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(十六)

   (十六)


「じゃあ、急いでこれに着替えてね。あなたは見てて手伝ってあげて」

 園長さんはそういって、テーブルの上に白い服を一枚置いて、不機嫌なまま部屋を出て行ってしまった。



 どんな事があっても起きなかった彼が、突然目を開けたのはスマホの着信だった。

 コドモのイエの園長さんがあんまり遅いからって怒りの電話を掛けてきたんだ。園長さんは声がでかいから、スマホの通話でも内容が漏れ聞こえてくる。多分、私がそばにいて聞いているなんて思っていないんだろう。

 かなり怒ってる様子で、怒鳴り声がガンガン響いてくる。

『ちょっと! あの子、どっかに引っ張りこんでイタズラとかしてるんじゃないでしょうね!』はい、図星です。

「してませんよ、そんなこと!」嘘です、してます。

『あんたがロリコンだって知ってんだから!』そうだったんですね。

「冗談はやめてください」犯行をやめてください。

『とにかく早く来るように!』すぐに逃げるように行きます。


 で、いまコドモのイエの二階にある応接室みたいな部屋にいる。



 私は園長さんの置いていった服を手にとって拡げてみた。

 真っ白なノースリーブのAラインワンピース。何の飾りもなく、頭からすっぽり被るだけのヤツだ。でもちょっと生地が薄いような気がする。これは洋服の裏地によく使われてるような布だ。サラサラしてて見た目はきれいだけど、持ち上げた手の形が透けて良く分かる。手相までは読めそうにないんだけど、園長さんが布代をけちったに違いない。

「これに着替えるの?」

 私は隣に座ってるけーくんに首を傾げた。

「そういうことだと思うけど……」

 彼も事情が良く飲み込めていないだろうから仕方ない。何しろ、ここに来てからもけーくんはただただ園長に怒鳴られてただけなんだから。

 でも、これに着替えるってことは、上から被るだけじゃダメだよね。

 ノースリーブのワンピースの下にエンジェルスリーブの派手な柄のTシャツとかジーパンとかがあったら変だ。

 ただ、いまの私からTシャツとジーパンを取り除いたら、パンツと靴下しか残らない。彼の近くで一旦ほとんど全裸に近い姿になる必要がある。部屋の中には衣料品売り場にある試着室みたいなカーテンの間仕切りはない。私は立ち上がって、Tシャツの裾を摘まんでぱたぱたと揺らした。

「さあて、着替えようかなぁぁぁ……」

 隣で興味津々見つめてるけーくんに、着替えるんだけど、アピールをした。

「ああ、じゃあ僕はあっち向いてるから」

 けーくんは立派な紳士の態度で素直に背中を向けてくれるけど、どうやら彼の頭の中には部屋から出て行くっていう選択肢はないらしい。普段なら、私の裸なんてどうってことないよと思うこともできるんだけど、さっき神社の裏であんなことがあったばかりだから、妙に意識してしまう。園長さんの『あんたはロリコン』発言だって頭に刻み込まれてしまってるんだから。

 絶対に、彼は私の着替えを覗きたがっている。すぐ近くにいれば、チャンスが訪れるかも知れないと考えてるはずだ。

 そもそも、これを着るのに彼になにか手伝ってもらわなきゃならないようなことがあるとは思えない。

 たとえば私が着替えてる途中でうっかりバランスを崩して転んだりしたら「大丈夫?」とか言いながら大喜びで抱き上げてくれるだろう。かといって、いまのところしおらしく背中を向けてるくれてるのに「外で待ってて」とお願いするのはいかにも「どうせ覗くんでしょ?」って彼を信用していないことがバレバレみたいでなんとなくイヤだ。もちろん信用なんか端からしてないんだけどね。念のため、けーくんが向いてる方向に私の姿が映り込んでる鏡とかガラスとかがないことを確認する。

 なにしろこういうときの男子は呆れるぐらい知恵が回るんだから。

 スマホも危険だけど、ヨシ! いまは手にしていない。

 私はワンピースを掴んでソファーの後ろに回り込むと、Tシャツの裾に手を掛けた。

 着替えてる間は、盗み見てないか、けーくんの背中を睨み続けなければならない。部屋の中はとても静かで、私がTシャツを脱ぐ音や、ジーパンのファスナーの音とか、慌ててパンツまで脱げそうになった音とか、全部けーくんの耳に届いてるはずだ。

 きっとそういう音声データから私の様子を想像して頭の中でVR映像に編集してるに違いない。

 ジーパンから脚を抜くときバランスを崩して転びそうになって「おっと」とかいっちゃったときは彼の背中がぴくって動いてマジで焦った。

 ワンピースを拡げて、頭から被ったら、ぱぱっと乱れを直して完了。

 そういえば、せっかく着替えたけど姿見がない。顔を下に向けたり、首や腰を捻って具合を確かめるしかない。これはシンプルすぎるぐらい飾りっ気が全くない。前と後ろが何とかわかるぐらいのデザインだ。

 袖ぐりと胸元はちょっと広めだけど、中が覗けるほどの隙間じゃなさそう。スカートの丈は膝上でちょっと短めが可愛いとはおもう。

 しかし、これは下着と言ってもおかしくないかもしれない。

 というか、これはほとんどシュミーズだ。

 いや、そう思い始めるともうシュミーズにしか見えなくなってきた。

 小さい頃はこういう肌着をよく着ていた。

「ああ、可愛いじゃない」

 ええっ!?

 いつの間にか彼がこっちを向いてる!? いくら時間がかかってるからって、許可なくこっち向くんじゃなあい! ていうか、いつからこっちを見てたんだ!?

「そう、かなぁ」でも、可愛いというキーワードにヘラついてしまう自分が悲しい。

 彼が立ち上がって私に近付いてくる。ちょっと手前で立ち止まると、私のつま先から頭のてっぺんまでゆっくりと視線を動かして、何かいいたそうに私の目を見たとき、部屋のドアが開いた。

「着替え、終わった?」

 園長さんが私の方を見て言うけど、部屋に入る時はノックぐらいして欲しい、なんて思うのはきっとこの人には無理なことなんだろう。

 私は園長さんによく見えるようにソファーの脇に立った。

「もう、何やってんの、ちゃんと見てあげてって言ったでしょう!」

 園長さんが私への感想じゃなくて、いきなり彼を叱りつけた。

 けーくんが「オレですか?」って顔をしている。

「この子の格好見てなんとも思わない?」

 園長さんが彼を問い詰めてる。私の格好がなんか変なのか?

「いや、まあ、ちょっと……」

 彼が言葉を濁す。

「これから写真を撮るのよ。大事な彼女のこんな格好を世界中の人に見られていいの?」

「それは、まずいけど」

 なんだ、なにがマズイ? それに世界中って? 写真って? 謎が多すぎる!

「だったら直してあげないと! で、どこが良くない?」

 どこか変なら園長さんが直してくれればいいのに、まるで意地悪な先生がテストの答え合わせをするときみたいだ。

「それは……、胸と下着が透けて見えてる……」

 私は慌てて下を見た。

 胸は首とか腋とかの隙間ばかり気にしてた。確かに布地が薄くてかすかに透けてるかもしれない。ていうことは、けーくんは黙って私の胸ポチや小花柄パンツを鑑賞してたんだ?

 一気に体温が上昇して身体中が真っ赤になった。顔が熱いし、ホントに腕とか見える範囲が鮮紅色に染まってる。

「これ、彼女に付けてあげて」

 園長さんが彼に何かを渡してる。

「それと、下着の花柄なんかが透けて見えるとかえってエロいからちゃんと脱がせてね。毛が生えてなきゃなんにもない方が目立たないんだから。あと、靴下も」彼にポンポンと指示を与える。

 そんな、あからさまに毛が生えてって……、確かにまだそうなんだけど!

「いい、パンツばっかり見てないで、ちゃんとあなたが彼女の面倒を見るのよ」

 命令口調で園長さんが彼に言ってから私に向き直った。

「大丈夫よ、きらりちゃん、イメージ通りでとぉっても可愛いわ」と私の頭を撫で付けながら優しく話しかけて「カメラの準備があるから」とウインクして出ていった。

 慌ただしい人だ。

「これ、どうする?」

 けーくんがさっき園長さんから受け取った小さなシート状の袋を差し出してきた。

「付けてあげようか?」

 その爽やかな雰囲気に、私は何気なく「うん」と頷いてから、その手の中身を見て驚いて引ったくった。

「自分でできるから!」思いっきり膨れっ面て睨んでやる。

 この男は本気でこれを付けるのを手伝おうと考えてるのか?

 てか、私が「付けて」ってお願いするとでも思ってるのか?

 これはおっぱいの先が目立たないように胸に貼るニプレスって絆創膏みたいなシールだ。これを彼に付けてもらってる姿を想像すると頭が痛くなりそうだ。

 おいこら、微妙に残念そうな顔をするんじゃない!

 園長さんの指示通りに身支度を整えた私は慎重かつ足早に階段を下りなければならなかった。何しろいま私が身に着けているのはニプレスとミニのワンピースだけなんだ。

 これは不安だ。

 スカートを穿かないパンツ姿とパンツを穿いていないミニスカートなら、パンツだけのほうがもちろん見た目は恥ずかしい。でも、パンツなしミニの方がはるかに不安なんだ。

 パンツだけの防御力は7だけど、バンツなしミニだと防御力マイナスだ。素早さも攻撃力も四分の一になる。ゲームじゃ絶対やっちゃダメな装備だ。

 階段は私が先に降りようと思ったけど、下から誰かが見上げてきたら嫌なので彼に先に行かせた。彼の体が盾の代わりだ。

 それなのに彼は足早にパタパタと駆け下りてしまう。

「ねえ、ちょっと待ってよ!」

 あれは絶対先に降りて下から見上げようという魂胆に違いない。

 何しろけーくんだ。

 私の知ってた真面目で爽やかで頭が良くてカッコよくてイケメンの男の子じゃなくて、本性はエロガキかスケベオヤジなんだ。

 私も急いで階段を降りようとするんだけど、スピードを上げると裾が広がってヤバすぎる。片手でスカートの前を押さえて片手でバランスをとって彼の背中を追いかけた。

 下に降りきった彼は素早く階段を振り返ったけど、私はもう下から4段目まで来ていて、スカートの心配はなんにもない。

 彼の目の高さにはちょうど私の胸があったけど、おっぱいシールの効果はばっちりでけーくんはさぞガッカリしただろう。


 この前来たときに子供たちが遊んでいた部屋に色んな機材が運び込まれて撮影スタジオになっていた。中で作業を見守っていた園長さんが私を見つけて近寄ってきた。

「すごい、可愛い。ううん、とっても綺麗よ、天使か、女神様みたい」

 園長さんは褒めまくって、「ほら」と中にあった姿見の方に連れて行った。

 鏡に映った私は姿や顔は私なんだけど、どこか違っていて、下着みたいな服がドレスのように輝いて見えた。

「ね、彼が赤い顔して見とれちゃうはずよね」

 鏡に映る私を覗き込む彼の顔は、確かにうっとりとした危ない表情だった。きっと下着を付けてないことを知っているからだろう。



 撮影は園長さんがカメラマンで、この間子供の相手をしていたみさとちゃんという大学生のお姉さんがアシスタント、けーくんが雑用係だった。プロのスタッフを雇うとお金がもったいないかららしい。

 園長さんは昔、子供向けのレンタル衣装のスタジオでバイトしてたことがあるから大丈夫って言ってるけど、多分カメラマンのバイトじゃない。

 私はスタジオセットの中で、園長さん(カメラマン)の指示通り、モデルになった気分で立ったり座ったり寝転んだり飛んだり跳ねたり歩いたり走ったり、いろんなポーズでいろんな表情をして、何百枚も写真を撮られた気がする。


 写した画像をパソコンで園長さんが確認して、満面の笑顔でオーケーを出してくれた。

 見せてくれた画像は、まるで私じゃないみたいに可愛くキレイでキラキラ輝いていた。

「きょう撮った写真、何枚かあげましょうか?」

 私に言ったのに、けーくんがカクカク頷いてる。ちょっと照れ臭いけど奇跡の一枚って感じで撮れてるのもあるから彼にも持ってて欲しい。

「きらりちゃん、彼にも写真あげてもいい?」

 私はもちろん頷いた。

 園長さんがいたずらっぽくニヤリと微笑んだ。



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