恋愛からスジを読む。なお麻雀。
「裏スジって何なのさー!」
休み時間、俺の近くで麻雀の教本を読んでいた天輪うるはが突然そう言って発狂した。
正直言って驚いた。
裏スジなんて言ったら……もうアレしか思い浮かばないからだ。
「さては、麻雀のことだな?」
俺は顎に手を当てて名推理。
そう。麻雀で相手に振り込まないための基本的な考え方、それこそがスジ。そして、その中にあるのが裏スジだ。
決して卑猥な方ではない。
というか、別に卑猥でもない。
すぐ近くでピクリと反応した男子生徒がいた。
あいつは卑猥だな。
「なんか意味が分からず読み進めてたんだけどさ、もう裏スジなんて出てきちゃって完全にわけ分かんなくなった」
「スジが何なのか理解はしてるのか?」
「他家の子が狙ってる牌のことでしょ?」
またも、男子生徒がピクリ。
「……」
いや、これは責められんだろう。タケノコが狙ってるパイて。
他家とは、麻雀における自分以外のプレイヤーのことだ。だから、自分のことは自家という。
つまり、相手プレイヤーが最後アガルために狙っている牌、それを自分が捨ててしまわないように推測するのがスジだ。
「この知識諦めてもいいかな?」
「いや、さすがにスジは知っておいたほうがいい。テスト的に言うと、ほぼ百パーセント出てくる問題だ」
「でも分かりづらいんだよね」
「お前なぁ……それなら俺に教えを乞えよ。相手に振り込まないことに関しては、俺の右に出る者はいない」
「そうだっけ?」
「いかにお前が普段適当に麻雀を打ってるかよくわかるな……」
「じゃあスジのこと教えてよ!」
「なんでちょっと威圧的なんだよ……まぁ、いいけど」
少し咳払いをしてから辺りを見回す。
「アレを見てくれ」
そして、とある場所を視線だけで指した。
そこには、男子二人と雑談をしている女子一人の三人グループがある。
「あの女子が狙ってる男は誰だと思う?」
「……は?」
天輪は眉間にしわを寄せ、露骨に怒りを露にした。
「いいから……誰だと思う」
「そんなの知るわけないじゃん!」
「だが、推測はできる。例えば、人気がある男子を狙ってる可能性は高いよな?」
「モテるからね」
「そう。その『モテる』っていうのは、麻雀的に言うと『役』のことだ。それを揃えるだけでアガルことができる。だから、あの女子が狙ってる可能性は高い」
「ほぅ? ……にゃるほど?」
そこまで説明すると、天輪は何かを察したように表情を弛めた。
どうやら気づいたらしい。
「だから、モテる男子は危険牌だ」
「ほぅほぅ」
「次は……あの二人をどう思う? 狙ってる男子の可能性はあると思うか?」
「まぁ、あるね」
「そう。好きな奴と仲良くしておきたいと思うのは当然の心理だからな? あの二人も危険牌になるわけだ。そして、この事から別の危険牌も予測できる」
そしたら、天輪がポンッと両手を鳴らした。
「わかった。あの二人の友達だ」
「理解が早いな」
「好きな男の子の友達とは仲良くしておきたいしね? そこから、自分の悪い事とか吹き込まれたくないし」
「さすがだな。……因みに余談だが、そうやって好印象を与えることによって勘違いしてしまう男子がいる。「あれ? この子もしかして俺のこと好きなのかな?」と思って告白したら「ごめんなさい。あなたじゃないの」なんて返されて悲しくなったりする」
「まるで経験談みたいに具体的だ……」
「ばっ、おま、違ぇよ! ただ、ちょっと確認しただけだから! 曖昧な関係をハッキリさせたかっただけだから!」
「……聞いてないよ」
女の子というのは、そうやっていつも無意識に男子を傷つける。
ホント自覚してほしい。
「話が逸れたが……天輪の考え方で合ってるぞ。彼女が狙ってる男子は、あの二人の友達である可能性は十分にある」
「その人たちも危険牌ってことだね?」
「そういうことだ。この考え方が理解できれば、自分が捨てられる安全牌がわかってくる」
「なるほどね? つまり、女子から全然モテなくて、あの二人と友達でもなさそうな……むしろ、友達が一人もいなさそうな男の子をあげていけば、彼女が狙ってる牌を避けられるってことか!」
「まぁ、そういうこ――」
「門善くん!」
ビシッと指をさしてきた天輪。
オイオイ、人を指差したらイケナイって教えられなかったのかい?
その指を払ってから、咳払い。
「ん"ん"ッッ……まぁ、そういうこ――」
「門善くん!」
「やめろよ……。傷つくだろうが」
「だって、門善くんモテなくて友達いないじゃん」
「やめろよ……。俺のことを地獄単騎待ちしてる女子もいるかもしれないだろうが」
「……まぁ、ね」
さすがに申し訳なく思ってくれたのだろう。天輪は、少しうつむいてそう言った。
「そういうセオリーの裏をかいた戦いかたもあるんだ。ただ、それはスジが読める奴じゃないとできない。今言ったのはあくまでも"考え方"だから、具体的なスジの内容については教本を読めばいくらでも載ってる」
「でも、それで百パーセント防御できるわけじゃないんだよね?」
「そうだな。ただ、振り込む危険性をかなり減らせる。それはつまり、勝率をあげることにも繋がる」
「麻雀って面倒だね」
「面倒だよな。なのに……みんなアガリを目指して頑張ってるんだ。アガれるかどうかは分からないのに、そうやって日々戦ってる」
こうして過ごしている何気ない時間でさえも、彼、彼女らは何かを願っていた。
それを実現しようと必死に考えて、押し隠して、すました顔をしている。
いつかくるであろうタイミングを逃さないために、みんな懸命だ。
「門善くんの危険牌も……予測できるのかな」
その時、ふと天輪が言った。
それはつまり『俺が狙っている女子』ということだろうか。
「予測は可能だろうな?」
それに俺はニヤリと笑った。
「当ててみな」
まぁ、どんなに名前をあげたところで当たるはずはない。
何故なら、そんな牌は"存在しない"から。
天輪は少し考え、それから口を開き。
「い、いいや……興味ないし」
そう言った。
「興味ないなら聞くなよ……」
悲しくなっちゃうだろうが。
そういうところだから。……ホント自覚して欲しい。
「いつかさ、興味が出てきて予測できたら……答え合わせしてもいい?」
「あぁ」
「そか。……うん、なんとなく現状はわかった」
「?」
それから天輪は俺から離れ、再び麻雀の教本を読み始める。
俺は次の授業の準備をして窓の外を眺めた。
そうしていたら、なんとなく天輪の危険牌はなんなのだろうか? なんて呆然と思った。
彼女の近くにいて、狙っているかもしれない男子。
そしたら……とても馬鹿馬鹿しい予測ができてしまう。
それを、俺は「ない」とすぐに否定した。
――門善くんモテなくて『友達いない』じゃん。
さっき天輪が言った言葉。
つまり、彼女は俺のことを『友達』とは思っていないということになる。
だから、その予測は当てはまらない。
……まじかよ。こんなに話してるのに、俺友達じゃなかったのかよ。
予測しなきゃ良かった。
出てきた結論に悲しくなってしまった。
ホント……マジで自覚しろよな……。
傷心したまま、俺は机に突っ伏すのだった。