(一)
(一)
ああ、気持ちいい。
なにかいい夢でも見てたのかな? 目を開けたら体がふわふわするような感じがする。
壁の時計を見たら二時だ。
すごい、こんな夜中なのに頭の中がスッキリしてる。
きっとお薬のせいだ。
お母さんが寝る前に「これが効くのよ」と言って、苦い粉のお薬を飲ませたんだ。あんまり苦いから半分はお薬ゼリーに包んでもらった。お母さんは〝かんぽう〟のお薬だよって言ってた。
あの味を思い出すと顔が苦くなっちゃうけど、こんなにすっきりした気分になるなら、きっとすごく効くんだろう。
もう一度目をつぶってもなんだかワクワクするような気持ちが収まらない。
『きらり……』
あれ? 遠くでわたしを呼んでる。
たぶんお母さんだ。きっと心配で見に来たんだろう。
今日はきっと大丈夫だと思うけど、寝たふりをしておこう。お母さんが入ってきたらびっくりさせるんだ。
わたしはぎゅっと目をつぶった。
『きらり』
びっくりしたのはわたしの方だ。
ドアが開いた音がしなかったのに、すぐ近くの声だった。
目を開けてみたけど、誰もいない。天井の小さな黄色い灯りが周りをぼんやりと照らしてるだけだ。もう一度ゆっくりと部屋の中を見回してみた。
あれ?
あんなところに穴が空いている。
ベッドの近くの、ちょうど、いつもお母さんが傍に立って私を見下ろすときの顔があるぐらいの高さに、握り拳ぐらいの大きさの円い穴が浮かんでいる。
最初は真っ黒なボールかと思ったんだけど、穴だ。
手を伸ばせば届きそう。でも、触っちゃいけない気がする。
部屋の中の黄色い光が穴の周りで小さなキラキラの粒になってゆっくりと中に吸い込まれるように落っこちていく。不思議だけど、怖くはない。すごく綺麗だ。
穴の中に誰かがいるような感じがする。
「だあれ?」
私の質問に穴が考えてる。
『世界』
やっぱり。穴が喋った。
「せかい、さん?」
穴が優しく頷く。
『きらり。あなたの中で休ませてくれませんか?』
よく聞いたら、お母さんよりずっときれいな声だ。
「中で?」
『ええ、ほんの少しでいいの』
「しんどいの?」
『そうね……、とっても』
ほんとだ、優しいけど疲れてるような感じがする。
「じゃあ、いいよ」
わたしはベッドの中で体をずらして、もう一人分の寝場所を作ってあげた。
世界さんは小さいから隣で寝てもそんなに窮屈じゃないと思う。枕は貸してあげよう。わたしはなくてもかまわない。
『ありがとう。お礼に、なにか願い事はない?』
「うんとね……、お漏らしが治ったらいいな」
わたしはお母さんが飲ませた〝かんぽう〟を思い浮かべた。お漏らしが治ったらもうあんな苦いお薬を飲まなくてもいい。
穴がクスって笑う。
「だって、もうすぐ小学生になるんだよ。学校に行ったらお泊まりのキャンプだってあるの」
『あらあら、それは大変ね』
寝るときだけじゃないんだ。
こども園のお庭で遊んでるときでもおしっこが出ちゃうことがある。
「それに、おともだちに『シッコクサイ』っていわれるのもイヤ」
とくに男の子はパンツが濡れてないときでもそういってからかってくる。だからこども園の男の子は特に嫌いだ。
でも、小学校に入ったら優しいお兄ちゃんもいるから、みんなの前でお漏らしはしたくない。
〝かんぽう〟だって、お漏らしが治るからって病院の先生に出してもらったお薬だ。
『そう、でも、きっと良くなるわ』
「うん、だったら嬉しい」
穴の奥の方がぱっと光った。
その光はきらきら輝く小さな光の粒になって穴から溢れ出した。それで世界中の光を集めたみたいに部屋の中をぎゅうぎゅう詰めにした。
あんまり光が多過ぎて全部が真っ白になるから自分まで光になったみたいな気がして、どこにいるのかもわからなくなってしまった。