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(百三十二)

   (百三十二)


 外の騒々しさが窓を締切っていても飛び込んでくる。

 欧華側から何らかの働きかけがあって内閣情報調査室(ないちょう)のスーツが警察のバッジをチラつかせてのこのこやって来たようだ。

 日本はUNAべったりで欧華との繋がりは薄いと思っていたけど、意外と軽く言いなりになって動くんだということを知った。いい勉強になる。

 ぜひ()にも勉強させてあげよう。


 スマホを取り上げてナンバーを叩く。面倒なので発信者も私の番号そのままでいい。

『はい、もしもし』

 散々呼び出してようやく出た。知らない番号ということで警戒したんだろうか。

「忙しそうですね。総理」

『……あなたは?』

「橘きらりです。先程そちらのお庭に届けた()()()()()はお気に召しましたでしょうか?」

『……』

 やれやれ、無言か。首相官邸にいるのはわかっているんだ。

「お届けしたのは欧華に降り注いだ隕石と同じものです。決してテロやミサイル攻撃ではありませんのですがご安心ください。宇宙空間から秒速三十五キロ、およそマッハ百でほぼ垂直に侵入してくる直径十センチの鉄の塊を防ぐことは人類には不可能です」

『……』

 本当に無視なのか、それともフリーズしてるのか。

「総理、黙っているのはとても賢明なことです。いいですか、欧華と同じ目にあいたくなければ、このままずっと大人しくしていなさい」


 電話を切って悲しくなった。日本の首相ともあろう人間が、器が小さすぎる。

 まあ、でもこれだけ小さければこの警告でもう動かないだろう。犠牲者が少なくていい。

 欧華に落ちた二万個の隕鉄の被害を少しでも耳にしているなら、日本への脅しはたった一発で十分だ。




 私は乙女部屋のマットに寝転がった。少しでも、体を休めた方がいいだろう。

 あめっちから〝力〟を使うなといわれていたけれど、とうとう始まってしまった。

 ようやく胸も膨らみかけてきたというのに、また体の幼児化が進んでしまうのだろうか。



 『世界さん』から〝力〟をもらってお漏らしをしていた頃はただパンツを洗っていれば良かったけれど、きらりがおまたいじりで脳内麻薬による多幸感から〝力〟を得る方法を見つけてからは、私の身体はみるみる開発されていった。

 目的のために『世界さん』の〝穴〟を封印してからは、高森啓示との交歓で〝力〟を貯えてきたけれど、『世界さん』があみこを使って干渉してきたせいで、私は自分をリセットした。しかし、復活には膨大な〝力〟が必要だった。それで、私は自分自身を〝力〟に変換して幼児化が起こったのだった。

 ずっとそばにいる人は、わずかずつの変化に気付かないかもしれないけれど、離れた時期の私を見比べれば一目瞭然だろう。

 もし、親戚のおばさんが半年ぶりに私を見ても「あらぁ、きらるちゃん大きくなったわねぇ」なんて絶対に言わない。きっと「えっ(妹っていたっけ?)…………」になるだろう。

 今回、みさとちゃんを助けるのに禁じられた〝力〟を使っている。きっと、5%は退行するに違いない。

 当初、1%も使わないつもりだったのが、あみこのご機嫌を取るために死者0を宣言したせいで、大変な苦労を強いられている。

 隕石の直撃、建物の崩壊、熱波、火災、関連する事故ですでに数万人は死亡しているはずなのだ。

 だいたい、なんで私はあみこの訴えなんかをほいほい聞いてしまったんだ?

 あらゆるものを犠牲にしてでもやり抜く気持ちだったのに、あのとき、あみこに嫌われたくなかった。

 私って、レズっ気があるんだろうか? いやいや、私はすこぶる男好きだ。断然、付いてる方がいい。ケージくんがいい。

 私はもやもやしながら、おまたに手を伸ばした。

 自分で触れる経験はほとんどないけど、ケージくんを思ってみるのも悪くないかもしれない。少しでも〝力〟の足しになれば、私の幼児化を遅らせることができるんじゃないかというセルフプレジャーの理由付けにもなる。

 目を閉じて、ケージくんとの交わりを思い出した。

 ケージくん……。

 あれ? あみこが私を見詰めている。

 どんどん私を追い抜いて、お姉ちゃんになっていくあみこ。

 あっ、そうだ、さっきの婦警さんは、どことなくあみこに似ていたのだ。だからお姉さんを助けたくなったのか。

 あみこに笑って欲しい。この気持ちはなんなんだろう。

 指先を動かしても沈めても、もはやあみこしか頭に浮かばなくなってしまって、とりあえず今日はあみこの日にしてしまおう。

「あみこ……」あみこの幻影に語りかける。

「無理してない?」

「してる。すごい、してる」

「そう……。あれは、きるこしかできないんだね」

 私はあみこの胸で頷いた。あみこに甘えたい。誰でもいいから甘えたいのかもしれないけど、甘えるならあみこがいい。

「ねえ、あみこ」

「なに?」

「いじって」

「だめ」

「あみこの、いじっていい?」

「だめ」

「胸は?」

「だめ」

「キスは?」

「だめ」

「キスだよ、ちょっとチュッてするだけ」

「だめ」

「頬っぺたは?」

「だめ」

「じゃあ、ハグは?」

「うーん……、ならいいよ」

「あったかぁい」

「あったかいね」

「ねえ、あみこ」

「なぁに?」

「音がエッチだね」

「もぉ、ずっといじってるからだよ」

「ねえ」

「なぁに?」

「いじって」

「だめだよ」

「じゃあ、ハグして」

「ずっとしてるよ」

「もっとぎゅっと!」

「こう?」

「もっともっと」

「背骨が折れちゃうよ」

「ねぇ、折って、私をバラバラにして」

「こ……うっ……?」

「あっ……、あ、みこっ……」

「きっ……るっ……こっ……」

「く……、く……苦し……ぃ……」

「あっ……」

「あぁ……、はぁっ、はぁっ……、死ぬかと思った……」

「死んじゃだめだよ」

「……私は、もうすぐ死ぬよ……」

「……? 死ぬの?」

「……ううん、いなくなるだけ……」

「きるこ?」

「いなくなるだけだよ……」

「きるこ、きるこ、きるこ……」




「きるこ!」

 目を開くと、あみこの顔があった。

「えっ、なんで?」

 なんであみこがここにいるんだ?

「きるこ、ほら、電話!」

 私とあみこの顔の間にスマホの画面が差し込まれた。

 ああ、寝てたか。

 頬に垂れたよだれを手の甲で拭ってあみこからスマホを受け取った。

画面の時計は九時十八分。見た事のないナンバーは欧華主席の秘書室からだ。

「はい、橘です」

 寝ぼけないように明るく答えた。

『欧華のショウです。そちらの要求を受け入れよう』

 まったくもって、溜息しかでない。

「あなたの国にはまともな時計はないのですか?」

『こんな短時間では常務委員会を開く余裕もない。党の執行役員の承認を得るだけでも大変なことなんだ』

「それで、九時を過ぎたらどうなるか、様子を見たのですね。本当に天が落ちてくるのかどうか」

『常務委員会の仮での承認までは得られた』

 わたしの疑問の回答になってない。九時から十万個余りの隕石を死者の出ないように注意しながら軍事施設や市街地の要所にピンポイントで落とす苦労を分からないのか?

「期限は過ぎました。課題は十項目になります」

『これ以上の要求は無理だ!』

「全国人代を開くとしたらどれぐらいの時間が掛かりますか?」

『一週間、少なくとも五日は必要だ』

 その間になんとかなるとでも思っているのだろうか。

「欧華は広いですからね」

『交渉をさせてくれ』

「いま、欧華全国の代表三千人を議事堂に集めました。すぐにでも人代を始められます。急だったので、もし会議に不適切な服装の者がいても大目に見てやることですね」

『どういうことだ?』

「好きにしていいです。決めるのはあなたたちですから。明日の午後五時まで待ちましょう。二十時間程あります。追加を含めた十の課題はそこにあります」



 電話を切って息をついた。かなり〝力〟を使った。三千人を選んで同時に転送するのはすこぶる面倒臭い。

「きるこ、欧華語話せるんだ」

 隣で聞いていたあみこが「すごい」と驚いている。

 そうか、あんまり意識してなかったけど、主席とは欧華の言葉で話をしていた。

「私、全ての生き物とコミュニケーションを取れるから」

 あみこがぽかんとした顔で私に返す言葉を探っているようだ。

「ねえ、あみこって、いつからここにいたの?」

 私は夢の中のあみことの交歓を思い出していた。



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