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(十)

   (十)


 きょうは本当にいろいろありすぎた一日だった。

 家に帰ってもドキドキドキドキし続けて、お母さんに、「何かあったの」と聞かれたけど「外、暑かったから」って誤魔化した。

「顔、真っ赤よ、熱でもあるんじゃないの」と体温計なんか渡されて、実際、三十七度八分あって、晩御飯の後に小児用バファリンを飲まされてしまった。

 でも、お母さんに『男に抱かれて体が火照ってるの』なんて言えるわけがない。

「お風呂もダメ」って言われてしまったけど昼間にシャワーを浴びたからまあいいや。

 それも男に連れられて他所でシャワーを浴びたなんてことは内緒だ。

 早々に寝るように部屋に押し込められてしまった。観たいドラマがあるんだけど仕方ない。

 諦めて、パジャマに着替えるのに服を脱いだ。

 彼と別れてからもう何時間も経ってるのに、心臓の鼓動が痛いぐらいに感じてて、ひょっとしたら左の胸に彼の手形が付いてるんじゃないかと心配したけど、なんともなくてホットした。

 でもこんなにドキドキしてるのになんにもないなんてちょっと残念な気持ちもある。

 乙女心は複雑だなんてニヤつきながらきょうのことをいい部分だけ思い出したりしてみる。

 部屋の真ん中でカーペットにぺたんとお尻をつけて座って、自分の右手を彼の右手があったところの辺りに当ててみる。

 こんな感じかな。

 目をつぶって思い浮かべるとさらにドキドキが増してくる。バファリンなんか効果がない。私が四年の歳月をかけて温めて積み重ねてきた彼への想いをたった一日のドキドキが追い越してしまった。

 私はドキドキだけど、彼はどうだろう?

 手の中にある膨らみは男の子がドキドキを感じるような女の子の魅力が全くないように思う。

 去年だったらあんなことになってもこんなにドキドキしなかっただろうし、来年だったらきっと彼もドキドキするほどになってるはずだ。

 私ばっかりドキドキしてて、いったいこれからどうなるんだろう。

 脱いだ服を膝の上に集めて、スカートを手に取って広げてみる。

 この服を彼が洗ったんだ。いや、これともう一枚、これもだ。

 たった一枚だけ体に着けてる布に目を落とした。前に小さな白いリボンがついてるだけの濃いグレーのパンツだ。

 全然可愛くない。

 服の方はいつもみたいなTシャツにジーンズじゃなくて男の子ウケしそうなブラウスとスカートにしたんだけど、まさか下着まで見せることになるなんて思いもしなかった。見せるどころか、手に取られてしまった。普通に脱いだ下着でも恥ずかしいのに、あんな汚れ方をしたものを。

 彼はどんな気持ちでこれを洗ったんだろう。

 彼は私を特別な人と思ってくれてるんだろうか。

 彼の気持ちを知りたい。もっと彼とお話したい。

 楽しくお話できるなら一緒にシャワーを浴びても構わない。

 優しく愛みたいなことを語り合いたい。

 今度はもっとぎゅっと指の跡が付くくらい激しく抱いてくれてもいい。

 目を瞑ってスカートをぎゅっと抱きしめた。

「ああ、けーくん、好き!」

 思わず叫んでしまう。

「どうかしたの?」

 お母さんが部屋の前まで来て大声を上げてる。

「なんでもない!」

 私も負けずに声を張り上げた。

 ああ、でも、なんでお漏らし(あんなこと)になっちゃったんだろう。


――――『きらり…………』


 えっ!?

 お母さんかと思って顔を上げても誰もいない。

 気のせいかな。

 えっと、なんだっけ…………、セカイ?

「世界、さん?」

――――『あら、やっぱり……………………』

 光だ。

――――『…………から……………………』

 光が溢れてる。

――――『…………………………の……』

 光が小さな粒になって、降り注いでくる。

――――『……し…………って………………』

 その光の粒が粉雪のように身体に吸い込まれていく。その瞬間、毛穴を筆の先で触れられたみたいにくすぐったい。

――――『……………………しょ…………』

 そのくすぐったさが、繰り返されるとだんだん身体が熱くなって、身体の中心からゆるゆると溶け出していく。

――――『………………さあ………………』

 そんな刺激が光の粒の数だけ、私に押し寄せてくる。くすぐったいのにもっともっと欲しい、光が欲しい。

――――『…………………………てて……』

 私の身体は蛹の殻のようになって、表面は私の姿なのに、中は煮えたぎるマグマのように溶けて熱く渦巻いて、新しい私に変わっていく。

――――『……いいの……………………かわる……』

 私の体は光に溢れ、はち切れそうなのに、止められない。止めたくない。光、光、もっと光を。身体がぶるぶると小刻みに震える。

 もう、もうだ……め…………。

――――『………………………………なさい』

 突然、稲妻のような激しい感覚が身体の中から私を貫いて、紅い裂け目から熱いマグマが溢れるように吹き出した。

――――『世界』


 ああ、温かい…………。



 えっ!?

 下半身の生温さにハッとして目を開けた。

 えーっ、うそぉー!?

 いつの間にか座ったまま居眠りをして、いつの間にかなにかの夢をみて、いつの間にか……、私の座っているところを濡らしていた。

 それで、私の下着の中は、夢の中のとてつもない気持ちよさが嘘のように、ぬるぬると気持ち悪かった。

 このパンツは呪われてるのかも知れない。



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