第3話 近づくもの
湯気で再び鏡は曇る。湯をかぶせてみせる。拭ってみる。
拭っても。拭っても。白く白く、更に深く、濃霧に包まれていく。すると自身の手までもが白くなるのが見えて、驚いた私は反射的に手を離した。いつの間にか輪郭は淀み埋もれていた。
「えっ…?えっ?」
慌てて手を擦り合わせる。しかし、手は粘土のように鈍く、感覚はどこかに見失ったようだ。目前にある鏡は隅々まで異様な白さを帯びている。
私は今、寝ぼけているのかな?それとも疲れてるのかも。…それとも擦りすぎて感覚麻痺したとか…??
意図せず雑に扱ってしまったであろう手を心配しつつ、私はゆっくりと鏡を確認してみる。
しかし真っ白だった。あれは鏡なんかじゃない。
鼓動のリズムに合わせ徐々に恐怖が押し寄せる。そんなもの、私は頑固信じないぞ…。鏡を凝視した。妄想だろうか?鏡の向こうに誰かがいる。そう感じたのだ。うろうろと視線があたる…。
すぐそこにいる、なにか。本能的に感じるのは見つかってはいけないこと。
こちらの存在に気づかれないように意識を張り巡らせ、音を殺しゆっくりと動く。妄想であればいい。私はお化けとか…お化けとか嫌いなんだ…。
ゆっくりと扉に手を伸ばす。気づかれてはいけない。恐ろしさと不安で頭は膨らんでいく。パンッと割れてしまったらどうしよう。ハリウッド映画みたく叫んでしまいそうだ。いや、いっそ叫んでしまおうか。でも後戻り出来なくなったら終いだ。そ…それはだめだ。
やっとの思いでノブに手が触れる。さあ、ゆっくりと回すんだ…。
しかし、力の入れ方がわからなかった。いつもどうやって開けていたんだっけ?歯が痒くなる。身体の保ち方さえもわからなくなり、一瞬の気の緩みを合図に、私は音を立て、がくんと項垂れた。
人ではない、なにか、はこちらに近づいて来た。
すると、なにか、はゆらりと背後から黒く覆いかぶさり私の耳元に顔らしきものを近づけた。
「…ユウ……」
生まれたての声を絞り出し、囁やくように言葉をこぼした。それは知らない声のようで私の声のようだった。
君は誰…。
今にも消える細い意識の中。こちらを心配そうに見下ろす視線に懐かしさを感じた私は、糸が切れたように眠りについたのだ。