第五話 束の間の平穏
その後も書類の内容を把握しながら、不明点をルージュに質問した。
そうして何十枚かの書類を見終わったあたりで、ルージュが声をかけた。
ルージュ「さとるさん、お疲れ様です
本日の作業は以上になります
これから、さとるさんのお部屋にご案内します」
さとる「私の部屋?」
ルージュ「はい、今後も様々な作業を進めていただく予定ですが、当然休息も必要になります
そのためのお部屋を用意させていただいております
ダルク様から聞いていませんか?」
さとる「有益な情報を出せれば、衣食住くらいは保証するとは聞いてました
ただそれは、早くても数日後くらいかと思ってました」
ルージュ「ダルク様も意地が悪いですね
それではご案内します
ついて来て下さい」
ルージュに連れられて着いた先はホテルの一室に似た場所だった。
ルージュ「こちらがさとるさんの部屋になります
ご自由にお使いください」
さとるは部屋の中を見て回った。
ベッドや机があり、風呂もついているようだった。
鏡がないことが若干気になったが、異世界ならそういうこともあるだろうと解釈した。
ルージュ「時間になれば食事を運びに参ります
私は隣の部屋にいるので何かあればいつでもお申し付けください」
そう言ってルージュは部屋を出て行った。
さとるはベッドに腰掛けた。
異世界に来て初めて落ち着ける時間を得た。
一人になって改めて、異世界で生活するというプレッシャーを実感した。
今日一日書類を見ている時間が大半だったはずだ。
だが、異世界という明日をも知れぬ状況下で、初対面の人間と会話し、しかもその相手が自分の明日以降の生活の安寧を握っているのだ。
自分が役に立たない、不要な人間だと判断されないように立ち回る必要があった。
片時も気が抜けない時間が続いていたのだった。
さとるは今日あったことを思い出した。
ルージュさんと話をした感じでは、ダルクの期待に答えることができそうという印象だった。
直接ダルクと話したわけではないので、確証はないが、ある程度は自分の役割を果たせそうだった。
自分が有益な情報を与えられるうちは、衣食住くらいは保証されるだろう。
そう考えないと不安で精神が潰れそうだった。
唯一の救いはルージュさんの存在だった。
ルージュさんは自分を気遣ってくれているようだった。
今も隣の部屋で待機してくれているのだろう。
わからないことがあれば何でも聞いてくれと言っていた。
実際今日も度々疑問をぶつけたが、毎回親身になって答えてくれた。
もちろん、ダルクあたりにそうするように言われているのだろう。
彼女からすれば仕事をしているに過ぎない。
だが、孤立無援のさとるからすれば、精神的な安寧に多大な貢献をしていた。
今もさとるが安心して過ごせているのも、ルージュさんのおかげと言っていいだろう。
そう考えていると、部屋をノックする音が聞こえた。
ルージュ「お食事をお持ちしました」
さとるはドアを開けて、ルージュを招き入れた。
ルージュが届けた食事には、見慣れないものが並んでいた。
スプーンに似たものが備え付けられていたので、手にとった。
恐る恐る一口食べてみると、若干薄味だが、それなりに美味かった。
ルージュ「お口に合いますか?」
さとる「はい、美味しいです」
ルージュ「それはよかったです
異世界の方の好みに合うか不安だったのですが、問題なさそうですね」
ルージュは安心したように笑っていた。
食事をするさとるを、ルージュは優しく見守っているようだった。
一気に平らげると、ルージュは食器を下げていった。
満腹になったさとるは、睡魔に襲われ、そのままベッドで眠ってしまった。