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(百三十五)

   (百三十五)


 マンションの中の造りは驚くほど私の家だった場所に似ている。ひょっとしたら同じデベロッパーなのかもしれない。

 だとしたら、廊下の脇でドアが閉まっているこの部屋が、子供部屋だろう。中にいるのが〝子供〟らしい行いをしてるとは限らないけど。

 とりあえず、ドアをノックした。

「高森くん、いる?」

 返事がない。

 ドアノブをがちゃがちゃ回してみようかと思ったけど、もし開いたら気まずいのでやめておいた。

「…………」

 中でひそひそと人の話す気配を感じる。

 もう一度ノックしてみた。

「高森くん、開けていい?」

「あっ、ちょっと待って」

 間違いなく、高森くんの声だった。と、同時にドアノブの近くで「かちゃ」っという機械音が鳴った。

 いまさらながらドアに鍵を掛けたようだが、鍵など関係なく開け閉めできる私にとっては怪しさを倍増させる以外の効果はない。

 もちろん、私は部屋の中でだれが何をしているか、容易に知ることができるのだけど、精神的に知りたくないという抑制が働いているのか、さっきから覚知できないでいる。

 少しは私の中に〝乙女の成分〟が残っているということなんだろう。

 試しにドアノブを回してみたら、ちゃちなロックが掛かっていた。

 何度かがちゃがちゃと回して「開かない」ってからかってみる。

「高森くん、開けて!」

「……」

「何やってるの!」

 ドアをどんどんと拳で叩く。

「分かってるんだから、開けなさいよ!」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 高森くんも焦ってるようなので、少しペースを変えることにしよう。

 浮気現場に踏み込んだサレ女の気分は味わえた。

 浮気相手の女が気配を消しているのが気に入らないが、ひとまず聞いておこう。

「まさかとは思うけど、裸?」

「あ、……いや、……」

「なに…………よ」

 ツレとなにかを言い合ってるようだ。

「じゃあ、高森くんにクイズをひとつ。いま高森くんが身につけてるモノの素材はなぁに?」

「えっ、これは……、イソプレン、ラバー?……」

 彼らしい。初めてということでちょっといいものを奮発して買ったのかもしれないけど、正直というよりその答えはバカだ。

「済んだの?」

「いや、まだ、これから……」

「なに言ってんのよ、バカ!」

 女が小声で叱ってるようだ。

 呆れたアホ男だが、まあそれぐらいの方がかわいくていい、それならセーフだ。のんびり電車なんかで来なくてよかった。

「さあ、高森くん、帰るよ」

「あっ、でも……」

 相手に気を使っているのか、それとも……。

「したかった? その続き」

「いや、そういうんじゃなくて……」

 そりゃあ、せっかくの高級品を一個無駄にしたくはないだろうけど。

「ほら、ここで待ってるからさっさと服着なさい。()()は外して」

「ちょっと、あなた誰!? 家の中に勝手に入ってきて、警察呼ぶわよ」

 まともに聞いた相手の声は、あめっちから得ていた情報と同じ印象だ。いじめられっ子が精一杯虚勢を張っているような声なのに、不思議な威圧感がある。

「警察が来たら、あなたのご両親も娘が部屋の中でお友達とイソプレンラバーを使ってどんなお勉強をしてたか知ることになるでしょうね」

 私らしい皮肉たっぷりのネチネチした嫌味だ。

「私が友達と私の部屋で何をしようがあなたには関係ないでしょう」

「とんだ〝トモダチ〟関係ね! 高森くんは返してもらいます」

「終わったら返してあげるわ」

「終わったらって!?」

 返品は未使用に限るのが常識だ。

「そうはさせない。高森くん、帰るよ!」

 仕方ない、ドアを開けて踏み込むのみ。ドアノブを一気に回した。

「こんなドアの鍵なんか! えっ、開かない」

「無駄よ、ドアは鍵が掛かってるんだから」

 がちゃがちゃとドアノブを何度も回し押した。

「終わるまでそこで私たちの声を聞きいてセルフでも楽しみながら待ってなさい」

「くそっ、なんで、開かない!?」

「ほらぁ、啓示くん……」

 女が甘えた声になる。

「あ……、うん…………」

 高森くんの生あたたかな湿った返事。

「こらっ、高森くん、文■ちゃんが待ってるよ!」

 えっ、■■ちゃん!? あっ、■■■が発音できない!

 このままじゃまずい、ドアが開かない、呼び掛けもできない。

「■■■ん! ■■ち■■■す■■の!」

 あめっちの見た伊勢崎の醜女(しこめ)がここまで強力だったなんて! 欧華相手に〝力〟を使いすぎてたせいか、急速に私の光が失われて暗黒に沈んでいく。

「ふふ、廊下が騒々しいわねえ。ねぇ啓示くん、あの賑やかな子に私たちのことたくさん教えてあげましょう」

 女が歌うように余裕を見せる。

「啓示くん、ほら、キス……ん、んん……」

「やめ■さい!」

「手は? もぉ、胸じゃなくて、こっち……、そう……あぁぁ、そう……」

「た■■■く■! ■み■ち■■にあ■た■■■の!」

 なんで、なんでだ? ドアを、言葉を!

「啓示くんのは? ああすごい……、もうこれ、ジャマだから取っちゃおう」

「あ? いいの、付けてなくて?」

「うん、ない方がいいでしょ?」

 この女はなにバカなこと言ってんだ!

「■めて! た■■■■■!」

 私はドアを叩き続けた。

「ね、来て、啓示くん…………、ふっ……、あ……ん……うぅっ……」

 もう、こうなったら!

「きらりきらきらおほ■さ■っ!」

 あぁっ、ダメだっ!

 ドアノブを引き千切るほど力を掛けてもビクともしない。

「あぁ、惨めな、んん……おまじないね……、はぁっ……啓示……」

「き■■き■き■■■■■■、■らり■ら■らお■■さま!」

「啓示……、さあ、もっと……、もっと」

 ちくしょう!


 私は天を仰いだ。

 もう、スマホのGPSに頼るしかないのか。


 まだか?


 廊下にまで、ふたりの淫靡な粘り着く湿った音が漏れ聞こえてくる。


 お願い、高森くん、持って、あと少し我慢して!





 あっ! 上! 来た!




 その瞬間、わたしの頭上に太陽が現れた。

 それは地上に起きた最悪の輝きだった。






――――『いい加減にしなさい』

「あぁ、あなたが『世界さん』ね?」

――――『あなたのお遊びもここまでよ』

「穴は栓をしていたはずだけど?」

――――『私は〝なんでもできる〟存在。あんな栓など簡単に外せる。浅はかな人間の足掻きを楽しんでいただけだ。これは返そう』

 私の手の中に〝⑨〟の球がころんと入ってきた。

「そう、穴が開いたんだ。もうこれで終わるんだね」

――――『いま、ようやく光を感じたところね。これから五十四ナノ秒遅れて熱波が来る。それで終わる。衝撃波が到達する頃にはもうおまえは蒸散して消滅している』

「部屋の中の二人も消えるのね」

――――『二人は消えない。ここから先はあの二人の幸せな世界になる。お楽しみも彼が果てるまで続けられるだろう。命は次の世代に受け継がれる。消えるのはお前だけだ』

「私だけ?」

――――『いや……、そうだね、違うね。消えるのは一千万の人間かな? この愚かな人類が生み出した最高傑作で、あの二人だけがこの地に生き残る』

「私は死ぬの?」

――――『そうだ、死ぬ。おまえは既に消耗し切っている。現におまえはこの爆発で初達の放射線を全く防御できていなかったではないか。いまの〝力〟では、この〝小さな太陽の力〟には勝てない』

 UNAが日本の主権を無視して百メガトン級の熱核融合弾を使った。それも欧華と協議してだ。

 人類最大の脅威を排除するために、標的をスマホのGPSで追って、彼らは見事に仕事を成功させた。

 私はそれを利用して、最悪の形でもこのふたりの交わりを阻止しようとした。

 群馬の名前が世界の歴史に刻まれ、そして地図から消える。

「私が死んだらあなたの存在も危ういよ」

――――『私が同化したのは秋本輝星だ。秋本輝流はバニシングの残留思念に過ぎない。あの夏休み最後の日に、高森啓示に傷付けられた秋本輝星は列車に飛び込み自らの命を絶った。おまえは輝星が最後の〝力〟で生み出した偽の記憶を埋め込まれた幻影に過ぎない。おまえはオマケだ。おまえが消えれば私は自由に動ける。遊び疲れたらまた次の生命体を探す』

 バニシングツイン……、そういうことか。きっと私の親は、そういう意識で私を見ていたのだろう。

「ねえ、私が熱波に消える前に教えて。白井文香が私の〝力〟で目覚めなかったわけを」

 物語の核心がそこにあるように思う。

――――『知ってどうなる? あと三十六ナノ秒後にはもう死ぬのだから』

「なら私から言う。私の〝力〟で白井文香が目覚めないのは、あのバーベキューの日に白井文香を殺そうとしたのが私より強い力を持った者だったからだ。そしてそれは、『世界さん』あなただ」

――――『時を速める。もう消えなさい』


 不意に空気が流れるのを感じた。



 あみこのハンバーグ、食べたかったな……。

 熱々の…………。



 あっ、熱い……。



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