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(六十七)

   (六十七)


 私はダメな女だ。堪え性のない。乙女どころか快楽娘だ。

 せっかくドラマの〝復讐請負人〟よろしく、きのうから綿密に計画してたあみこまみこをいじめる連中を始末する作戦を、まどろっこしくなって台無しにしてしまった。


 あの弁護士は、この市内に創業家のある大企業『トモイ』の顧問をやってる弁護士事務所の人間で、それを名刺に堂々と書いてあった。それで、その『トモイ』は〝子供の貧困、ヤングケアラー、いじめ、虐待〟などの諸問題に企業としても取り組もうと、社会貢献プログラムを立ち上げて積極的に活動を行っていて、その地元での柱となる活動のひとつがコドモのイエの支援だったんだと、きのうショコラちゃんに電話で確認を取っている。そして、今後も変わらず継続して支援したいと社長自ら申し出てくれていることも確認済みだ。

 そんな会社の顧問弁護士の一人がいじめを揉み消して貧困家庭への蔑視を助長するようなことが認められるわけがない。

〝あの五分間〟で私は『トモイ』の友井社長に電話を掛けている。そういうことになっている、と考えてもいい。彼は私からの直接の電話にまるでななみちゃんに再開したともにいちゃんみたいに感動して、全く〝力〟を使うことなく、私の言いなりになった。それで今回の件で「私の友人をいじめる企業からの支援は受けられません」と伝えたら電話でも相手の様子が目に見えるぐらい平身低頭で謝ってくれた。あの弁護士はクビだそうだ。

 それと、あの診断書を書いたという医者も、花恋ママが言った通り『トモイ』グループの産業医をやっているようだ。診療時間外に趣味の渓流釣りで山奥にいた人間が電話で話を聞いただけで書いた診断書が一枚〝おいくら万円〟したのかも、友井社長は調べてくれるそうだ。

 というわけで、その花恋ママの旦那は『トモイ』の有能な社員で、圧倒的に優位な立場を利用して関連会社『(ゆう)デリカサービス』の契約社員、清川正美を退職に追いやったことも、私は既に調査済みだった。

 きのう、あみこたちのお母さんが急に帰ってきたのは、花恋ママの旦那に過去の経歴をほじくり出されて晒されて会社を辞めざるを得なくなったからだ。

 彼女たちにとって、そういうことはいままでもよくあることだったみたいだけど、私がまみこたちと姉妹(きょうだい)になった以上、黙って放って置く気はさらさらない。それも、友井社長に伝えたところあっさりと〝処分する〟とゴミ箱に捨てるような口振りで言ってくれた。

 そもそも、大企業の社長が私のような小学生女子の言うことをペコペコ聞くなど、ともにいちゃんレベルの変態野郎としか思えなかったのだが、実際は友井社長はひとり娘が貧困家庭の子と交際しているのを反対して駆け落ち同然のことをされて絶縁状態になってしまったのを、なんとか仲直りしたくて会社を私物化してでも貧困などの問題に取り組んで、理解がある親だと言うことを娘にアピールしたい、ということなのだ。そのおかげで企業イメージがよくなって株価が上がったそうだけど。この夏にはようやくその娘さんと会って話しができたんだと、喜んでいた。

 ああ、その娘さんも交際相手の子も、どちらもけーくんの小学校時代の同級生なんだそうだ。ミントちゃんがコドモのイエに高森家を深く巻き込んだのは出資金問題を解決する上でも重要だったのだろう。

 それと、校長先生だけど、ことしの春に全児童に対して実施した〝いじめに関するアンケート調査〟で、あみちゃんが書いた回答に花恋の名前が書いてあったのに、担任からの相談を放置して、教育委員会に報告しなかったことが、校長室の保管庫の中のアンケートの束で明らかになった。私はきょうの昼休みに担任の先生への意識下での事情聴取と校長室内の捜索でそれを確認している。アンケートは証拠隠滅のために処分されないように保管庫を〝力〟でロックした。

 市の教育委員会担当をやっている市議の金井議員は、あのプロみたいに胸のでかい女の父親だ。集団登校で一緒だったという細い縁を頼って連絡したら、機嫌よく調査をしてくれるということだった。

 全ては上手く行って、あの場にいた連中はことごとく敗者の道を進むことになる。

 あーぁ、そのはずだったのに、私はダメだなぁ。



 可哀想に、全員あの噂の〝クマ〟に襲われた。

 だって、私の姉妹(きょうだい)をいじめた連中が酷い目にあうだけじゃ気が済まない。

 もっと(むご)たらしい有様になってもらわないと心のもやもやがスッキリしないじゃないか。

 霧山花恋は子供なので直接始末まではしないけど、守護者である両親があんな姿となっては、この先、生きてく方が辛いかもしれない。

 霧山花恋以外の、あのあみちゃんを囲んで輪になっていた子供たちには、その行いに応じた一生消えることのない苦しみを背負うことになった。

 私は神に選ばれた乙女なので人間に神の裁きを与えてもなんの罪にもならない。彼らには、神から与えられた試練だと思ってもらいたい。あの子たちに下された試練がどんなものかは乙女が軽々しく口にすることはできない忌わしいことだけど、いつか私の友人にでもなれば赦しを得ることができるかもしれないと、そう思う。



 家に帰って、お母さんは晩御飯の準備に取り掛かっていた。

「お母さん、きょうはごめんね」ダイニングに顔を出してキッチンのお母さんを目で追う。

 私は悪いことをしていないと思っても、お母さんが急に学校に呼び出されて仕事も休まなきゃならなくなったのは紛れもない事実だ。

「大丈夫よ」

 お母さんは普通に言って、ジャガイモの皮を剥き始めた。

 私はきょうも、感情を爆発させて四人も殺した。

「やりすぎだったかなぁ」つい独り言が盛れる。

「四回でも五回でも好きなだけしていいのよ。あなたの体なんだから」お母さんがニコニコと笑いながら私を向いてAIみたいに答えた。けど、その目にはなんにも映っていない。

「お母さん……」



 きのう、私はお酒に酔ったまま、夜の九時過ぎにふらふらと家に帰りついた。

 それでも両親は怒りをこらえて、心配していたことを先ず伝えてくれたけど、私の放つお酒の臭いにお父さんは殴りかからんばかりに怒鳴り散らした。でも、アルコールの強烈な臭いは幸いだった。私の体の奥から漂う男の子の臭いを誤魔化してくれたからだ。けど、お母さんは何かを感じたみたいに、私の様子に険しい顔で私の部屋に引っ張ってって、二人だけになって、「()()あったの」と、穏やかな声で尋ねた。

 私はそのとき光に溢れ、力が漲っていた。なんでもできた。それなのに、ずっとアルコールを分解していなかった。それは、そのときの気分がひどく自分の気持ちにしっくりときていたからだ。

 体内の薬物を簡単に処理できてお酒に酔うことなどなかった〝力〟のある頃の勢いで、調子に乗ってお酒を飲んで初めて酔っ払って、まともな判断もできずに流れに身を任せ、距離を置くはずだった彼を積極的に受け入れてしまった。そのときの、重たい頭、ぼんやりとした視界、不思議な高揚感の奥でモヤモヤとした微かな悪心は、なんにもできないくせになんでもできると勘違いして背伸びして大きく見せて、それで誤った、間違った。そんな私にピッタリの状態だったのだ。

 私は怒ってばかりのお父さんと違って、お母さんは理解してくれる、なんでも話せると思っていた。もちろん酔っていたからだ。

「お母さん、私、けーくんとしたの。全部」

 私の言葉にお母さんの返事はなかった。どんな顔をしていたかもよく分からない。

「愛してくれたんだよ、何度も何度も!」私の声はまるで夢を見てるようで、きっと瞳はばら色で頭の中はやけっぱちだった。

 それで、お母さんは怒った。泣きながら私を叱った。なんでも話せと言ったくせに、話したら怒るんだ。嘘つきだ、卑怯者だ。

「もう、コドモのイエなんかやめてしまいなさい!」

 お母さんがそう言ったと思う。

 それで、私がなにかを叫んで、そしたら目の前がぴかって光って、お母さんが部屋から出ていった。

 私は少しぼうっとしてて、それから、なにかそわそわした気持ちになって、慌てて〝力〟で酔いを覚ましてリビングに行ったら、お父さんもお母さんも普通にお喋りしてて、声を掛けたらこちらを向いた。

「どちら様……、でしたっけ?」


 お父さん、お母さんは壊れていた。私に関する意識や感情だけが粗雑なものになってしまった。

 私が目の前にいないと記憶からも消えてしまうようだった。

 ごめん、お母さん、けーくんとはしないって言ってたのに、嘘つきで卑怯者は私の方だったね。



「きょうはね、ハンバーグなのよ」お母さんが冷蔵庫からお皿に乗せてラップを掛け挽肉を出してきた。きちんと形を整えて寝かせてたヤツだ。ハンバーグはお母さんの得意料理で、私の大好物だ。

「わぁ、楽しみ!」私の好物をちゃんと覚えていてくれる。それだけでもいまは嬉しいと感じた。

「えっ?」私が手を叩いて喜んでいると、お母さんが驚いたように口元に手をやって私を見詰めた。

「あー、大丈夫、私はちょっと出かけないといけないから」そうか、わかった。私の分はないのだ。目の前で親しげに話をする、この見覚えのある小学生の女の子にまで愛情を込めた手料理を振る舞うという発想が、そもそもこの女の人にはなかったのだ。もっと早くに「おばさん、私にも食べさせて下さいね」ってお願いしとけばよかった。そうすれば、この気の良さそうな女の人は、私にもご馳走を作ってくれた気がする。

「きょうはね、ハンバーグなのよ」安心したようにお母さんが言う。まるでループ再生しているみたいに、嬉しそうに、何度も何度も。

 いったい、誰に言ってるんだろう。

 お母さんの目には、可愛かった秋本(あきもと)輝星(きらり)の幻が映っているのかもしれない。



 夕方の六時過ぎ、ちょうど日が沈んで辺りは刻一刻と闇のとばりが降りてくる。

 手探りみたいに、居場所を探して街をうろつく。ここがもっと繁華街なら、私の気持ちも人混みの中に沈めることができるんだろうけど、こうも人通りのない田舎道では内向きに考えることばかりになってしまう。

 無意識に、コドモのイエの方に向かって歩いていることに気が付いてため息がでた。

 あそこに行って、けーくんを待って、それで夢の続きでも見るつもりだったんだろうか。

「お腹、空いた……」

 空腹で、行くあてもない、それはとてつもなく不安で寂しく、それで惨めでもあった。

 あみこもまみこも、毎日こんな思いをしているんだろうか。私の場合は自業自得なんだけど。

 賑やかな駅前に出るために、脇道に入った。

 この道は、夏休みの最初の日に私がずぶ濡れの靴で走った道だ。この先の神社の方からだから逆方向になるけど、あのときはけーくんから逃げようとして、必死だった。

 表通りに出て角を曲がると、すぐに道の横に立つ神社の大鳥居が目に入った。それで、その通りの向こうから、こちらに歩いてくる人影があった。

 そのまま歩いて、ちょうど大鳥居の前で私と彼は互いに立ち止まった。

「よお」右手を軽く上げて、優しく微笑むけーくんに、私はいきなりの出会いに「こんばんは」が言えず鼻の奥に込み上げてくるツンとした感覚に唇を噛んだ。

 それで、思わず鼻をすすってしまって、その音に驚いて、私はその場から逃げた。

 大鳥居をくぐって、長い石段を駆け上がり、境内を誰にも見つからない場所へ全速力で走った。

 けーくんならすぐに石段で捕まえることができたはずだ。でも、階段で捕まえたら危ないって思ったろう。広い境内では、私がどこに逃げようとしているのか、確かめたくなったのかもしれない。

 けーくんがスピードをあげたのは、私が向かう先がわかったからだ。けーくんに肩を掴まれたのは、私が逃げ場を失ったからで、そこが目的地だったからだ。

 前にけーくんと訪れた本殿裏の古ぼけたベンチの後ろで私は彼に振り向いた。

「いきなり鬼ごっこはないだろう?」笑うけーくんは息一つ乱れていないのに、私ははぁはぁと肩を上下させている。

「知ってる? 鬼ごっこってね、鬼から逃げる遊びじゃなくて、鬼に追い掛けてもらう遊びなんだよ」精一杯伝えた言葉に、けーくんが私の背中に腕を回した。

「ちゃんと追いかけたよ」彼は私の頭と背中をぎゅっと抱き締めて私の顔を彼の大きな胸に押し付けるようにした。

「捕まえた」


 私は彼の胸で泣いた。バカみたいに泣いた。この場所が泣くのに最適な場所だと思ってここまで逃げることができたからだ。

 けーくんは私が泣くことを知ってたみたいに、驚かずに優しく身体中をなでてくれた。



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