第10話 悪役貴族、メインヒロインと関わりを持つ。
ミレイユ・ソーサラー。
金髪に剣を携えた、魔法剣士の職を持つ子猫のように大人しい少女。
【アストラル・フロンティア】のパッケージでは、主人公の正妻の如く隣で決めポーズをしている。
このミレイユは特に主人公との絡みが多く、それを良しとしないアスタが頻繁にちょっかいを出し、それを助けるべく主人公が奮闘、アスタが負けて逃げる……ってのがゲーム定番の流れ。
そして、ゲーム終盤でミレイユはアスタのウザさに我慢の限界を迎え、学園の混乱のドサクサに紛れてアスタを始末したり、敵側に付いたアスタを背後から剣でブッ刺したりする。
何より恐ろしいのが……それを主人公たちに知られずにやるところ。
ラスボスを倒した後、何食わぬ顔で主人公たちと平和を噛み締めるのだ。
そんなわけでミレイユは『アスタキラー』『腹黒イユ』の呼び名で、別方向でも愛されている。
そのミレイユが、目の前にいる。
1番遭遇してはいけないキャラと、本編前に出会ってしまった……!
「あ、あの、助けていただき、ありがとうございます」
「は、はは、どうも」
め、めちゃくちゃ恐えええええ!!
俺本当にこんな可愛い女の子に殺されんのかよ!?
【命の危機を救った相手がゲームのメインヒロインだった】
本来はテンション上がる展開なのかもだけど、今の俺は悪役貴族。
こんなに体が強張ることはない、何ならハイオークよりも恐い。
だが待て。
設定では……アスタとミレイユは本編開始前では知り合いではあった。
学園入学前の社交界で、アスタがミレイユにセクハラ全開の絡みをしたせいで第一印象が最悪になったんだ。
そういや、数日後に別の領地で社交界があるってエミリアが言ってたな。
てことは……本来はそこで俺たちは出会うんだな。
つまり、まだ間に合う。
「クロフォード公爵家次期当主、アスタ・クロフォードと申します。ミレイユ殿のお声で火急の事態であると判断し、参上した次第であります」
俺は徹底的に善人ムーブをかますことにした。
何とか良い印象を与える他ない。
「ク、クロフォード公爵家の次期当主……失礼しました!」
「お気遣いは無用です。ミレイユ殿のお怪我は?」
「私は大丈夫です」
「それは良かった……少しすれば我が臣下がここにやってきます。護衛の方々の治癒もさせて下さい」
「あ、あの」
「はい?」
「どうして私の名前を知っているんですか?」
うぇ!?
そうだった、流石に不審だわな。
「ああ、馬車の家紋がソーサラー男爵家の物だったので、1人娘がいるのは耳にしてましたから」
「そうだったんですね、重ね重ね失礼しました」
あ、危ねぇ〜。
あれソーサラー家の家紋なんだ。
適当に言ったら当たるもんだな。
「ところで、ミレイユ殿は社交界に参加するための道中だったのですか?」
「はい、私の屋敷は辺境なので数日前から向かわないといけないです」
やっぱりそうか。
え、てゆーかミレイユってパーティーの前日まで主人公の村に泊まるんじゃなかったっけ?
公爵家の領地に向かう途中にモンスターの襲撃に遭って、避難のために主人公の村に宿泊して、そこで主人公と出会う。
そしてミレイユが村で冒険者ライセンスカードを落として、それを届けるために主人公がパーティー会場にやってくるんだ。
アスフロのプロローグを担う、まぁまぁ大事なイベント。
でも、このままじゃミレイユたち、主人公の村に泊まる必要なくね?
だって俺がモンスターの襲撃から助けたし、問題なく領地に着けちゃうわけで……。
はい、シナリオブレイクです。
ドアタマから失敗するとは思わんかった。
でもあそこで助けない選択肢ないでしょ。
不可抗力だよこんなん。
「――アスタおぼっちゃま〜!!」
すると、エミリアとシルヴィアがやってきた。
「エミリア、護衛の方々の治療を頼む」
「かしこまりました!」
エミリアは怪我人に治癒魔法をかけていく。
幸い大事には至っていないので、エミリアの治癒魔法なら完治出来るだろう。
「間に合ったようですねアスタ様、そちらの方は……?」
「ミレイユ・ソーサラーと申します。こちらのアスタ様にはモンスターから助けていただきました……」
「アスタ様の家庭教師をしているシルヴィア・マリウスです。あちらはメイドのエミリアです」
「よろしくお願いします!」
なんかこの3人が話してるのって凄い不思議だな。
全員が本編で絡むことのないキャラだし、新鮮な感じ。
それはそうと、俺はミレイユを誘導しないと。
「ところでミレイユ殿、今夜はどちらに宿泊されるのですか?」
「えっと……この後は社交界が行われる領地で宿泊する予定です」
「ミリシャ村に泊まるなんてどうでしょうか? ここからそう遠くありませんし、自然に恵まれた景観は疲れた身体を癒すのに最適ですよ」
ミリシャ村、主人公の暮らす田舎だ。
ミレイユをそこに宿泊させ、主人公と会わせてシナリオブレイクを防ぐ。
「ミリシャ村……ですか?」
「ええ、それにあそこの小麦を使ったパンは美味しいんですよ。是非召し上がってほしいです。な、シルヴィア?」
「へ、いや私、ミリシャ村に行ったことありませんので何とも――」
俺は肘でシルヴィアをグイグイ押す。
「何言ってんだ〜この前観光しに行ったじゃないか、楽しかったって言ってたろ」
「え、ええ、何だかパンも食べたような気がしてきました」
もちろん、そんな事実はない。
多少強引でも、主人公とミレイユを引き合わせる。
「そんな……ぼっちゃまとシルヴィアさん、私が知らないところで2人で遊びに行ってたんですか!?」
「どうやらそうらしいです、申し訳ございません」
「ううう、メイド如きは蚊帳の外ですか……アスタおぼっちゃまあああ!」
あーもー面倒くさいな!
そんな場合じゃないってのに!
「アスタ様の言う通り、今日は早めに休んだ方が良さそうですね……またモンスターと遭遇したらひとたまりもありませんし」
「そうでしょう」
「分かりました、今夜はミリシャ村に向かおうと思います」
よっしゃ!
これで何とか大筋のストーリー通りに事が運ぶな。
しばらくして、護衛を含めた全員が馬車に乗り込む。
「本当にありがとうございました、アスタ様は命の恩人です。今度御礼をさせて下さい」
「お気になさらず、また社交界でお会いしましょう」
ミレイユの馬車はパカパカと遠ざかって行った。
いやーよかったよかった。
なんだかんだ俺の印象も悪くなさそうだな。
命の恩人、てのが大きいな。
まぁ実際俺が助けなくても窮地は脱してるんだけどな。
「ううう……アスタおぼっちゃまがぁ、シルヴィアさんとデートぉ……」
まだ言ってるよ。
隣のシルヴィアはシルヴィアで誇らしげな顔してるし。
「エミリア、別にそんな事実ないから、少し口裏を合わせてもらっただけだ」
「ふえ、そうなんですか?」
「いえ、アスタ様とはしっぽりお泊りしました」
「ぎゃあああああああああ!!」
エミリアは絶望しながら叫んだ。
シルヴィア、お前おちょくるのも大概にしろ。
「ただ、よくやってくれた」
これでエミリアは村で主人公と会って、彼女の落とした冒険者カードを拾った主人公が再会するって流れまでは確実だ。
「……あれ、アスタおぼっちゃま、何か落ちてますよ?」
「ん?」
エミリアの言う通り、草むらに小さな四角い板が落ちていた。
拾い上げると、そこにはエミリアの顔が写っていた。
「これって……まさか!?」
「ひぇぇ、ライセンスカードですぅ!」
「先ほどのミレイユ様のものですね」
ええええええ!?
ここに落としていくんかいいいい!?!?
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