第5話 メイドと家庭教師
それから2週間……。
シルヴィアの指導の下、魔法を学ぶ日々が続いた。
「次は右腕から左腕にゆっくり魔力を移して下さい。こんなふうに」
シルヴィアは氷漬けの右手を溶かし、ゆっくりと左手を凍らせた。
魔力を身体に巡らせ、感覚を慣れさせる鍛錬だ。
だが、これがなかなか難しい。
なまじ保有魔力があるせいで、加減が難しいのだ。
最近、やっと電撃が目に見えるようになったくらいだ。
これでも、大分上達は早い方らしい。
「私が小さい頃は、半年でようやく氷の魔力を操れるようになりました。アスタ様は飲み込みが早いです」
シルヴィアは言った。
彼女は良い人だ、不慣れな俺に根気よく教えてくれる。
アスフロのメインヒロインじゃないのが不思議なくらいだ。
きっと出番が増えてれば人気キャラになっていたと思う。
もちろん、体力作りも怠らない。
「ほっほ、ほっほ」
屋敷の庭園は絶好のランニングスペース。
「流石はアスタおぼっちゃま、もう我々と同じメニューをこなすようになるとは……」
「ま、今はランニングだけだけどね、そのうち走る量も増やしてくよ」
「おお……何という志の高さ」
屋敷の兵士は呟く。
今ではすっかり、訓練に混じって一緒に走るのが日課になった。
1人じゃつまんないからこっちから頼んだってわけ。
あのときの鳩が豆鉄砲を食らったような兵士たちの顔は一生忘れない。
魔法も運動にも精を出す――今までのアスタならば考えられない行動なのだろう。
「――皆様〜、お水を持って参りました……ってひゃあっ!?」
庭園にやってきたエミリアが、お盆を持ったまま躓くのが見えた。
俺は両脚に雷の属性魔力を付与。
――ヒュンッ、バチバチバチッッ!!
稲妻の如きスピードで、エミリアの下に駆け付ける。
間一髪、エミリアを抱き抱えた。
俺の突っ切った道には、わずかに残された電気が走っている。
雷の魔力を利用し、目にも止まらぬ高速移動をしたわけだ。
「大丈夫か?」
「ひぇぇ、ありがとうございます……!」
エミリアは顔を真っ赤にしながら言った。
俺がエミリアに最高級ポーションを渡したお陰で、妹の病気は無事治ったらしい。
彼女は元々、クロフォード家にはポーション代を稼ぐために仕えてたので、既にここで働く理由はない……のだが、未だにこうしてメイドを続けている。
『――こ、これからは……生涯クロフォード家で働くと決めました、ど、どうか、末永くよろしくお願いひましゅ!!』
屋敷に戻ってきたら開口一番これだ。
アスフロでは、妹が治ったのをきっかけにメイドを辞めてたはずだけどな……。
うん、考えるのはやめよう。
「ア、アスタさまぁ……」
「ん?」
「は、恥ずかしいですぅ」
図らずもエミリアをお姫様だっこしてた。
いかんいかん。
緊急だったとはいえ、これは嫌われてしまう。
「悪い悪い、こんな汗だくなヤツにくっつかれたら気持ち悪いもんな」
「いえ、その、そういう訳では……」
エミリアは顔を向けずに言った。
相当幻滅されてるようだ、困ったな。
「――どうやらエミリアさんは、見違えたアスタ様を直視出来ないご様子です」
シルヴィアはパチンと指を鳴らすと、空中で凍った水が溶け、シュルシュルとポットに戻っていった。
すご……そこまで気は回らなかったわ。
Sランク冒険者はダテじゃないな。
「ちょ、ちょっとシルヴィアさん、何言ってるんですかぁ!? やめてください!!」
「おや、私には照れているようにように見えましたよ? まるで恋焦がれる少女のようでした」
「ひええ、シルヴィアさん意地悪です!」
ご覧の通り、エミリアとシルヴィアはすっかり打ち解けている。
同い年の女子だからこその距離感だろう。
「って、ちょっと待ってくれシルヴィア、俺が見違えたって言ったのか?」
「はい、お身体が少し引き締まったように見えます。顔はもっとスッキリしたかと」
眼鏡を光らせながらシルヴィアは言った。
彼女は嘘をつくような人間じゃないし、本当なんだと思う。
でもなぁ……イマイチ実感がないんだよな。
毎日、鏡で見るだけじゃあ変化に気付けないのだろう。
「ちなみに私も気付いてました! 言わなかっただけです!」
ふんすっ、とエミリアは鼻息荒く言った。
「さて、一旦休憩と参りましょう。午後からは中級魔法を中心に、上級魔法の基礎を教えます」
「うお、結構ハードじゃないそれ?」
「アスタ様ならやり通せると信じております」
シルヴィアは挑戦的な笑みを浮かべる。
初めて顔を合わせたときと違い、最近はほんのりと女の子らしい部分を見せるようになった。
「それ言われちゃやるしかないな」
「このエミリアも、アスタおぼっちゃまのお側で応援致します故!」
こうして、クロフォード家の日々が過ぎていくのだった。
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