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(六十九)

   (六十九)


「しゅさい、しゅさい、っと、と〝主宰〟……で、検索っ……と、ふうん……」



 来週の子ども食堂の打ち合わせがさっき終わって、私は三階の秘密基地で自分の役割を頭の中でまとめていた。

 みんな、再生コドモのイエの第一回目のイベントということで、学校行事みたいなノリで盛り上がっていた。

 ともにいちゃんが「お金の心配はいらない」と言ってしまったせいで、みんなの心のタガが壊れてしまって、現実的な子ども食堂が、〝女の子の夢のお店〟に方向性が変わっていって、好き勝手に買い物リストを積み上げていってた。

 プリンちゃんたち新婚さんはつい先日、九州旅行から帰ってきたばっかりで、元気いっぱいで、ともにいちゃんはプリンちゃんのお相手と車の運転で疲れ果てて今朝まで家で寝込んでいたらしく、まともな判断ができない状態だった。いったいどんな高級レストランになるんだろう?

 主要なメンバーで運営会議的なものもやっていこうって話にもなった。ショコラちゃんが組織表の案を作ってきてて、運営してる理事とは別で、実際に動く人の役割が割り振ってあった。


「主宰ってなんですか?」

 私の名前が一番上の真ん中に一回り大きな字で書いてある。

「会の神様みたいなもの」簡単に言うとそういうことだった。

 ショコラちゃんが会の運営について、いろいろ説明してたけど、私は法律の規定というのを外れて理事会の上にいることになるらしい。

 私は会のイメージキャラクター的な活動もこれからも続ける。変な白い服は通学用とお出かけ用、それに秋・冬物が登場するらしい。詳細はショコラちゃんと打ち合わせて決めることになった。イメージ作りが一番安上がりで効果が上がるらしい。効果というのはつまり〝お金集め〟のことだ。イメージはブレてはいけない。白い女の子は会のアイコンなのだ。

 食堂メニューはプリンちゃんが考えてたけど、実際に料理を作るのが大変そうだ。主婦のみんなは「適当でいっか?」になってる。

 食堂に人が集まると回転率が悪くなるからと、食べ終わった子たちを別室に誘導するように二階でクーラーさんがお笑いイベントを開くことになった。クーラーさんの(つて)で有名な先輩芸人も飛び入りで来てもらうように交渉してて、ギャラはショコラちゃんが大手スポンサーの『トモイ』の名前を出して芸能事務所に圧力をかけた。あの子は腹黒いことが得意だ。

 当日は多額の支援をしてくれる友井社長を私がご接待しなくちゃならないらしい。

「知ってる! そういうの〝枕営業〟って言うんだよ」

 きょうも遊びに来ていたまみちゃんが得意げに教えてくれて、あみちゃんに教育的指導を受けていた。誰に教わったんだろう? とりあえず、そういうことなら身体を張って精一杯頑張ってみようと思う。

 ちなみにけーくんは受験生ということで、いままで通りヒマなときに私のお世話係兼荷物持ちとなった。基本的に彼は会にとって役立たずだ。



「なるほど、主宰かぁ」意味はわかったけど、いまいちピンとこない。ググッた表示をスクロールしながら、半分首を傾げながら頷く。

「おっ」珍しく着信だ。画面の表示名は『アイカ』だった。なおさら珍しい。

 通話ボタンをタップしようとして、後ろの彼に声を掛けた。

「お兄ちゃん、ちょっと電話するから待っててね」

 彼はいま、私の座椅子の背もたれになってて、両腕が飛行機のシートベルト状態で、しっかりと私を彼の体に固定させている。

 つまり、()()()()状況だ。

 彼が、友達か、家族か、まさか彼氏じゃないだろうな、と耳元でぐちゃぐちゃ言うので通話ができない。

「もお、お兄ちゃん黙ってて!」

 だいたいここのシートベルトは腰の位置じゃなくてもう少し下とか胸の高さとか右と左の位置が違うとか、全然安全じゃなくて余程危険な場所を押さえてくるから落ち着かない。

「はーい、きらるでーす」

『ああ、いま大丈夫?』あ、声のトーンで分かる。いきなりの用件のやつだ。

「うん、大丈夫だよ」アイカと話すのは久しぶりだ。子ども食堂には貧困者代表で来てもらおうと思ってメールでのやり取りはしてたんだけど。

「ね、誰、誰?」

(こらっ!)スマホを当ててる方の耳たぶを噛むんじゃない! 背もたれ人間の胸をひじで突っぱねた。

『隣り、誰かいるの?』アイカが不審げに声を低くした。

「ごめん、いないことにして」面倒なのでそうする。

 無視されたけーくんが調子に乗るので、後ろを睨みつけた。どうしてこんなときにちょっかいを出してくるかな? こんなことなら二回目が済んだ時点で服を着とくんだった。

 指の動きがしつこいので、とりあえず、電話中は邪魔にならないように彼の生命活動を停止させておく。

「で、どうしたの?」

『あんたの学校の子だと思うんだけど、篠原(しのはら)凛音(りんね)って知ってる?』

「うん、同じクラスの子」新学期のときにお金のことを聞いてきた子だ。あれから……、話をしていなかった。

『その子、北町で売春してて地元の半グレみたいな連中に拉致られてたよ』

 アイカはまどろっこしい表現はしない。それで、基本的に自分のことしか気にしない。篠原凛音が私の友達かもしれないと思ってわざわざ連絡をくれたんだろう。パンツ売りの少女をやってただけあって、アイカはいまもそういう情報に通じている。多分、かなりヤバい相手だ。

「どこ?」

『いまから行っても終わってるよ。ポリに通報しとこうか』いつものように親身だけどクールだ。

「いい、場所教えて。私がやるから」

 アイカが伝えたその場所を私はしっかりと認識した。

「さて、キノコ狩りに行ってくるね」立ち上がって後ろのけーくんに笑えない冗談で声を掛けたけど彼は生命活動が停止してたんだった。




 そこは、タバコ臭い事務所のようなだだっ広い部屋だった。

 私が真っ先に思ったのは〝帰ったらお風呂に入りたい〟だ。間違いなく身体中にヤニの臭いが付いてしまう。

 ここがアイカが言ってた〝回転寿司〟の部屋か。

 みんなで()()()楽しむという意味の酷い場所だ。


「凛音ちゃん、大丈夫?」とりあえず声をかけたけど、チョットまずかったかなとは思う。

「なんだよ、オマエ!」

 部屋の中に突然、人が現れたら驚くのも無理もない。しかもそれが全裸の女の子なんだから、たとえ突然でなくても見たら驚くだろう。私が裸で平気だからつい周りにいる連中も平気のように思ってしまうが、これではまるで回るお寿司ひと皿追加だ。

 広い部屋の真ん中にベッドがあるのは、みんなで回したり鑑賞するには最適だろうけど、趣味が悪いと思う。

 その上で転がってる凛音ちゃんは、目立った外傷がなく、生きているという点だけを見れば大丈夫なんだろうけど、そのほかの様子では、大丈夫さの欠片も見えない。

 泣いていないのが、諦めという最悪の状況を表しているとも言える。


 アイカからの電話を切って数秒と経っていない。

 この子がここに連れ込まれてからも、そんなに時間は経っていないはずだ。男が何人も寄って(たか)って、早すぎる。楽しいことは落ち着いてやった方がいい。

 凛音ちゃんにも事情があったんだろうけど、売春してたってことは、この惨状が初体験じゃなかったんだろう。それはこの子にとってはまだよかったことなのかもしれない。

「あいつらにレイプされたの?」いまさら回りくどいことを言っても仕方ない。彼女の肩に触れたら力なく頷いた。

 いきなり私が裸で現れても、驚かないなんて、彼女のいまの精神状態を思うと心が痛む。


 さて、いろんな話は後で聞くことにしよう。

 だいたい、さっきから男どもが口々にやかましい。

「言いたいことはありますか?」とりあえず、真ん中の男に声を掛けた。

 私の言葉に「おう」と答えたその男がリーダー格のようだ。

「そいつが俺たちのシマで勝手に客引きなんかするから、社会のルールを教えてやったんだよ!」

「なるほど」

 わかった。安っぽい連中だ。こんなヤツらでも人間だ、生きる価値がないとまでは言わないけど、殺す価値はある。

「てめえも回してやろうか!?」

「ありがたい申し出ですが、私はもう二回もして来てますし、戻ったらまだまだやり足りないってしつこい子とどれだけしなきゃならないか分からないもんですから、ここであんたらのお粗末な腰振りの相手をする気持ちにはならないのです」

 男がなにか言おうとしたので、私と凛音ちゃんの音だけ残してあとの声を消した。

 途端に静かになった。

 凛音ちゃんは、呆然と横たわったままで、息遣いだけが聞こえる。いまさら私がやることを見られてもどうってことないし、本人が望むのなら記憶を消してあげてもいい。

「さて」私は男たちに向き直った。

「ほら、あみこ姉ちゃん、ここだって!」騒がしくドアを開けてまみちゃんが入ってきた。

「えっ、なんで!?」

「もう、まみこ待ちなさいって!」あみちゃんがその後ろを追って入ってくる。

 声を消してるのに。というか、外界と時間の流れも切り離してて、この中の百年が外世界のナノ秒以下なのに。

「きのこずるいよ!」

いきなり怒ってるけど、まみちゃん、私はきらる、せめて〝きるこ〟と呼んでちょうだい。

「きるこ、ごめんね。どうしても一緒に行くって聞かなくて」

 あみちゃんがすまなそうにちょこんと頭を下げた。

「ひとりでキノコ狩りなんてずるいよ!」

 まみちゃんがぷりぷり頬っぺたを膨らましてる。


 この子たちは、とてもおかしい。



「なあんだぁ」

 私の簡単な説明で、まみちゃんはがっかりして、あみちゃんは露骨に軽蔑の眼差しを私に向けた。

 やっぱり十歳の乙女が「おちんちんをキノコに見立てて言ってるだけ」なんて幼気(いたいけ)な女の子に言うもんじゃない。

「ほら、まみこ帰ろう。きるこはね、()()()()()()()が大好きなんだから」

 それはそうかもしれないけど、まともに言われると、ちょっと悲しくなる。

「ね、ね、私もキノコ狩り手伝っていい?」

 なぜかまみちゃんがやる気満々になってる。


 この子たちは、やはりおかしい。

 ベッドに裸の女の子が倒れてて、そばにいる私も裸で、部屋の壁には七人の男がこれも裸で張り付くように気を付けの姿勢で並んで立っているというのに、教室で雑談をしているのとなんにも変わらない。

「だって七本もあるんだよ、きるこ独り占めはずるいよ!」まるで松茸狩りにでも行くような勢いだ。

「私はいい。魚は好きだけど魚釣りはしないし。まみこが私の分も取っていいよ」

 ひょっとして、お土産に持って帰るつもりなんだろうか? 二人で相談して決めないで欲しい。

「じゃあ、あみこは凛音ちゃんをお風呂に入れてケアしてあげて」あみちゃんならこういう状態の子でもきちんとお世話してくれるだろう。

「うん、わかった」

 あみこはキノコ狩りよりも有意義な役目ににっこりと大きく頷いた。

 二人をたっぷりのお湯が張られたコドモのイエのバスルームに送り届けてから、まみこの手を取って壁に並んだキノコに向かった。

「じゃあ、狩っちゃいますか?」

「おーっ!」拳を突き上げたまみこ。この子の元気はどこから出てくるんだろう。

 壁に張り付いた連中は、虚ろな目をして口をパクパクさせて何かを叫んでいるようだけど、まるでミュートにした動画みたいだ。

 みんな何が起きてて、何が起きるかわかってないのかもしれないけど、全部が全部、自業自得だからね。

「大丈夫だよ、ちゃんと痛みだけは感じるからね」

 私は天使の声で優しく微笑んだ。



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