(五十二)
(五十二)
きょうの会合に集まってくれたのは、ボランティアの主婦の寺崎さんと、野田さん、若い男の子は私が初めてみる顔で久浦くんという、それにみさとちゃんも来てくれた。
弥生ママは、きのうショコラちゃんと私が電話で話しをしたあとに、たまたまショコラちゃんにママから会のウェブサイトの更新をどうするか、という電話があったらしくて、今後のこともあるので、きょうの話し合いに来てもらったということのようだ。それでエロジイサンとショコラちゃんに私だ。
あの松波さんとかいうエロジイサンはこの家を貸してくれただけでなく、会にかなりの出資をしてたらしくて、ご機嫌を取っておいた方がいいというショコラちゃんの腹黒い提案があってついさっき急遽呼んだのだった。電話をかけたら瞬間で出て、二つ返事どころか四つも五つも返事をして飼い慣らされた犬のようにあっという間に飛んできた。
あ、あと、鍵が開いてたからと勝手に入ってきたあみちゃんまみちゃん姉妹がエアコンの下で幸せそうにジュースを飲みながらお絵描きをしてる。あのふたりは、家に誰もいない日は、いつも自分がいる場所を探して広い町内をうろついているのだという。
会場になる二階の奥の洋室は、小さい子供の保育に使おうと準備してたプレイルームだったけど、一度も使うことがないままになっていた。
つかまり立ちの赤ちゃんがうっかり転んでも大丈夫なように、床はお漏らし対応の防水のクッションマットが敷き詰められて、直に座ってもお尻が痛くならず快適だ。
もともとリビングに集まってた私たちがその部屋に移動したのは、リビングでけーくんがソファーを占拠したままだったからだ。
みんなはけーくんがショコラちゃんと一緒に来て居眠りをしてると最初思ったようだけど、ショコラちゃんが「きらりんになにか用事があったんじゃないの、私、この子呼んでないし。それに、私が来たらもう寝てたから」って説明したらしい。それで、みんながどんな解釈をして、噂話をしてたかは知らないけど、おそらくみんなの話を聞いてただろうまみちゃんが「きらりちゃん、ホントは何回だったの?」って聞いてきて、私はコドモのイエで参加したイベントの回数のことだと思って「三回だけだよ」って答えたんだけど、それからみんなの私を見る目がずいぶんと変わったような気がした。
まだ若い新婚さんの野田さんが「朝から三回もしたらそりゃ元気な啓示くんでも疲れちゃうよねぇ」って、私に耳打ちして、しばらくの間、なんのことだか分からなかった。
でも、念の為に言っておくなら、私なんだかんだ言ってもまだ乙女な小学生だから!
それで、その十人ほどが洋室に車座になって、まず私が挨拶することになった。
ショコラちゃんが、「始めましょうか」と言って、まず私を指名したからだ。彼女がが司会進行、MC、議長。始まる前からいつの間にかそんな感じになってて、みんなそれで安心しているようだ。
私は緊張してその場に立ち上がった。
車座なので発言する人がいる場所が正面になる。だから、わざわざ前に出て行く必要がない。
「えっと、秋本輝星です」なぜか名前を言ってしまった。やばい、これじゃぁまるで、新年度のクラスの自己紹介だ。緊張で頬っぺたが一気に熱くなる。
でも、正面で弥生ママが、〝ガンバレ〟ってふうに、ニコニコしながら小さく手を振ってくれている。私は最初、ママのご機嫌伺いで隣にくっ付いていたんだけど、ママが「お友達のところに行ってらっしゃい」と言ったので、みさとちゃんの隣に座ってた。その隣のみさとちゃんがきゅっと左手を握って励ましてくれる。よく見ると、他のみんなも穏やかな顔で微笑んでる。松波さんはやはりエロジジイだ、わざわざ離れたところに座ってると思ったら、スマホを構えて写真を撮っている。動画かもしれないけど。あっ、シャワーやら授乳やらでおっぱいシール貼ってなかった。胸の辺り、ズームとかしないでよね! と、カメラのレンズを睨んだら、どうやら熱心にスマホを向けてるのはルックスのいいあみちゃんのようで、思わず『私じゃないのかよ!』ってツッコミたくなってしまって、おかげで緊張がほぐれた。
「私は、夏休みに入ってからコドモのイエに参加するようになったので、活動の方は子供食堂ぐらいしか見ていませんが、私の周りにもいろんな支援が必要な子供がたくさんいることを知りました。それで、私はそういう子供たちが希望を持って生きられる世界を創りたいと思います。でも、なにをどうやればいいのかよく分からないので、みなさん、どうか力をお貸しください。よろしくお願いします」お辞儀をしたら、たくさんの拍手が私を包んだ。ドキドキしてるけど、なにか晴れ晴れしい気持ちもする。
床に落っこちるみたいにぺたんと座るとみさとちゃんがニコニコ顔で「よかったよ」って言ってくれた。
それで、右隣のショコラちゃんが交代でサッと立ち上がった。
「はい、いまここにいる世間知らずの小娘がみんなの前に大風呂敷を広げてくれたので、私たちみんなでその大きな風呂敷に包みきれないぐらいの夢と希望をこの子に持たせてあげましょう。この子ならきっと、世界中の子供たちに幸せを届けてくれると信じます」
ショコラちゃんが両手を広げ身振りを交えて高らかに宣言するみたいに声を上げると、私のときの三倍の音量で拍手が巻き起こった。ずっとミントの後ろで目立たず大人しかった子は、この瞬間に司会者どころか、すっかりリーダーになっていた。
でも盛りもりに壮大な話になってるけど、この会って、結局、貧しい子供たちのための、ただの子供食堂だよね? それでいいよね?
「そういうグローバルな視点を持った上で、地域に根ざした活動をするのは市民運動の基本だと思うなぁ。高森さんの言う通り、きらりちゃんを盛り上げて、世界に旋風を巻き起こそう!」会では珍しい男子ボランティアの久浦くんはみさとちゃんの高校生の同級生だそうで、ノリが良くて「おーっ!」という掛け声で、まず話を盛り上げてくれる。本人は職業〝売れないピン芸人〟だと言うけど、売れなさ過ぎて〝クーラーしんいち〟という芸名を誰も知らない。
「では、夢を見る前にまず現実から。コドモのイエについて、簡単に説明させてもらいます。それと、最初に。私、諸般の事情で今日から高森翔子から野木翔子になりました。ややこしいのでショコラと呼んでください」
「ショコラちゃーん」クーラーくんがガヤ芸人みたく叫ぶ。ふざけ過ぎだ、と思ったけど、主婦のボランティアさんも同じようにショコラちゃんに声を掛けている。
「ショコラちゃん、頑張ってね!」この会で一番年長の寺崎さんはもうどこからどう見てもおばあちゃんで、ミントやショコラちゃんたちを、自分の娘と同い年だと言って、なにかと気に掛けていたようだったのに、今回の不正の件があって裏切られたみたいだってすごく怒っていたらしい。その人が〝頑張って〟と言ってくれる意味は大きいと思う。
ショコラちゃんはみんなの呼ぶ声に応えて、胸の前で両手を振って笑顔を振りまいている。まるでショッピングモールに来たアイドルの新曲発表会みたいだ。
「コドモのイエの美藤理事長と高森理事の二人が補助金等を不正に受け取ったとして詐欺の容疑で逮捕された件はご存知かと思います。不正の中身は市の事業委託費約三十万、他に県や国の補助金、助成金が、合計約十七万となっています」前にニュースで言ってたヤツだ。でも、確かショコラちゃんが言ってたのは、もっと金額が大きかったはずだけど。
「それぐらいのお金でも会が潰れちゃうの?」隣の家の野田さんは、カレーの会のときにたまたま見掛けて手伝ってくれたのが切っ掛けでボランティアさんに登録してくれた人だ。旦那さんの親と同居なので、土日の休みはなるべく家から外に出たいんだけど、遊びで出掛けるとお姑さんがうるさいらしく、子供食堂の手伝いならいい口実になるということのようだ。なので、是非ともコドモのイエは存続して欲しいのだ。
「金額が大きいのは、それとは別に会を設立するときに集めた資金およそ二千七百万が出資法違反の疑いがあるからで、検察も補助金の不正よりもそっちの方を詳しく調べてるみたいです」ショコラちゃんの説明に、みんな「ほおぅ」とため息を吐いた。そもそもこの会にそんな資金は必要なく、集めたお金のほとんどは、私的に流用されて何に使われたのか分からないらしい。
「会の活動にご協力をいただいたみなさんには、本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」ショコラちゃんが、腰を深く折って頭を下げた。
「ショコラちゃんは悪くないよ」
「そうそう、ショコラちゃんが一番の被害者なんだから」ある意味、そうだと思う。金額的にはそこにいるおじいさんが一番なのかもしれないけど。
「NPO法人のコドモのイエはいろいろな法的な手続きを済ませ、解散することになります。法人としての設置要件も満たさなくなりますし。なので、今回活動の相談させていただくのは、あくまでも任意団体としての活動となります」
「私からもよろしいですか?」おじいさんが撮影をやめて手を挙げた。なにかエロい提案だろうか? 小さな女の子を集めて下着で水遊びとか!?
「松波と申します。ボランティアでご支援くださってますみなさんとはお会いするのは初めてかと思います。よろしくお願いいたします。コドモのイエにつきましては残念なことになりましたが、きらりさんが活動を続けて下さるということで、これからもこの家を自由にお使いいただき、資金面での支援も続けさせていただきたいと思います」
おじいさんの言葉に、みんなの歓声はほっとしたような安心感を含んでいた。やっぱりお金の問題を気にしなくていいということは現実問題としていちばん大きい。
「私の報酬は子供たちの笑顔です。私は現場では動けませんが、どうかみなさんのお力添えでたくさんの子供たちに笑顔をお与えください」おじいさん、子供たちは笑顔を見るだけにしてくださいね。決してお手を触れることのないようにご注意ください。
「やっぱり、最初のイベントとしては子供食堂ですかね?」
「アピールしやすいし、キックオフにはいいイベントだと思うな」
「ショコラちゃん、なんか案とかあるの?」
みんなの話にショコラちゃんは、自分があまり意見を言うとそっちに流れそうでよくないかもしれないけど、と前置きして話し始めた。
「私も、イベント的にも最初はちゃんと準備期間をもって、子供食堂をやるのがいいと思う。保健所とか、関係機関にも相談したり、機材の準備とかもあるし、来月、五日の土曜日あたりはどうかな? それまでに何度か打ち合わせとか、リハーサルもやって」ショコラちゃんはほとんど出来上がった計画の案を持ってるみたいだ。
「子供食堂ならメニューとかも決めないとね。そういえば、プリンちゃんは?」
「ああ、遅れるって言ってたけど」
プリンちゃんは栄養士の資格を持ってて、子供食堂のメニューは彼女に考えてもらっていた。それはあの子が食べるのが大好きだからだ。
本人はいつも「ストレス食いよ」なんて言ってるけど、余程の心の傷でもなければあれほどの体型になるまで食べ続けるなんて絶対にありえないことだと思う。




