(十五)
(十五)
だめっ! それはだめだっ!
慌てて太陽の輝きから目を逸らし、瞼をギュッと閉じて、身体中に力を入れて、特にお尻に力を込めた。
ここでまたお漏らしをすれば、きっと彼も私も正気に戻って、優しいけーくんに可愛い下着を洗ってもらえるだろう。でも、それはしたくない。もう彼の前でお漏らしは恥ずかしすぎる。
溢れだしそうな内部の圧力で、私の体温は一瞬で太陽コロナのプラズマになって百万℃の高温になる。
ネブライザーみたいに私の体に溜まった成分が蒸気になって一気に全身の毛穴から噴き出して、私を空っぽにしていく。
だめだ……。
もう、私と彼との淡い関係は終わる。
彼はきっと止めない。
私はたぶん止められない。
彼は私の首筋に蜜を求めるカブトムシみたいに吸い付いて、体いっぱいに私の蒸気を吸い込んでいる。
彼の右手が二の腕からゆっくりと滑り降り始めた。
………………えへへ、そうだよ、今日はジーパンだからね、防御力が高いんだ。
ひらひらスカートの防御力が15でジャージのズボンが30ならジーパンの防御力はなんと95。
これは伝説の鎧なみだよ。
けーくんの剣を持ってしても、容易に貫くことは出来ないでしょ?
あーぁ、でも、もういっそのことスカートにしとけば面倒がなくてよかったのかもしれないね。
小さじ一杯分下着が湿ってるのはちょっと恥ずかしいけど、もうどうということはないよ。
どうせ騒いで嫌われる度胸なんてないんだもん。
それができるならとっくに「やめて!」って叫んでるよね。
こんな男を好きになった私が馬鹿だったんだ。
大人っぽい彼氏ができたって、浮かれてたんだよね。
小学校の集団登校で優しかったお兄ちゃん、そんな彼に憧れていたちびっ子の私だった。私の頭の中では彼はずっとバレンタインチョコをあげた小学生の彼のまんまで、私も知識だけは五年生になったのに心も体も二年生のまんまだった。けーくんの誠実な言葉を信じて、おとぎ話の世界を夢みてた。
私の憧れる〝お嫁さん〟は台所にいるのに彼の求める〝お嫁さん〟はベッドの上にいた。
けーくんってリアルな男の子だったんだよね。
ちょっと甘く見ていたなぁ。
彼は女の子のすべてを知っていた。はるかに大人の存在だった。
でも、それでも嫌われたくないんだ。
けーくんが本当に好きだから……。
もう、いいから、好きにしていいからね…………。
彼の手が私の体を滑るようにして両脚の付け根に辿り着いた。
指先がそっと下半身に触れる。
触れる……。
………………。
ちょっ、ちょっと、ちょっと……。
「ちょっと待って!」
やっぱり、ちょっと待って!!
まだだめ!
まだいやだ!
違う!
お願い、まだやなの!
けーくんのこと、嫌いじゃないの!
でも、やだっ!
私はぎゅっと両膝を閉じて、体を固くした。
ひゃっ、なに? 冷たいっ!
彼の頭が乗ってる左肩に冷たいものが流れた。
びっくりして首を横に拗じる。
えっ? うそ?
私の肩ですやすやと寝息を立てている彼の顔があった。
……なんなの!?
この状況で寝るか、普通。
私はホッとしたような、肩透かしをくらったようなモヤモヤした気持ちでため息をついた。
あれ? この冷たいのって……。
えーっ、ヨダレ!?
緩みきった口元からダラダラ流れ出して私のTシャツと胸元をずぶ濡れにしている体液のひとしずくを指で掬って舐めてみたけど、甘酢っばくも、ほろ苦くもなくて、リアルにただのヨダレだった。ちょっと頑張って彼の口元の方に舌を伸ばしてみたけど、そこまで届かなくて結局、頬っぺたしか舐めることは出来なかった。
背もたれのないベンチで居眠りするのは危険だ。私は熟睡して起きる気配のない彼が後ろにひっくり返らないように体で支え続けなければならなかった。
Tシャツの胸のところまでけーくんのおつゆでびちゃびちゃにされて、私はデート用のお気に入りのハンカチを彼の口に突っ込む羽目になった。
全く、好きという気持ちは、人間に馬鹿げたことをさせてしまうものだと思う。
これがけーくん以外の人間なら絶対殺意が芽生えてるだろう。
反対に芽生えてくるのは彼のために耐えることへの喜びだ。
自他ともに認める甘えん坊の私にこんな感情があったなんて信じられない。きっと母性とかいうやつだ。私も一人前に女なんだと感心する。
さっきはあんなことされそうになったと言うのに、馬鹿な子ほど可愛いってことなのかな?
いまなら彼のオムツだって喜んで替えてあげられる。この人〝おしりふき〟で拭いてあげたら絶対に喜ぶタイプだと思う。
もう、そんな馬鹿げたことを繰り返し繰り返し考えながら、どれほどこの姿勢でいるだろうか。
とてつもなく暇だ。
さっきの仕返しにと、色んなところを触ったり突っついたり握ったり擦ったり撫でたりしてみたけど、わずかにぴくりと反応するだけで目を開けることはない。
しかも、右に傾いていた私の体は時間とともに傾斜を増してきて、いまや右手を突いて自分の体も支えなければならなくなっている。
もう、私はただのつっかい棒だ。
この右手に私と彼の体重が乗っかってる。背中に感じる彼の体温がやけに温かく感じる。汗ばんでいるのは私の背中なのか、それとも彼の胸なのだろうか。
あー、腕がプルプルしてる。もうだめだ、もう折れそう。
「けーくん、けーくん」
さっきから何度呼びかけても微動だにしない。危険を承知で背中を揺らしてみたけど、腕への負担が増しただけだ。
あー、限界……。
「ねえ、いま起きてくれたらさっきの続き、させてあげてもいいんだよお」
ぴくり。
「あー、って! うそうそ、大人になるまで待ってて! って、もお、マジ、起きてるんだったらいい加減にしてよ!」
やっぱり寝てるし……。
くっそお!