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(百三十六)

   (百三十六)


 野田さんとあみまみの三人はリビングにいて、激しい揺れに床に身を伏せたまま、なす術がなかった。

 揺れがおさまっても停電のためテレビは点かず、スマホも通信障害で役に立たなかった。

「地震、だよね?」

 まみちゃんが冷蔵庫を開けて中を覗いてる。

リビングの床より上の位置にあったものは、すべて一番安定した位置に移動している。

「なんか、揺れ方変な感じだったよね」

「爆発したみたいな音が凄かったよね」

 あみちゃんが窓のカーテンを開けて外の様子を眺めた。

「あっ!」

 窓の向こう、距離感が分からない。巨大な灰色の積乱雲が目の前に立ち上がっていた。

 その不吉な雲から地上のすべてを焼き尽くさんばかりの恐ろしい熱波が送られている。

「きるこ、大丈夫かな……」

 窓に張り付くようにガラスに両手を当てて遠くを見て、あみちゃんが私の名を一番に挙げて気遣ってくれた。

「心配してくれて、ありがとう」

 あみちゃんが驚いて振り返り、リビングのソファーに横たわった私を見つけた。

 彼女の悲鳴は先程の衝撃波に負けないぐらい、イエ中を震わせた。





 野田さんが救急に電話をしている。

 そんな必要ないんだけど、どうせ電話は繋がらないからそのままにさせておこう。

 大丈夫だと何度言っても、聞き入れてもらえないから放っておくしかない。

 その点、あみちゃんもまみちゃんも私が死なないと分かっているから扱いがぞんざいだ。

 いま、かろうじて生命維持はできている。皮膚の再生も追加の破壊要因がなければ順調に進む。見た目が不気味なだけだと思うが、鏡でもない限り自分の姿を見てしまう心配はない。

 顔の前に手をかざしてウンザリした。灰になりかけた真っ白な骨格に焼け焦げた肉片がこびりついてる薄汚い私の手。

 道理で上手く喋れないと思った。きっと顔面も似たような感じなんだろう。



 あみちゃんが一階の資材置き場にある非常用小型発電機を運んできて、テレビのNHKのニュースを点けた。あみちゃんは少し冷静すぎる。もうちょっとあたふたした方が小学生としては可愛げがあってモテると思う。

 野田さんが緊急通報システムを諦めスマホを握ったままテレビの方に顔を向ける。なんとか地上波は届いているようだ。

 テレビはすべてのチャンネルが災害時の特番になっていた。

『…………です。先程、午後二時三十分頃、群馬県伊勢市付近に隕石と思われる物体が落下した模様です。現地からの連絡が途絶え、被害の様子は全く掴めていません。こちらの、東京のスタジオでも激しい揺れを感じました。映像はスカイツリーに設置された定点カメラによる伊勢崎方面の様子です。爆発によると思われる巨大な積乱雲が見えます。周囲に雷でしょうか、チカチカという光も見て取れます。いま、画面には各地の震度マップが表示されていますが、地震ではありません。隕石の落下による衝撃によるものと思われます。中心地の推定震度は六強。なお、この揺れによる津波の心配はありません。新しい情報が入りましたら、お伝えいたします。繰り返します。緊急災害情報です。……』


 そうか、隕石の落下だと言うことにしたんだ。

 さすがに同盟国からの核兵器による攻撃だなんて発表できないだろうから。

 投下された兵器の威力そのままなら、恐らく東京まで壊滅的な被害を受けていただろう。それが、最期の〝力〟の効果だったのか、被害の範囲は局地的な範囲に抑えられている。その分、爆発のエネルギーが地震のエネルギーに変換されてしまったようだ。被害範囲が小さいとは言っても、伊勢崎を中心にして前橋、高崎、藤岡、本庄、深谷、太田、みどりなど周辺都市数十万の人間が一瞬で消滅してしまった。


「あちこちで火事になってるみたい」

 屋上に周りの様子を見に行ってたまみちゃんがリビングに戻ってきた。

 あの積乱雲の方向に、いくつも黒い煙が上がっているのが見えるらしい。

 野田さんも家が心配だから一旦帰ると言って出ていった。




「きるこ、ごめんね。せっかく帰ってきてくれたけど、今夜はハンバーグ作れそうにないよ」

 わたしの姿を見慣れたあみちゃんがそんな言葉で私のひとまずの生還を祝ってくれる。

「いいよ、気にしないで。どうせいま胃袋ないし」

 あみちゃんが掛けてくれた毛布のおかげで、体の様子はよく分からない。

「それより、私のスマホ、その辺にない?」

「あ、ちょっと待ってね」

 ふたりが屈んだりソファーの下を覗き込んだりして、周りを探し始めた。

「あ、あったあった」

 すぐに見つかったようだ。まみちゃんが起き上がって私に向かってスマホを振って見せた。

「これも落ちてたよ」

 あみちゃんが私の私物を両手に乗せて見せる。

 スマホを受け取って、他のものは体に掛けた毛布の上に置いてもらった。

 相変わらず、アンテナもWiFiも通信障害で立っていない。

 タイムリミットまでは、もうあまり時間がない。これが潮時か、いいタイミングだろう。

 スマホを頭の横に置いて、お腹の上に乗っている、ふたつのアイテムを手で触れて確かめた。

「ねえ、あみちゃんとまみちゃんに頼みがあるんだけど」

 ふたりがソファーの脇で私を覗き込む。

「なに?」

 あみちゃんが私の手を取って胸に抱く姿が、病院で友達を看取ってるドラマのようで、変な気分になる。

「分かった! きのこ、あみことエッチいことしたいんでしょ!」

 まみちゃんは私の言葉と場の雰囲気の重さに耐えられずに冗談を飛ばす。

 私は開いた手で毛布の裾を捲って見せた。

「これじゃあなんにもできないでしょ?」

「あーぁ、まんこがないねぇ」

 できあがるまで、あと一時間はトイレにも行けない。

 まみちゃんはそこが興味深いのかもしれないけど、ぶくぶくと白く泡立つ再生部を指で突っつくのはやめて欲しい。あとで部品が足りなくなったら困る。

 あみちゃんがみかねてまた毛布を掛け直してくれた。

 まみちゃんは残念そうに指に付いた白い泡をちゅちゅっと舐めている。あの泡をなんだと思ってるんだろう。この子は絶対、鼻をほじった後でも指を舐めるタイプの子だ。

 あみちゃんが私をじっと見つめ直した。

 えっと……、何の話だったっけ?





 しばらくして野田さんが戻ってきた。

 野田さんの家は、隕石の衝撃波で窓ガラスが割れて、家の中も地震でぐちゃぐちゃになってたらしい。

 とりあえず、割れたガラスを片付けて、窓にシートを貼ってきたのだそうだ。同居している義親は不在で連絡の取りようがない。

 この近所で窓も割れず瓦も落ちてない、全く無傷なのはこのイエだけのようだった。

 もう少し、核爆発の衝撃を吸収しておけば良かったんだろうけど、あの時点ではこれが精一杯だった。


 少し前から、頭がぼんやりとしてきた。

 精神が肉体を得るのはこれほど負荷が掛かるものなんだ。

 できあがった細胞にひとつひとつ私の情報を注ぎ込んでいく作業は気が遠くなりそうだ。

 そばではそんな私の〝乙女〟ができあがっていく様子をまみちゃんが熱心に観察している。

 私はほっと息を吐いてまぶたを閉じた。





 世界が終わる。

 凄まじい太陽の光が頭の上で輝き、街を焼き尽くす。

 襲いかかる閃光、放射線、熱波、衝撃波、破砕物。

 巨大な積乱雲が天空を貫いて立ち上がる。

 あぁ、あの雲はまるで……。

「きのこ」

 そう、きのこ雲だ。

 教科書や映像でしか見たことのない、すべての生命に死をもたらす悪魔の象徴。

「きのこ」

 きのこ雲……。

「ほら、きのこ、きのこ!」

「うわぁぁっ!」

 激しい揺れと恐怖にはっと目を開いた。

「きのこ、起きた?」

 あっ、ああ、私だ、きのこ……、私のことだった。

「あ、ごめん」

 まみちゃんが私を揺り起こしていた。いまのは? 夢を見ていたのか。

 スマホの画面では十七時までまだ六分あった。セットしておいたアラームもまだ鳴ってはいない。

「きのこ、大丈夫?」

 私の呼び名がややこしい。できるならきらりと呼んで欲しい。

「ちょっと寝てただけだよ……、なにかあった?」

「きのこのまんこ、ちゃんと復活したよ」

 まみちゃんが嬉しそうに毛布を捲ってそこに視線を送ってる。

「あぁ、そう……、ありがとう」

 あれからずっと観察してたんだろうか。なにか、とてつもない疲れを感じた。

「すごいよ、きのこのまんこ、ぴかぴかの新品だよ」

 確かに私は使ったことはないけど、そこに対して新品という表現はふさわしいんだろうか?

「そう、大事に使うよ」

 あみちゃんに言って、服を調達してもらおう。どこかに白服の替えがあったはずだ。

 まみちゃんに乙女の素肌の観察記録で写真なんかを取られないようにしなくては。

「あみちゃんは?」

「ああ、あみこ? ちゅーぼーにいるよ、泣きながらハンバーク作ってる」

「そっか……」


 アラームが鳴った。

 時間だ。



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