(六十三)
(六十三)
ババ抜きがこんなに面白いゲームだということに、私は改めて気付かされた。
まみちゃんができる数少ないトランプ遊びということで始めたんだけど、初めは二人が楽しむ姿を見ているだけの状態で、気を使うばかりでまったくつまらなかった。
そりゃそうだ。
なんでも分かって思い通りになり結果をコントロールできてしまう人間が心からゲームを楽しめるわけがない。
日常生活を送るときのように、意識せずに過ごしていれば、当たり前の小学生に近い感覚でいることはできる。でも、ババ抜きをすれば当然カードを意識する。相手のことを考える。ジョーカーの存在が気になる。
なので、あみちゃんまみちゃんの手持ちカードがなんなのか、全部こちらに向けて並べているように分かる。どれでも好きなカードを相手に引かせることができる。配られた時点で全てのカードが揃って終わりとかが普通に起こって笑えてしまう。
あみちゃんが私を「ポーカーフェイス」っ言うけど、なんの感情の起伏も起きないので表情を変えようと思えば、ハリウッドスター並の演技力が必要になる。これでは、わざとジョーカーを引いたり、駆け引きをする真似事をしたりして、場を盛り上げる陰の道化師に徹するしかないのだ。
そこで、私は力を止める方法を考えた。そして、それは至ってシンプルな発想で、簡単にできることに気が付いた。
無限の力を与えてくれる『世界さん』の力は光の粒子となって、太陽のような〝黒い穴〟から常に一定量が溢れ出している。蛇口を開けっ放しにしてる水道のようなものだ。
私は頭の中で黒い穴を意識した。少し見上げるぐらいの場所に漆黒の穴が浮かんでいて、きらきらと煌めく光の粒子が溢れ出している。その穴に、手を伸ばして〝栓〟をした。栓の大きさはテニスボールだと大きすぎて上手くはまらず、いろいろ試した結果ビリヤードの球がちょうどいい大きさだった。〝⑨〟と書かれたボールをぐいっと穴にはめ込むと『世界さん』からのパワー供給がストップした。これならば自前の幸福ホルモンで賄うか、緊急時は栓を外すことで『世界さん』が〝あるとき〟と〝ないとき〟を体感することができる。
ココセン――心の栓だ。
そうすることで、私は純粋にババ抜きを楽しむことができるようになった。
勝負をしてて気付いたのは、早めに勝負が決まれば私の勝ちになるんだけど、接戦になると二人が異常に強いということ。特にまみちゃんは本能的にジョーカーを引かない。
私は意図せぬことだけど、自前の〝力〟のせいなのかカードが配られた時点で上がりやすい条件が揃ってる感じがする。きっと、力の影響を完全には排除できないからなんだろう。
けど、あみちゃんは相手の視線や動き、表情を読み取って当たりのカードを引く。一方、まみちゃんは相手の雰囲気で瞬時にジョーカーを見抜く。悲しいことに、二人ともこの幼さで相手の顔色を伺って生き抜く能力が身に付いてしまってるんだ。
ゲームを繰り返すほど、二人の能力が開眼されていくのが分かる。まるでバトルアニメを見てるような迫力さえ感じる。
あみちゃんはさながら行動心理学のプロフェッショナル。まみちゃんに至っては、もはや超能力者のレベルだ。
この二人は奥が深い。根が深い。傷が深い。
結果はまみちゃんの圧勝で、私が栓をしてからは、この子は一度も自分からジョーカーを引かなかった。
こんな子たちがコドモのイエの利用者で留まるなんて世界の損失だ。ぜひ私の大望を果たすために、その能力を遺憾なく発揮してもらいたい。
具体的に言うなら、友達になって欲しい。私の友達は変なオバサンばっかりで、唯一同学年のアイカは校区が違うし、身近な学校に友達がいないからだ。
私はきらりと過ごしたほんのわずかな時間で、友達と過ごす楽しさを知ってしまった。夏休み前のボッチが平気だった頃にはもう戻りたくない。
ここは身も心も私にとろけさせて「友達になって!」って二人に言わせてしまおう。
頭を使い果たして、脳ミソもお腹も空っぽになった私たちは、私が家から持ち込んだレンジで温めるパックのご飯とレトルトカレーでお腹を満たして、冷蔵庫のピザを楽しんだ。飲み物もふんだんにある。子供だけってのもキャンプみたいでいいもんだ。
午後からは、だらけてゴロゴロとじゃれあっていたけど、お腹もいい具合に落ち着いてきたところで、ふたりへの懐柔作戦で、お風呂に誘ってみた。
私は何度も何度もここのバスルームを利用してるけど、お湯を張って入ったことがない。でも、大きな浴槽は小学生がゴロゴロ入れるぐらい余裕があって、一度入ってみたいと思っていたんだ。
仲良くなるには裸の付き合いが一番。幸い私は人前で裸になることになんの抵抗もない。
まみちゃんは私の提案にノリノリになったけど、あみちゃんは少し微妙な感じでへらへらとしている。
私があみちゃんを狙ってるというあらぬ誤解が尾を引いてるとも思えないが、どちらかと言うと真面目なタイプのあみちゃんに、もうひとつ殻を破って欲しいと思う。
私はあみちゃんの心を解きほぐすために、クナイプのオシャレなバスソルトを提供することになった。この子の関心ごとのキーワードは〝オシャレ〟だ。
お風呂にお湯が溜まる間に、私はノリのいいまみちゃんを利用して、さらなるあみちゃん懐柔作戦に打って出た。
「ね、ジャンケンで負けたら服脱ぐのやらない?」スマホの動画で二人にそういうゲームを見せると、まみちゃんはたちまちやる気になった。
あみちゃんは〝どうせお風呂で裸になるんだから〟、〝女の子同士なんだから〟、〝姉妹なんだから〟という、まみちゃんと私に引きずられるように、戸惑った笑顔で恥ずかしそうに脱衣ジャンケンを踊り始めた。
まだまだお風呂に入れるまで時間はたっぷりあるのに、私は脱ぐものがすっかりなくなって、乙女の恥じらいもすっかりなくなって、なお体をくねらせお尻を振った。
ふん、どうせ私なんかもう乙女じゃないし!
まみちゃんの踊りは豪快で、女の子がそんなに脚を開いてはよくないぐらい運動会のよさこいソーランみたい。
あみちゃんの振りは、こういう踊りを一度見せたら絶対男子はいじめなんかしなくなるだろうって感じだけど、決して見せてはいけない動きだ。
あみちゃんが最後の一枚を取って、全員が裸になると、私たちは意味もなく手を叩いて大笑いして、互いの肩やら背中やらをぺんぺん打ち合った。
健闘を称え合うように順番にハグし合うんだけど、あみちゃんとまみちゃんが何かひそひそ話をしているみたいだ。耳元で何かを囁くと、口元がニヤリと歪む。目が妖しく光って私を見る。
何か、私に内緒で企んでる。そう直感して、彼女たちの心を読もうと、頭の中に光の粒子を集めて二人に向けた。
でも、そこでやめた。いま、ものすごくドキドキしてるのだ。興奮してる。
この二人を放っておいたらどうなるんだろう?
そうか、『世界さん』が〝なんでもできるけどなんにもしない〟訳が分かった気がする。
なんにもしないで放ったらかしにして、勝手にやらせて結果がどうなるのかを見るのは、なんでもできる存在にとってはとてつもなく興味深い娯楽なんだ。しかも、プレイヤーの中に潜んでいれば、体感型のアトラクションをやってるみたいなものだ。何か不都合なことや危険なことになれば、安全装置の〝栓〟を抜いて力を使って思い通りにすればいい。
私は、二人が何を考えて何をするのか、ワクワク・ドキドキを楽しむことにした。
リビングに脱ぎ散らかした自分の服を集めて、丸めて頭の上に乗っけて、落とさないようにバランスを取りながらバスルームに向かう。もう、あみちゃんもすっかり自分を捨てたみたいだ。
服は洗濯機に放り込んで全自動でスタートさせた。帰るまで裸で過ごそう。
浴槽の蓋を開けると、バスタブにはなみなみと透き通るお湯が張られている。
私はその中に〝ハッピーフォーミー〟をぶちまけた。バスタブが飛び散った粉末でローズピンクにまだら模様に染まる。
後ろで「わあっ」と二人の歓声が上がる。赤いお湯は気分が燃えていい。ちょっと〝血〟っぽいけど、「血のお風呂」って言葉にするのも危うい気がしてやめといた。
お湯に手を突っ込んでぐるぐるとかき混ぜると、全体が淡く均一になっていく。浴槽が大きいせいか、ちょっと色付きが薄い。二袋入れたいところだ。でも、もうひと袋〝ラベンダーの香り〟のがあるけど、混ぜると何色? そりゃ変だよね?
「いぇーい!」
横からまみちゃんがお湯の中に飛び込んだ。
「こら、まみこ、洗ってから!」あみちゃんが怒鳴るけどもうまみちゃんは鼻の下までローズピンクのお湯に浸かって「ぶくぶく」言ってる。
「いいじゃん、私たちだけなんだし」私もまみちゃんに向かい合うように湯船に入って足を伸ばした。
あみちゃんはそれを見て、嬉しそうにまみちゃんの隣に肩を並べてお湯に浸かった。
三人が入ると、お湯が増えてちょうど湯船のふちギリギリまでお湯を張ったようになって、すごく贅沢な入浴タイムを感じられる。
向かい側であみちゃんはまみちゃんの肩を抱いて、まみちゃんもあみちゃんに甘えるようにくっ付いてて、ほんとうに仲がいいんだと分かる。
まみちゃんがあみちゃんの耳に唇を寄せて何か囁いて、あみちゃんはそれにニコニコと頷いてる。
うらやましいなって思う。心から信頼し合ってるんだ。全部を預けられる関係。もし、私ときらりが一緒にいられたなら、あんなふうに仲良くできたのかもしれない。
ぼんやりと二人をみてたら、まみちゃんが私のおまたを足でちょんとイタズラした。
「ね、きらるちゃんは、姉妹いる?」
「いないよ」私も足でお返しする。
「姉妹欲しくない?」今度はあみちゃんが聞いてきた。まみちゃんが私の足攻撃にくすぐったそうに体をくにゃくにゃさせてばかりだからだ。
「うーん、優しいお姉ちゃんとか可愛い妹とか、あみちゃんたちみてたらいたらいいなって思うなぁ」兄弟姉妹のいる友達の話を聞いて、そういうのは面倒臭いとか鬱陶しいとか思ってたけど、この二人を見てたら悪くないなって思う。
私の反撃で、おまたを忘れてるまみちゃんの足を捕まえて足の裏をくすぐったら、顔までお湯に沈んじゃったので解放してあげた。
まみちゃんはびっくりしたみたいに顔を手で拭って、平泳ぎの手で私の方にやってきて隣に並んで体をすり寄せた。
私はさっきまでのあみちゃんを真似て、まみちゃんの肩を抱いて頭をヨシヨシと撫でた。
「妹になってあげるよ」隣で私を見上げて、まみちゃんが頬っぺたに唇を寄せてきた。
そうか、この子たちは姉妹みたいに仲良くしようって誘ってくれてるんだ。さっきからのひそひそ話はその相談だったんだ。なんて可愛いんだろう。妹と友達がいっぺんに二人もできた。
「ありがと」私は調子に乗って、まみちゃんの鼻の頭にチュッとキスをした。
まみちゃんが目をくりって丸くしてあみちゃんを見ると、あみちゃんはしっかりと頷いた。
それで、すいぃーと、私の隣に泳いできて、私は湯船の片側で、あみちゃんまみちゃんに挟まれる格好でタマゴサンドの具みたいにぐにゅぐにゅにされた。
「ね、ほんとになる?」あみちゃんが念を押すから、私は喜んで「うん」と頷いた。
「きらりちゃん、言ってくれたでしょ、私には守られる価値があったって」
「うん、ほんとにそう思う」きょうの学校での話だ。
「私もずっとそんなふうに思ってたんだ。だから、いじめられても平気。必ず守ってもらえるから」
そうか、そういう思いがあったからこの子は強いんだ。
「あのね、きのうも家に帰ったとき、変な男に襲われたんだけど、助かったんだよ」まみちゃんも叫ぶように訴えた。
「目の前がぴかって光って!」
二人の記憶が消えていない。




