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3/8

実は一人

お題:「林」

 その廃病院は拓哉の家の裏手にある林を抜けた先にあった。もともと精神科として設立されたのだが、とある事件があって廃病院となってしまったらしい。

 高校二年の夏、弓道部の同期五人で、拓哉の家でのお泊り会で、拓哉がそう教えてくれた。こんな情報を聞いてしまっては、翔太が肝試しをやりたがったのも無理はない。翔太は目を輝かせた。

 程度の差こそあれ、内心ではみんな怯えていたはずだ。だが高二男子たるもの、ビビっている姿を友人に見られるなど言語道断。全員が同意して、勇んで病院へと向かった。翔太は道中をずっと動画に収めていた。当時はガラケーだったのに、よくそんなに容量が残っていたものだ。おれも適宜みんなの表情や周囲の景色を写真に収めながら歩いた。

 深夜一時をまわってから外出する経験などほとんどなかったおれは、写真を撮ることを言い訳に周囲をきょろきょろと見まわしながら進んでいった。拓哉が勇んで先頭を歩き、弘樹と雄介とおれが三人並んで続き、翔太が最後尾から静かに全員を動画に収めていた。

 廃病院は当然ながら、門が閉ざされていた。とりあえず門のあたりから中を覗き込み、見える範囲で写真を撮っていく。門の向こうは広い空間しかなかった。病院の裏手へ回ると、塀が病院と道路を隔てているものの、一部塀が低くなっている箇所が目についた。

「入ろうぜ」

 拓哉はもう完全に楽しんでいる(ように振舞っている)。そもそも不法侵入のようなことをすることへの抵抗もあって、五人の意見は割れたが、結局「どうせ誰もいるはずない」という翔太の言葉を否定しきれず、入ってみることになった。

 そう、ここには誰もいるはずない。廃病院なのだから。「誰かいるかもしれない」という懸念を示すことは、まさしくビビっていることの証明に他ならないように感じられた。

 一人ずつ、塀を越える。

 特に何も起きない。

 建物と塀の間は背の低い木が連なっていて、道としては通りにくくなっていた。建物の窓ガラスはところどころ割れ、中途半端に開いている箇所もあった。

「いくら廃病院だからって、なんで窓が開いてるんだろうな」

 ふとそんな疑問を漏らしても、誰も答えてはくれなかった。

「あれ、今向こうで物音したよな?」

 拓哉が急に振り返る。敷地内に入ってからは拓哉と弘樹が先頭、翔太が続き、雄介とおれが最後尾という編成になっていた。そんな中、「したな」と同意したのは雄介だった。

「前の方、物が倒れるような音と、足音みたいなの」

 これに拓哉も同意する。しかし他三人は聞いていない。おかしい。聞こえている奴の位置がおかしい。前二人だけがかすかに聞こえたとかじゃないのか。

 一気に不穏な空気が五人を包み込んだが、おれたちは歩き続けた。

 裏口のドアを見つけた。

 ドアは上下に二枚のガラスがはめられているタイプのものだったようだが、下のガラスの部分には乱雑に板が打ち付けられていた。

「……入るか?」

 この時には拓哉もさすがに真面目な顔をしていた。翔太は入ろうと提案してきたが、弘樹が眠いと言い出したことで方針は決まった。すでに三時を過ぎていた。

 大した距離歩いたわけでもない。病院の中にもほとんど入っていない。その程度の肝試しとなってしまったが、何よりおれたちを震撼させたのは拓哉の家に帰った後だった。

 翔太が撮影していた動画を見返していると、廃病院を映している間だけ、明らかに赤い円形の物体が映り込んでいた。それは所によって、紫だったり、白だったりした。

「こんなの、撮ってる間なんで言ってくれなかったんだよ」

 弘樹が怯え切った顔で翔太を問い詰める。

「いや、撮ってる間はこんなのなかったんだよ」

 翔太の真剣な表情に、一同は言葉を失う。円形の物体は、塀の向こう側、病院の内部を映す時により色濃く映っているようだった。

 さらに、翔太が隊列の後ろを映している箇所にも不思議なものが映っていた。おれと雄介を映している映像の中で、雄介が不意に後ろを振り向いたのだ。

「なんで振り向いたの?」

「いや、誰かに肩を叩かれたから」

 さらっと雄介は言ったが、これもおかしな話だ。映像を見れば明らかなとおり、雄介は最後尾を歩いていた。隣におれがいるが、若干前にいるし、何よりおれはそんないたずらをしていない。これも映像を見れば明らかだった。それに、――これがもっとも重要な情報だが――雄介は幽霊に肩を叩かれたフリをするような剽軽な奴じゃない。

「誰も叩ける位置にいないじゃんか」

 雄介の背後には、またしても赤い円形の物体が、それも特大のものが映りこんでいた。

「やばい、さすがにやばいよ」

 いくらなんでもおかしい。高二男子のプライドは、この怪異を前にして瞬時に霧散してしまっていた。

「変なこと、おきないよな?」

「大丈夫だろ、そんなことあるわけない」

 お互いに言い聞かせるようにして、おれたちは眠りについた。


   ☆


 それから数年後、成人式の後おれたちは久々に合流した。五人で集まるのは高校卒業以来だったとはいえ、会っていないのもたった一年半程度である。おれたちは近況報告もそこそこに昔の思い出話をしていた。

「そういえば、五人でやった肝試し、普通に怖かったよな」

 懐かしい記憶を掘り返しながら、おれは切り出した。

「あああれ、おまえめっちゃビビってたよな」

 翔太がニヤニヤしながら攻撃してくる。

「え、そりゃビビってたけどさ、みんなもそうじゃん? あの時はさ、撮った写真にも動画にも変なの写っててさ、雄介が変に振り返ったりしてさ、みんなでちびりながら帰ったじゃん。怖かったけど楽しかったよな」

「いやいや、あの時からビビってたのおまえだけだっただろ」

 けらけらと翔太に笑い飛ばされる。他の三人も曖昧な笑みを浮かべつつ翔太に同意する。

 うそだろ。あの時、円形の物体について調べて、オーブってやつだって、赤いのは警告の印らしいぞって、あの時から一週間くらい、学校に行くのも怖くて、誰か怪我しないかとか、最悪死んだりしないかとか、そういうのって、まさか起きるはずないって思ってても怖いもんじゃないのか。高校生なんて、そんなもんじゃないのか。

 左の口角だけがぎゅっと吊り上がった翔太の顔が、今でも忘れられない。

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