……、なんか聞き間違えた?
「あっ、私、あっちのとんがったの摘んでくる!」
まみこが端っこの方で目立ってるヤツに一目散に駆けていく。
「まみこちゃん、それどういうこと!?」
「だーかーらー、汚れない遊びはすぐに飽きちゃうってこと!」
まみこがお目当てのを丁寧に摘み取りながら〝きのこも汚れちゃいなさい〟ってさけぶ。
私が聞きたいのはそういうことじゃないんだけど。まみこはこの遊びに飽きることはなさそうだった。
キノコ狩りを堪能した私たちがコドモのイエに戻ると、バスルームの脱衣場にあみちゃんと凛音ちゃんがさっきと同じように立っていた。
「あれっ、まだ入ってなかったの?」
二人はすっかり汚れ穢れきった私たちを見てびっくりしてる。
そうか、私とまみこがキノコ狩りを満喫してた間も、こちらの世界ではまだ一瞬たりとも経っていなかったんだった。
凛音ちゃんが驚きという感情を僅かにでも見せたことは、いい傾向だと思う。
「ほらほら」まみこがコンビニのレジ袋に詰め込んだ収穫物をあみこに見せる。どうしても持って帰るって聞かなくて、一応キレイには洗ってある。あみこは袋を覗き込んで、まみこの頭をなでた。
「へえー、すごい、いっぱいだね。まみこが採ったんだ」
あみこは笑ってまみこを褒めて袋から顔を上げると、私をあの軽蔑の眼差しで見詰めた。こんな小さい子にやらせてって顔だ。
「まみこが五本で、きのこは二本だけ。お姉ちゃんの分も私が採ったんだよ」まみこの視線を感じると、あみこは途端ににこやかな笑顔になった。
まみこはやってることの意味は別として、あらゆることであみこに褒められたい。
「でも、キノコなんて持って帰ったらお母さんにどうしたのって言われるよ。まみこは採るのが楽しかったんでしょ? これはきるこにあげようよ。きるこはこういうキノコが大好きなんだから」だから〝こういう〟とか〝そういう〟って表現は傷付くんですけど。私だって実のところ、あみこには褒めて欲しい。
「そっか、そうだよね」まみこが納得して頷いた。
「きのこが上手な採り方教えてくれたから楽しかったんだよね」
まみこが「ハイ」とコンビニ袋を私に突き出した。
「これ、きのこにあげる。お家でキノコ遊びに使ってね!」
「ありがとう……」ずっしりとした重みのあるコンビニ袋を受け取って戸惑う私を、あみこがニヤニヤ笑いで見ている。
そもそもキノコ遊びってなんだ?
近くでクスッていう笑い声は凛音ちゃんのものだった。
私たちの下品なやり取りで彼女の心が少しでも解れたなら、キノコの詰め合わせをもらった甲斐があるというものだけど、この現物を彼女には決して見せてはならないだろうし、私もあんまり見たくない。いっそ、来週の子ども食堂の食材にしてしまおうか。
「子ども食堂で変なキノコ料理とか出ても食べないからね!」何かを察したのか、あみこに念を押されてしまった。
「大丈夫だよ」
私はキッパリと答えた。コレはキノコ料理じゃなくて肉料理になるから。
「お風呂はみんなで入ろうよ」
すぐにでもお風呂に入りたいまみこの提案で、子供まとめ洗いになった。私も、このゾンビみたいな体で、お風呂の順番を待ってる気にはならなかった。
そのまま湯船に飛び込みたいところだけど、この有様では難しい。
まず、全員で凛音ちゃんを泡だらけにして、次いでまみこ、私の順に体を洗いあった。あみこは汚れていないから洗ってもらわなくてもいいって言い張るけど、お風呂は久しぶりだそうなので、私が洗ってあげたら、またぐったりと床に転がってしまった。お風呂アレルギーなんだろうか?
大きな湯船で、子供ばかりといっても、四人も入ればやっぱり狭い。
前回三人で入ったときと違って、超大きな凛音ちゃんがいるのでなおさら密着になってしまう。
大きさ調整で、私とあみこ、凛音ちゃんとまみこが並んで向かい合って座った。
「りねこは何年?」まみこは凛音ちゃんの心身の傷をものともせず、まるっきり屈託がない。凛音ちゃんを仲間にする気満々だ。
凛音ちゃんは、一瞬だけ〝?〟の顔をしたけど、自分のことだとすぐに察した。
「五年だよ、きらるちゃんと同じクラスなの」
凛音ちゃんも小さいまみこには辛い顔は見せないで優しく接している。
「うそ、中学生と思った」私の隣であみこが声を上げた。
「きることえらい違いだね」それでこちらを見る。
「どう違うの?」思わず唇をすぼめて言い返した。
「ハンバーガーとビッグマックぐらい違う!」向いからまみこが黙れと言わんばかりにお湯を手で弾いてくる。私はずぶ濡れで渋い顔をして黙った。私も姉なのにあみこと随分扱いが違う。
「売春してたの?」まみこの凛音ちゃんへの直球の質問に私は思わず目を剥いてしまった。そういう言葉を知ってるんだ。
「うん」凛音ちゃんも驚きながらも頷く。
「お金がいるんだ」まみこにもう一度うなずく。
「あみこ姉ちゃんも中学になったらするって言ってたよ」意外な言葉にえっと思って隣を見る。
「どうにかなるならしないよ」
隣であみこが唇を噛んで下を向いた。どうにかって言うのは、これからの生活のことだろうか。
「あみこちゃんは、何年?」向かい側から凛音ちゃんが話し掛ける。
「三年」
「じゃあ、妹と同じだね」
あみこが顔を上げて凛音ちゃんを向いた。
「篠原さんって言うんだよ」私が「知ってる?」と聞くと、「あっ」と呟いた。
「美琴ちゃん、同じクラスの……」
「そうなんだ」そういうところで繋がりがあるんだ。
「ウチとおんなじ貧乏だけど、ウチは犯罪者だから」
なるほど、あみこがいなかったらその美琴ちゃんがあの子にいじめられてたのかもしれない。
「やめた方がいいよ、売春なんて。三年だったらまだ分からないだろうけど、いいことなんかひとつもないよ。給食費とか遠足のバス代とか、ノートとか鉛筆とか、宿泊学習も。ほんの少しのお金でも、ないとなんにもできなくて、美琴にはちゃんと学校に行って欲しいし、みんなとおんなじにして欲しいから……。でも、嫌な思いして、惨めな気持ちになって、痛くて五千円。お風呂に入ってもずっと気持ち悪いまんまで、知らない相手で妊娠するかもしれなくて、いっつも怖くてたまらないの。私、来年修学旅行なんだけど、でも行けない。いろんなお金が要って、美琴も私もじゃ、いっぱい売春しなくちゃならない」そうか、小学校は無料じゃないんだ。
「でもほら、生活保護とか修学援助とかさ、あるんじゃないの?」ショコラちゃんからそういう話を聞いたことがある。
「そういうのはね、親が申し込まなきゃいけないんだよ。子供じゃムリなんだ、子供はなんにもできないんだよ」それは、親が拒否してたらダメだ。
「児相とか、そういうとこに思い切って相談してみるとか……」子供の相談でも、ちゃんと対応してくれるはずなんだ。
「きらるちゃんは、学校に行くのになんか特別な努力をしてる?」
凛音ちゃんに私は首を振った。
「みんなは普通に学校に行ってるのに、どうして私は〝思い切らないと〟学校に行けないの? 貧乏だけでも辛いのに、どうして普通のことを普通にさせてもらえないの? ウチ、子ども手当って貰ってるみたいだけど、親のお酒とタバコとパチンコ代になってるだけじゃん。どうして子ども手当が子どものためのお金にならないの? 親が恥ずかしいからって市役所に相談しないのに、どうして子供がいじめられたり恥ずかしい思いをしなきゃならないの? どうして子供は働いちゃいけないの? 私、売春するぐらいしかお金を稼げないんだよ? それで、必死で売春してるのになんでもっと辛い思いをしなきゃならないの?」
「いやならしなきゃいいじゃん」
まみこが凛音ちゃんの言葉をくだらないことのように斬った。
「コドモのイエに来ればいいんだよ。きるこの仲間になればいい」
凛音ちゃんが苦しそうに首を傾げた。そんなことで解決するなら苦労はしないだろう。まみこが一年生じゃなかったら彼女は怒鳴ってたかもしれない。
「私もあみこ姉ちゃんも変な男に襲われたけど、きるこがやっつけてくれたよ。学校でいじめてたヤツらも地獄に落としてくれたし、りねこだってきるこに助けてもらったでしょ、チンコ狩りやってもらったじゃん」キノコ狩りです。いま〝キノコ遊び〟の意味がわかりました。
「ねえ、もうお金の心配はしなくていいからさ、コドモのイエにおいでよ。楽しくないセックスはやめよう」私は凛音ちゃんに訴えた。
凛音ちゃんはじっと考えてるようだった。それで、頷いた。
「やっぱり、お金がないと。美琴に惨めな思いはさせたくない。売春してお金がもらえるなら楽しくなくてもいい。仕事ってそういうもんだよ」
凛音ちゃんに会からお金をあげるのは簡単だ。でも、それをこの子は良しとしない。コドモのイエに、現金で子供を助ける仕組みを作るにはどうすればいいんだ?
「だったら、りねこはあいつらにやられたんだから、あいつらと売春した分のお金をもらえばいいんだよ」まみこは凛音ちゃんが思い出したくないだろうことを平気で言ってのけた。
ええい、けど、それに乗っかってみるしかない。
「そうだよ、一人五千円なら七人だったら三万五千円でしょ。それを私が凛音ちゃんの代わりにあいつらから回収して、コドモのイエで預かっとくから、凛音ちゃんが必要なときに言ってくれたら、それを渡すよ」
「なら、いいんじゃない?」まみこがそれに手を叩いた。
それで、凛音ちゃんはまた考え込んで、仕方なさそうに赤べこみたいにゆらゆらと頷いた。
「それで、そのお金がなくなるまでに、私がお金がなくてもちゃんと学校に行ける世の中にする。私、凛音ちゃんと一緒に修学旅行に行くから!」
私は、私が目指す具体的な目標を初めて決めることができた。
貧しくても、特別な届出や申し込みをしなくても、親に頼らなくても、普通に当たり前に凛音ちゃんと修学旅行に行くんだ。
あいつらが持ってた資金を、根こそぎ凛音ちゃんの稼ぎとして回収してやる。
事件前にヤツら自らがそれぞれの口座から金を引き出して現金化して、あの〝回転寿司〟の部屋に集めてたことにすれば、お金の動きはそれ以降誰にも分からなくなる。
あの半グレもどきのグループが犯罪行為で集めたお金、とりあえず一億ほどあるから、私が世界を変えるまでの繋ぎの資金として、この地域の子供のために役立たせてもらおう。
それぐらいのこと、けーくん一回分の〝力〟もいらない。三往復半ぐらいの量で十分だ。
「きるこ」あみこが久しぶりに口を開いた。
「顔が天使になっちゃってるよ!」
それは、決して褒めてるような口ぶりではなかった。
私は慌てて手でお湯をすくって顔をバシャバシャこすった。
あみこの手がお湯の中で私の腿に触れて、いや、腿というよりもうおまたに近い。えっ、まさか誘ってる!?
はっとして前を見ると、凛音ちゃんは少しほっとしたのか、隣のまみこと笑いあって楽しげに話をしている。
熱い気配に横を向くと、あみこの顔がこちらに迫ってきてた。愛らしい唇が求めるように動いた。
私は横目でチラチラと向かい側のふたりがこちらを気にしてないのを確かめて、あみこの唇に自分のを重ねた。ふわりと柔らかくて崩れそうなあみこに、〝けーくんなんかと全然違う!〟と感動して、思わず強く唇を押し付けた。
その途端、あみこは私の平らな胸を押して、顔を離した。
梅干しを三個いっぺんに口に入れたか、お酢に漬けたレモンを丸かじりしたみたいな、そんなとんでもない顔で、ブンブン首がもげそうなほど顔を左右に振っている。
どうやら、内緒で耳打ちをしたかっただけのようだった。だからといって、そんなに嫌がらなくても……。
「ねえ、凛音ちゃんだったら長女にしてあげてもいいよ」
あみこのひそひそ話で理解した。この子は凛音ちゃんを新たな姉妹にしようと企んでるんだ。
確かに、凛音ちゃんは私の秘密も知ってしまったし、仲間にするのは好都合だ。
そうだねと同意しようとして、ハッとした。
血だ。そうだ、血だったんだ!
あみことまみこが変なのは、姉妹の儀式で私の血を舐めたからに違いない。
私は得体の知れない恐怖に、ふるふると小刻みに首を震わせていた。




