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(五十一)

   (五十一)


 ショコラちゃんとミントと彼は同じ大学の文芸のサークルで知り合って、すぐに友達になった。ショコラちゃんとミントはお互い全く違う性格だけど、それに魅力を感じて惹かれあったんだろう。一方の彼は大学の講師たちより知識も考察も抜きん出ていていて、既にみんなが憧れるような存在だった。

 大学時代、彼とミントは付き合っていたと思っていたのに、卒業すると彼はショコラを選んだ。何があったか知らないけれど、彼が自分を選んでくれたことをショコラは素直に喜んだ。それで、自分のせいではないけど、ミントから彼を奪ったような後ろめたさを感じてしまい、ミントが卒業して故郷の鹿児島に戻ったこともあって疎遠になってしまった。

 それが、三年前に再びショコラの前にミントが現れた。彼の新しいビジネスパートナーとしてだ。彼にはビジネスの才はない。財力も、知名度も、文学オタクの彼にはミントのNPO設立を手助けできるものは何もなかった。

 あるのは彼の妻が有力政治家と繋がりがあって、資産家で、堅物だけどもお人好しだということだった。彼はビジネスには約立たずだけど、ミントの欲望を満たすにはちょうどよいパートナーだったのだ。

 そうだ、彼もミントの手厚いもてなしを受けたんだった。


「あの人と、最後にしたのはいつのことだったかな? もう忘れちゃった。でもさ、あのバーベキューの日は二人で泊まろうって夜景の綺麗なホテルを予約してたんだよ。きっとするはずだった。私、いつもよりレースの華やかな下着を付けてたのよ。イオンの特売だったけどね、初めて自分で下着を買ったときみたいに、ドキドキしながらレジに持ってって。私、きっと生まれ変わりたかったの。それが、あんな事故があって、中止になって、それっきり……」

 ショコラちゃんが大きく息を吸い込んだ。

「バカ、全部バカ! いつかそれ着て彼に可愛いって言ってもらうことなんか想像しちゃって! ほんとバカ!」

 ショコラちゃんは「バカバカバカバカ」と何度も何度も繰り返しながら、手が折れそうなほど床を打った。

「だから、私、二人を売ったの! 会の会計で不正に気付いて、情報を警察に! たった三十万円で夫と友達を売ったのよ!」

「でも、金額は関係ないよ、不正はよくないから……」ショコラちゃんの気持ちは分かる。

「違うの、私、ミントに不正をやめてって言わなかった。彼を取らないでって言わなかった。彼に戻ってきてって言わなかった! 友達ならまずそう言うでしょ? 夫婦ならちゃんと話し合うでしょ? でもそうしなかった! 友達でもない、妻でもない! ただ悔しかったの、二人が許せなかったの、私の世界からいなくなれって思ったの!」

 ショコラちゃんは吠えるようにそう言うと、ぱたっと手を広げたまま動かなくなった。

 私はなにか慰める言葉がないか探しながら、震える両手を床について這うようにショコラちゃんに近寄った。

 ショコラちゃんは頑張ったんだと、まず頭を撫でてあげようと思って顔を覗き込んだとき、彼女は目と目の間に深いシワを寄せて、怖い顔でぐっと涙を堪えていた。

(あぁ、もう泣きそうだ)

【泣かせてやんなよ、その方がちゃんと立ち直れるって!】

 きらるはやっぱり優しい子だ。でも、きっと泣いて立ち直ったショコラはレベルアップしたショコラちゃんになってしまう。


 絶対に泣かせてなんかあげない。


 私はショコラちゃんのおでこを手のひらでぴしゃんと叩いた。気持ちのいいぐらい華やかな音がショコラちゃんの頭から床を伝って壁や天井から部屋全体にパァンと響いた。

 その音にショコラちゃんは驚いて顔のシワを消した。

「友達でもない、妻でもない、人間だもの」

「えっ、なに、それ?」ショコラちゃんがキョトンとした顔になる。

「だって、ショコラちゃん、真面目な子だってずっと思ってたのに、実際は小学生とビール飲んだりコンドーム買い与えたりするし、自分の子供が女の子のおっぱい吸ってても平気だし、欲望のために旦那見捨てるし、友達警察に売るし、ほんと、腹黒いったらありゃしない」

「酷いね」ショコラちゃんがぽつんと言った言葉は、私の言った言葉が酷いのか、それとも列挙された自分の行いが酷いのか、微妙などちらとも取れる口ぶりに感じた。

 私はショコラちゃんにちょこんとキスをした。

「私、そんなショコラちゃんのこと、すっごく好きだよ」

「それって、同類相求むってこと?」私のキスに嫌そうな顔になる。

「いいじゃん、こんな若い子とコイビトになれるんだよ」コイビトという言葉に、ショコラちゃんが私の顔をまじまじと見る。なにか言いそうな口元に唇を押し付けた。

 私は夏休みの間に多分キスが上手になった。レベル1の初心者だったのがいまではレベル60は超えてるはず。ママとロープレ並にやり込んだおかげだ。きっとうちの学校で一番のレベルだと思う。なのに、いつの間にかショコラちゃんに押し返されてヘトヘトになってギブアップになった。

 ショコラちゃんは、私に勝利宣言するみたいにまだまだねって顔でふふっと笑った。

「きらりなんかダメよ」

「なんでよ」私は不満たっぷりに頬っぺたを膨らませた。

「私ね、やっぱりコイビトはおちんちんが付いてたほうがいいの、おっきいやつが!」

 ショコラちゃんがそんなことをあんまり真剣に言うもんだから、思わず吹き出してしまった。絶対この子はこんなことを言う子じゃなかったはずだ。すごくいいと思う。

「じゃあ、私が知ってる〝おっきいやつ〟が付いてる子、紹介してあげようか?」もう、私も調子に乗るしかない。

「えーっ、まさかきらりんの同級生とかじゃないよね?」

 さすがに五年生でショコラちゃんの望む大きさの子がいたら怪物だと思う。私は違うと首を振って、天井を指さした。

「上で寝てる子!」

 ショコラちゃんがカオスの天井をじいっと睨んだ。リビングのソファーはちょうどこの上あたりだ。それで大きく頷いた。

「なるほど、いいかもしれないね」ショコラちゃんも、小学生並みに調子に乗ってる。

「でも、彼ってさ、女好きな割にヘタレって言うのか、度胸に欠けると思わない? 勢いよく走ってくるくせに、ハードルの手前で飛べずに立ち止まっちゃうみたいな」さすが母親だけあって、彼の性格をよく知ってる。

「こっちが手招きしてあげないと飛び越えないでしょ?」

 それに私も頷いた。彼の心のリミッターが外れるのは私のおしっこの匂いがあればこそのことだ。

「じゃあ、ショコラちゃんはあの子の方から誘ったらOK?」

「そうね、きらりんと付き合うよりかはマシかもね。でも、私、彼のおちんちん、おっきくなったときのって見たことないよなぁ」けーくんの方からショコラちゃんを誘うことなんてありえないと分かりきっているから涼しい顔で言ってのける。

 私はさっきショコラちゃんからもらった紙袋をリュックから引っ張り出して、中身の箱を開封した。

(あ、箱の中はこんな包みになってるんだ)そういえば、これと同じ包装のがけーくんのリュックのポケットに入ってたっけ。

【ちょっと、それどうすんの?】

 私はその包みをふたつ、ミシン目で切って、ショコラちゃんの胸にぽんと置いた。

「えーっ、なに?」彼女はそれを手に取って顔の前にかざした。

「けーくんが誘ってきたときなかったら困るでしょ?」私からのプレゼントだ。

「ご好意、感謝申し上げます」ショコラちゃんがそれを大事そうに胸の上でキュッと握りしめた。

「どういたしまして」私はぺこりとお辞儀をした。それで天井を向いて、上の階のリビングのソファーを目掛けて大声を出した。

「きらりきらきらおほしさまーっ! けーくん、今夜はショコラちゃんを誘うように!」

「こらっ、変なおまじないするな、バカ!」

 それで、私たちはおバカな小学生同士みたいな口げんかをすることになった。


「あーぁ、こんなに大笑いしたの久しぶり」

「ほんと、ショコラちゃんって楽しい」私とショコラちゃんはケンカしながらも結局いつの間にか抱き合っていた。

「これじゃあ、きらりんとコイビト同士確定かな?」

 ショコラちゃんは私を胸の上で抱いて、優しく撫でてくれた。いくらなんでもリビングで寝てる子とコイビト同士にはなれないだろう。

「うーん、でも私もやっぱり付いてる方がいいかな、おっきいのが」

「なによ、それ!」ショコラちゃんに背中をぴしゃんと叩かれて〝変態〟ってなじられた。

「でもさ、きらりんも、そのコンドーム使ってね。あの子とじゃなくても。誰か大事な人と。ないからできなかったとか、ないから付けなかったっていうのは、なしね」

「あ、うん」かなり積極的に使用を推奨してくれる。ならば頑張って使ってみようかと思う。

「私さ、小学生なんかがセックスするのって、気持ち悪いって思ってたんだよね。ずっと。そういう話を耳にしたら、子供のくせにって腹立ててた。親は何してたんだって」

 それは、普通の人の感覚ではそうなんだろうと思う。

「でも、あの子たち見てて思ったんだよね、仲良くてさ、ずっと一緒にいて、好きだって確かめあったらさ、お互い、もっとよく知りたいって思うよね。思って当たり前なんだよ。自分の体を意味がわかって触ったりする年頃だし、相手の体にも興味を持つだろうし、それに、子供は動き出したらブレーキなんか効かないし。それは悪いことなんかじゃない、当たり前のことなんだよ」

 確かに、そうだと思う。私だって、いつそうなるか分からないし、私の中に『世界さん』がいなければ、とっくにそうなっちゃってただろう。

「だからね、二人にコンドーム買ってあげとけばよかったなって。なんで買ってあげなかったんだろうってさ。安いもんなんだよ、そんなの。でも、子供じゃ買えないもんね。それがあれば文香ちゃんも少なくとも妊娠なんてしなかっただろうし、また違う状況が生まれてたかもしれないでしょう?」

 ショコラちゃんが私があげたひとつを手の中でじっと見つめる。

「コンドームってさ、付けるの手間が掛かるんだよ。さあやるぞって気持ちが盛り上がってる途中でね、ちょっと待ってねって感じで。だからさ、コンドームって、考える時間もくれるんだよ。ほんとにいいのかな、大丈夫かなって。お互いのことを思う切っ掛けもくれるんだよ。それが思いやりとかマナーになるの。だから、そのことも頭に入れて、きちんとそれを使って欲しいの」

 それで、これを私にくれたんだね。ただの変態お母さんじゃあなかったんだ。

「うん、ありがとう。大事に使うよ」

 私は残りの十個が入った箱を握りしめた。

「ねえ、きらりん、親になるってなんなんだろうね」

 ショコラちゃんのため息混じりの言葉はずっしりと重たかった。

「そういうの、哲学って言うんだよね」おっぱいをあげるだけの私にはまだまだ理解できないことだ。

「ただの愚痴よ」ショコラちゃんがふっと笑った。

「私でいいなら、いくらでも愚痴、言っていいよ」ショコラちゃんの力になりたいと心から思う。

「へぇぇ、きらりんにも人並みに優しいところがあるんだぁ」

 なるほど、ショコラちゃんの力になりたいと心から思えるように、頬っぺたを膨らましておまじないをつぶやいた。



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