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(五十九)

   (五十九)


 きらるの体はまるで熱病に侵されたようだった。

 熱く、寒さに震えている。

【あんたのせいだよ、あんたがいなくなるから! 私を放って行くから! 前なんか嫌だったんだ! もう、あそこボロボロなんだから!】

(うん、ごめんね、ごめんね)動物をなだめるぐらい身体中をさすった。

 きらるは運動部の練習みたいに、無意味な大声をあげて、わめき散らし、息を荒くした。

【もう、私、乙女じゃないんだ! ヤバい、北倉先生だって、あの歳で新品未開封だってのにさぁ】

 なに、どうしたんだ、きらるが笑ってる、興奮しすぎてる。

【でも、いいんだって! あっしは、()()()いかったんだからさ! あんたにも教えて……、あっ、ああ……】

(ちよっ、ちょっと、どうしたの?)きらるがぶるるっと震えた。

【あぁ、あたし、やりすぎて壊れちった……、おまた……。あははは、お布団、びしょ濡れぇー】

 えっ、まさか、お漏らししちゃった?

 慌ててきらるのそこに手を当てたら、じゅんじゅんと噴き出す感覚が手のひらにあった。でも、この夢の中ではそんな感じがするだけで、手のひらも座っている辺りも濡れていない。

 きらるが座椅子の周りをパンパンと叩いているのはいま寝ているベッドの濡れたところを叩いてるつもりなんだろうか。

(きらる、どうしたの!? 大丈夫?)

 ここはきらるの夢の中だ。私の部屋で寝ているはずのきらるは、いまどうなってるんだ?

(きらる、ほら、しっかり!)

 焼けるようなきらるの体を揺すって、彼女を起こそうとした。

 発熱、お漏らし、病気? この子は、絶対におかしい。

【大丈夫、大丈夫、元気になれるか……、うぷっ、ぐえぇっ!】きらるが慌てて両手で口を押さえた。

 吐いてる!? いま、向こう側で吐いてる!

(きらる、どうしたの!)

【あ、うぷ……、お、おかしいなぁ、元気に、なるはずなのに】

(なるはず? なるはずってなによ、なにがあったの!)私の知らないところで、まだなにかあったのか。

【ああ、ご、うぷっ、めん、ごめんなさい】

(謝んなくていいから、ね、なにがあったか教えて?)焦る気持ちを抑えて、きらるをさすって懸命になだめた。

【私、怖い……、怖い、かったの、あんたに内緒で、勝手に、キスして、エチ……、エチして、体、汚して……】

(うん、うん)きらるをきつく抱いて震える体を必死に撫でた。

【私、ちゃんと、ちゃんと死のうと思ったんだよ、遠くで踏切の、音が聞こえてさ、だから、電車に飛び込もうって思って……。でも、へへへ、駅、遠くてさ、気が付いたらもう家に帰ってて、晩御飯があんたの、好きなハン、ハンバーグで】きらるが苦しそうに笑う。

(いいんだよ! こうやって、お話できてるじゃん! 私、気にしてないから、私、あんたのこと好きだから、ずっと一緒いてよ!)

【ありがと、あんた、は、()()()、は、腹黒くないよ】きらるが、へへへと笑う。

(ほら、一旦起きて、着替えて。もう、きょうはぐっすり休もう)

 起きて私と代わって、それでお母さんを呼ぼう。大丈夫、夜中に吐いたぐらい、いままでもあった、どうってことない。心配いらない。

 そうだ、おまじないだ、きらるが寝てても本体に干渉できれば目を覚まさせるぐらい、なんとかできる。やり方は、あみちゃんまみちゃんのときにきらるがやった深層へのダイブの逆バージョンで!


(きらりきらきらおほしさま!)


 あれっ、効かない?


(きらりきらきらおほしさま!)


 なんで? きらる本体側の意識に届いていない!?


【あ、あと、ごめん……。私、苦しくて、耐えら、うぷっ……、れなくてさ……、ら、楽になりたかったの】

(うんうん、いいんだって)訴えるきらるの手を握った。


(もう一度だ、きらりきらきらおほしさま!!)


 どうして!? なんの手応えもない、なんにも感じない!?


【あんたが隠してた、あ、あの、ママに貰ってた、あんたがおまたするときに、うっ、飲んでた、25って〝元気になるサプリ〟こっそり飲んじゃっ……、た】

(えっ! ねえ、飲んだの、あれを飲んじゃったの!)そんなバカな! あれはあの女がくれた中で一番危険なやつだ。

【ごめん、怒らないぷっ、で、怖かったの、あんたも、けーくんも、ぜんぶ、世界中が私のこと、怒ってると思ったの】

(いいから、怒ってない、誰も怒ってないよ! あんたは少しも悪くないって!)あれは大人の容量だ。きらるにはかなりきついだろう。でも、きっと何時間かで効果は治まる。

 きらるの実体に干渉できないのは間違いなくあの薬のせいだ。すでにこの子は〝意識不明〟なんだ。くそっ! このまま効き目がなくなるのを待つしかないのか。

【ほんと、ごめん、きっと、高いおクスリなのに、私、なかなか効かなくて、効かないと不安で、でも、飲んでも効かなくて、もっと怖くなって、みっ、三つ飲んじゃった……】

(ええっ!)

【……そしたらさ、そしたら……、見て! こんなにキレイな星空で!】

 きらるが突然、顔を輝かせ、両手を広げて歌うように叫んだ。

 その瞬間、きらるの体が冷却パックを叩いたときのように、急激に冷たくなった。

(きらる! 起きろ! いますぐ私と代われっ!)この世界は、この美しすぎる星空は、きらるが生み出した幻覚だったのか!

 三錠は無理だ、大人でも過剰摂取で確実に死んでしまう。

 きらるにちゃんと説明しとけばよかった。私も、この子と一緒にいたせいで、分かっているものだと思い込んでいた。でも、いまさらどうしようもない。

 急速に弛緩していくきらるの体を揺り動かした。

(ほら、起きろ、私が代わってやる! 目覚めろ!)

 きらるが目覚めれば私と体を交代できる。そうすれば、こんな幻覚剤だろうがなんだろうが、どんな薬物でも消滅させることなど容易いことだ。私が世界と繋がれさえすれば。

【ねえ、きらり、あんたに最初に声掛けたとき、酷いこと言ってごめんね】きらるの言葉は悲しいほど穏やかだった。もう大きな声を上げる力もないのだ。

(何言ってんだよ、ほら、起きてシャワー浴びよう。話の続きは明日また、ゆっくり話そうよ)彼女の優しい声に、涙が溢れてきた。

【私、ずっと後ろにいて、私ならもっと上手くやれるのにって、勝手に思ってたんだよ】

(いいって、そんなこと、もういいって)何とかしないとだめだ、このままではだめだ。

【前にいるのって、世界の中で生きてくのって、みんな、大変なんだね】

(そうだよ、みんな一緒だよ、だから、一緒に生きよう)どうすればいい、この子を起こさないと! あみちゃんまみちゃんのときは、この子が起きててくれたから外の世界に干渉できた。なにか世界との接点があれば、それさえあれば。

【ごめんね、きらり、泣かないで、ほら、星があんなにキレイだよ……】

(バカっ! なに勝手に死亡フラグ立ててんだよ! あんたが死んだら私も死ぬんだからね、女同士であの世で一緒なんて嫌だからね!)もう、時間がない。この子に自分の意思で目覚める力は残っていない。なんとしてでも、見つけるんだ、この子と私と現実との接点を!

【あぁ、そうか、私が死んだら、あんたも死ぬのか……】

(『世界さん』、これでいいの!? いるなら出てきて!)『世界さん』がいれば、夢も現実も関係ないはずなんだ。

 私は天を仰いだ。星々は人の営みなど全く気にすることもなく、あらゆる感情を超越して、変わらずそこにあった。

 私はちっぽけな人間で、人間を超越したあの星々の世界が『世界さん』なのだ。


 そこにはすべてがあって、なにもない。


 私はすべてで理解した。私は『世界さん』のほんのひとかけらにもならないほどのケシ粒のような力を使っていたに過ぎなかったことを。


『なんでもできるけど、なんにもしない』


 絶望、諦め、無力感、それは自らが消えゆく存在であることの恐怖をも消し去ってしまった。

 打ちひしがれ、項垂れた私の隣で、いきなり、きらるが立ち上がった。もう、きらるにはそんな力は残っていないはずなのに。

 けれども、きらるは、しっかりと両足を踏ん張り、天を仰いで星々に向かって両手を広げ胸を開いた。


【聞け! 『世界さん』、私の全部を使って、きらりを助けなさい!】


 きらるの叫びは煌めく星々を震わせた。


【きらりは、この世界の希望だ! 誰よりも、もっと、ずっと、尊い!】


 きらるの体が、一瞬、輝いたように見えた。

 つかのまの静寂の中で、星の声が聞こえた。それは美しい賛美歌のようだった。


 そしてきらるは取り間違ったジェンガのように一気に崩れ落ちた。

 私は震える腕で抜け殻のようなきらるの体を抱いた。


 きらるが消える。

(きらる、だめだ! 行くな!)

 きらるを形造っている意識が光の粒子に変わっていく。満天の星々が光の粒子になって降り注いでくる。きらるの光と星々の光が交わって、その境界が次第にぼやけあいまいになっていく。


 きらるの世界が崩れていく、消えていく。


(きらる! 言って! 最後に一緒に!)


 私は、きらるの全部に私の全部を注ぎ込むように、きらるの最後の言葉に私の命の叫びを重ねた。

 ただひとつの悲しいまでに傷だらけのちっぽけな可能性に掛けて。



【(きらりきらきらおほしさま】!)




 ごめんね……


 さよなら……


 ありがとう……


 わたし…………。


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