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極寒の雪の降る日にラーメンを

作者: 勇寛

おせちとお雑煮と出来合いのオードブルを二周して飽きてしまったあなたに捧ぐ。

 寒い冬こそラーメンは美味い。

 とはいえ、夏は夏で暑い中、流れる汗と共に食うラーメンは美味いし、春でも秋でもそれぞれにラーメンは美味いという揺るぎない事実は存在する。

 年がら年中ラーメンは美味いが、冬でも美味いのだからその美味さは伝えるべき事柄だと思うわけである。

 なので、書いてみた。


 ラーメン屋さんは行きつけが好きだ。

 突発的に新しい店にいくことも無いわけではないが、それでも“このクオリティーは欲しい”という安心感のある行きつけは外せない。

 出掛けるのが億劫になる冬場では特に、だ。

 わざわざ出かけてスカを引くのは中々疲れる。

 さて、まず店へと行く。

 駐車場に停めた車から降りると、じゃり、と融雪で溶けた雪と水のブレンドされたもののうち比較的雪の比率の多い箇所を大股、小股でひょいひょいと飛び地を踏むようにして店へと向かう。

 店の前にはためく赤色の「ラーメン」の旗が拭きつけられた雪で少し白くなっているのを横目に、引き戸になっているドアを開く。

 がらら、と一枚目のドアを開くと、ふわりと漂うラーメンの匂い。

 ふわぁ、と少し外の寒さが和らぐのと、その香りに心が綻ぶ。

 そしてその先にもう一枚のドア。


 からんからん!


 来店を告げるドアベルを鳴らし、がららと引き戸を引いて店内に入る。


「いらっしゃいませー」


 店員さんの挨拶を聞きながら、店内の暖かさにほぁぁ、と更に心が綻ぶ。

 さらに強く香るスープの香り、そして厨房からのあの独特な“美味いぜチャーハン”と言わんばかりのあの説得力を持ったチャーハンを炒める“追い”香りにノックアウトされかかる。

 寒い時にこれはかなりのインパクトを持った攻撃であると断言しよう。

 外の寒さから回復しつつあるタイミングで席に着く。

 目の前のメニュー表を手に取り、眺める。

 まず、何を頼むか。


 先に謝っておくが、ここから先に関しては多分に筆者の個人的な意見を基にしているので、“違ぇよ、馬鹿”“わかってねぇな、コイツ”的な反応はご自身の胸のうちにそっとしまってほしい。そこのところはお願いします。

 ……以上注意喚起でした。


 寒い時にこそ、温かな脂を求める。

 それこそが正しいラーメンの選択方法ではなかろうか、と思う次第。

 ここで時折いらっしゃるネギ山盛りの辛いラーメンとか、別皿で味変できる豆板醤付のラーメンとかの舌のイカレたカプサイシンジャンキーの方々には申し訳ないが、そのベクトルで体温めるのはちょっと趣味とは違う。

 あ、別に辛いのが嫌いではなくフツーに家の置きカップ麺の中には辛い系は常備してあるのでそこのところお間違えなきよう。

 ということでチャーシュー麺。出来ればチャーシューは肉厚に切っておいてほしい。いや寧ろブ厚くあれ。

 薄いのを蓮の花びらのように放射線状に並べてくれるところもあるが、アレをやられても結果的にてっさの長●食いをしてしまうのであまり意味がなかったりする。

 ああ、大切なことを言っておくのを忘れていた。

 筆者の外食時の条件設定の中で「ビジュアル」「映え」などの項目はかなり下の方に位置している。そこはご容赦ください。

 話がそれた。

 さて、選ぶのはチャーシュー麺。そしてここでは味噌を選びたい。

 醤油も好きである。好きであるが、ここは味噌。

 こってりしたタイプの味噌チャーシューが良い。

 ニンニクの有り無しを選べるなら有りで。その日と翌日に家族以外とそんなに関わらないというのであれば有りでいきたい。

 人と会うかも、とすれば泣く泣く無しとなる。

 悔しいかなこちとら有象無象の一社会人。

 他者と関わらずに生きていけるだけの天賦の才はこの身に宿りはしなかったのである。人と人との間でせせこましくお金を稼がねばならぬ。

 霞を食って生きていける神仙でもなく。もしそうだったらラーメンを食うという選択肢もないのでそのポジションはいらない気もするが。

 さて、幸運にも翌日フリーならニンニクあり。店によってはニンニク瓶を持ってきてもらうことにしよう。

 そしてサイドメニュー。

 これはもうライス。ご飯。米。

 そりゃ頼むのが普通じゃん、と思っていたのだがどうやらそうでもないらしい。地域差というものなのか所によっては「え? ラーメンとライス一緒に食うの? 珍しいな」と思われることもあるようで。

 初めてそれを聞いた時にめちゃくちゃショックだったのを覚えている。

 その後すぐに「いや、でも米無しって寂しいじゃん」とノータイムで声を発した自分もしっかり覚えている。

 でもめちゃくちゃ驚いた、そいつ真顔で言ってきたし。恐らくこっちは真顔で「正気かコイツ」的な顔をしていたとは思うが。

 地域差というのは恐ろしい。

 んでもってライスを一つ注文。

 この時のライスに実際問題として漬物がついてくると評価が高い。

 出来たら、ほんとに出来たらなのだが。

 ついていると嬉しい。

 この二つを頼んでしばし席で待機。

 ラーメン屋さんのちょっと汚れた漫画を読んで待つのも良し。メニュー表で頼まなかった奴を眺めるも良し。ちょっと離れた席のおじちゃんがから揚げ・ギョーザをビールで流し込んでいるのをチラ見するのも良し。

 最初に持ってきてもらったお冷が半分くらいになるころには、じんわりと冷えていた体もようやくアイドリング状態には近づいてくる。

 赤くなっているだろうほっぺたが、ひりひりからちりちりになり、もう少しでかゆかゆになるそんな位のタイミング。

 そこで運ばれてくる味噌ラーメンとライス一つ。


「ごゆっくりどうぞー」


 一緒に持ってきた伝票をテーブル上にことんと置いて店員さんが下がっていく。


「いただきます」


 ぽんと手を合わせていそいそと割りばしに手を伸ばす。

 ぱきんと割って、そのままラーメンの丼に突っ込んで少しばかりかき混ぜる。

 ぐりぐりと混ぜておきたいのは味を均一にしたいというのに加え、チャーシューのコンディションを整える意味合いもある。

 チャーシューはブ厚く切ってほしい派なのだが、食べはじめの時にはチャーシューは切られたばかりのであることが多い。

 つまり、何が言いたいのかというとスープの温度に比してチャーシューが温い、もしくは冷たいことがままある。

 切ってもらったばかりでまだ温まりきっていないのだ。

 この場合に、チャーシューの脂がまだスープに溶け出しておらず、その結果、味噌チャーシューのポテンシャルが百パーセントに達していないということになる。

 それは、悲しいことだ。

 そこを回避するための、最初の丼のかき混ぜ。

 これを面倒くさがり、自身の食欲に負けた結果として口いっぱいに広がる“ちめたいあぶら”を口にしたときの圧倒的な残念度。そしてそれを引き起こした自身への失望感は耐え難いものとなろう。

 はっきり言おう。

 ラーメンの丼に素知らぬ顔で入っているレンゲ。

 あれは見え見えの罠。すぐに手に取りスープを飲むが良い、という誘惑の罠。

 冷えた体を抱えた数多くの寒冷地の民は、そのみえみえの罠にいとも簡単に引っかかってきたのである。

 おのれ、レンゲめ。

 なんというひっかけ率の高さを誇るその恐ろしさよ。

 だからこそ、一気にこの温かなスープを啜りたいという食欲をぐっとこらえ、下準備を整える。

 程よく混ざりきったところでちょっと湯気で持ち手がしっとりしたレンゲを手に取る。

 ずずず、とスープを啜る。

 まず温かいというそれだけでほっとすると同時に、味噌の甘みとチャーシューから染み出る脂の甘さが絶妙に混じるスープ。そして一口目では感じきれなかった味噌ダレにほんの少し混じるショウガと唐辛子。アクセントとしてそれを奥底に感じつつ、スープを二、三口味わう。

 そのあとはもう麺をがっ、と箸で掴んで一気に啜る。

 ずぞぞぞっ、と勢いよく啜り込みつつ、口の中が満杯になる手前でチャーシューをがぶりと一齧り。

 鼻からくふー、と息を吐くと幸せの香りが内にも外にも満ち満ちる。

 もくもく、と口の中のそれを堪能しつつ飲み込むと、その味が残っているうちにライス。

 がふがふ、とかっこむように白飯を入れる。

 そこまでが1ターン。


 ……ちょっと思いついたので脱線します。なのでここから先はかなり筆者の個人的な意見を含んでおりますのでご注意ください。思い込みとも言います、はい。言いがかりに近いかもしれません、ええ。

 たまーにある、ちょっと洒落たタイプのラーメン屋さん。

 あーゆー、意識高い系のラーメン屋さんに多いのだけれど、なんでライスの器をあーゆーのにするのだろーか。

 あーゆーの、というのはそのお茶碗のこと。つかむとちく、とするようなものすごいちっちゃな突起、もしくはざりっ、と掌をひっかくようなざらつきをしている、職人の手作り風なデザインのちょっと高そうなお茶碗。わざと指跡を残した、的な整え切っていない感を出した茶碗。そして大体の場合には黒。赤とか青とか白ではなく、なんでか知らないがほとんど黒。……痛いし。純粋に痛いし。なんで?

 あと、もっと疑問なのはそれが外側だけでなく、内っ側にもあるという。

 いや、マジでどうして?

 ご飯粒、引っ付くじゃん。そのジャマっけなへりにこすれて半分くらいにつぶれて引っ付くじゃん。

 そういうお茶碗は、もっと落ち着いた雰囲気で時間をかけて食べるお料理にこそ使うべきではないのでしょーか。

 ラーメンにも高級志向のお店があるのはわかるのです。大衆化と高級化に分かれていくのも自然の流れなのだ、と。

 でもですね? ラーメンを食べにくる人間で、ライス追加する人間は百の百、ちいちゃく小口で食べるために頼むなんてことはないのですよ。

 がっ、と掻っ込むためのライスなわけです。※これは筆者の個人的意見です。

 いわばわんぱくをするためのライス。

 そこになぜ、わざわざ引っかかるような作りの器でライスを……。

 味プラス見た目で高評価を目指しているのかもしれませんが、往々にしてマイナス食べにくさが追加されるんですよ。

 わからん。あーゆーお店の考えが全然わからん。

 しかもです、しかもですよ?

 食洗器で綺麗にしっかりと洗えるの、アレ?

 いくら高性能になったとしてもきっと表面のうずうずにへばりついたお米は洗い流しにくいことこの上ないはず。その引っかかりにへばりつく米。

 手洗いなら、という意見もあるかもしれませんがね? それをアルバイトさんに洗えと?

 いやいや、ならもっと洗いやすい器にしましょうよ。せめてきれいに洗えるような内っ側だけでもつるつるなのに。

 ちょっと大丈夫か、と思った明らかにうっすら何かがのこった飯茶碗。実は何店舗かで経験済みなので。

 ……以上、偏見と経験と思い込みに満ち満ちた個人的感想でした。




 先ほどと同じくもくもく、とライスを食べきってそこでお冷を一口。

 ふぃーと息を吐く。

 口のなかを落ち着け、そこへ今度はライス。

 もぐもぐと一口ほおばりながら、漬物。

 もしそれがついていないタイプのライスであった場合は、ラーメンのどんぶりに箸を突っ込んでもやし、なければねぎをがっ、と掴んで口へ。

 ここで“しゃく”という食感が欲しい。

 麺、米、チャーシューの柔らかさではない、“しゃく”。

 この“しゃく”の繊維質が間に欲しい。

 漬物の場合はしっかりとした塩味。ねぎ・もやしの場合はしみ込んだスープのうまみ。

 米を掻っ込む箸がまあ、すすむすすむ。

 合間合間にレンゲをつかってスープを口の間に差し込んでずずず、と行く。

 この時間が少し経ったタイミングの味噌チャーシューが美味い。醤油でも美味いが、冬という気候。それが味噌を選ばせる。

 なぜならば、色々しみ込んだスープがこのタイミングで仕上がってくる。一種の鍋に近い様相を見せ始めるラーメンのスープ。それをすべて包み込むことが一番できるのが味噌ベースであると思うので。

 ここでいう体を温めるという意味での冬ならではの追加要素が醤油を味噌が上回る。

 外を見ると、水滴で曇った窓ガラスの向こうでしんしんと雪が積もっていくのがわかる。

 それを見ながら食うラーメン。

 なんか幸せを感じる。

 ぐふふ、とほほを緩ませつつスープが残る麺とチャーシューとひたひた位になるまで飲み進める。

 ここから先は一気にメインの麺とチャーシューを交互に食らう。

 ずずず、はぐはぐ、ずずず、はぐはぐと食べすすめる。

 麺に絡む濃厚なスープ、そして完全に火が入っていい感じにほたほたの柔らかさになったチャーシュー。

 一番最初のすこし歯ごたえのあるバージョンとは違い、これもまた美味い。

 このあたりから、フィニッシュに向けての準備を始める。

 ライス、麺、チャーシューを等間隔に食らい、そして最後の最後。

 麺を一気にすすり上げ、そして残ったチャーシューを一気に口へ。

 最後のそれを額に汗を浮かべつつ口の中で味わい尽くす。

 ごくん、と飲み込むと、最後に残ったライス一口分。

 それを箸でつかんでひょいと口の中へ。

 もぐもぐと軽くかんで米を味わい、最後の最後。

 ぐいっ、とコップの中の水を一気に呷る。

 ことん、と空になったコップをテーブルに乗せ、ごちそうさまでしたと手を合わせる。

 ふひゅう、と額の汗を軽く袖で拭い、伝票を手にしてレジで会計。

 支払いをしてお釣りをもらう。


「ありがとうございましたー」

「……ごちそうさまですー」


 聞こえるか聞こえないかくらいでもちょっと言って帰ることにしている。行きつけだし、いいじゃんそれくらいは。


 からんからん!


 一枚目のドア。

 開いただけでちょいすでに寒い。

 そして二枚目。外へのドア。


 がらがらら……。


 ひゅう、と吹いた風に一気に体温が持っていかれる。

 外に出たところで、体を震わせつつ、いつも何となくやってしまうこと。


「ふはぁ……!」


 大口を開けて、一気に腹の奥のあったかいものを外に吐き出すという遊び。

 怪獣王のようにたなびく真っ白な息。

 ニンニクやら味噌のにおいのするそれを見てちょっとだけ微笑む。

 ポケットにあるお釣りを持って店の前の自販機へ。

 ここであったかい飲み物、と思わせつつ冷たいウーロン茶、もしくは濃いめタイプの緑茶を。

 寒い中でそれを買い、行きと同じく少し積もった雪の上をジャンプしながら車へ戻る。

 乗り込んでエンジンをかけると一気に吹き上がるカーエアコン。

 曇ってしまうフロントグラスを見ながら、ぺき、と買ってきた飲み物を開ける。

 ぐいと飲んで、水では落としきれなかった口の中の脂っこさを流す。

 ふぅ、と一息つく頃にはフロントグラスも少しだけ曇りが取れてくる。


「さて、と」


 そして家に帰るため、車内に置いてあるそれ用のタオルでぐしぐしガラスを拭いていく。

 都会と違い、マジな雪国というのは、ここまでがラーメンを食うために必要で。

 だからこそ、大変な思いをして外れは引きたくない。

 そんな思いを新たにするのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなだからデブなんだデブ最高!力強くも繊細なところがですね。案外やせの大食いな感じでいらしたらスミマセン、まさかのキレイなお姉さんだったり……なくはない、どんな主人公を想定するかでだいぶ違…
[一言] うおおおおおっラーメン喰いてええええぇ!
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