運気0の覚悟と決意
さて、今回の迷宮攻略作戦を説明しよう。
プレイヤーが分けられた部隊は全部で5。
第一ガード部隊。
第二ガード部隊。
アタッカー部隊。
アーチャー部隊。
ウィザード部隊。
第一、第二の計二部隊という鉄壁の布陣を敷いてアストライア攻撃後のラグを使い前進、最短までの道のりを作れたらアタッカー部隊が攻撃を開始、アーチャーとウィザードはアタッカー部隊を援護、という構成だ。
基本はこの作戦で行くのだが、この作戦には致命的な弱点がある。
アストライアの攻撃威力がガード部隊のバイタリティを上回った時、全部隊は壊滅する。
これがこの作戦の最悪のシナリオとなる。
それをカバーするのは、今作戦最要のアサシン部隊(尚、アヤメのみ)だ。
アヤメの基本スタイルは居合術や剣術を用いた接近戦なのだが、彼女の本来の職は暗殺者。
普通に倒せないなら、背後から暗殺してやろ。
という、どちらが悪人かわかったもんじゃない作戦となっている。
……アヤメを誇張して説明したが、結局のところ重要な役割はガード部隊となる。
そして起きた緊急事態。
ガード部隊の欠員である。
「……結局、ウィザード部隊にシールド張る役割を増やして代用することになったんだけど……」
カナデはジゼルを見て冷や汗を垂らす。
「……えっと、大丈夫そう?」
「だいじょぶ!」
掲げられる親指。
背中に『宝瓶宮の鍵杖』、腰に『夢想の祭剣』。
鎖帷子の上に『襤褸ローブ』を羽織った銀髪金眼の少女。
もう見るだけで肩が重い。
確かに、いざという時のために剣は携帯しておけとは言ったが……これは少しやりすぎな感が否めない。
というか、動きにくそう過ぎる。
腕の動きが変になっている気がするし、やはり重いのだろうか。初期ステータスが完全に魔法使いだから、仕方ないっちゃ仕方ないけど……
まぁ、慎重さがハンパないジゼルに限って、こんな大荷物を抱えて下手を打つ事はないだろう。
だが心配なものは心配である……うん。
「なんか持とか?」
「…………だいじょぶ!」
「少し考えたね。剣持っとくから、いつでも魔法を撃てるように構え時なさい」
そう言ってジゼルから剣を奪い取る。
流石に持ちすぎだ。我がギルドの最大戦力が動けなくなる、なんて事故を起こさないためにも、これくらいはしておかないと。
「ありがと……」
「いいよ、これくらい。それより……実際のところ、どうなの。アストライアに勝てる見込みはある?」
「……うーん」
天を見上げる。
ふーむ……と少し考えた後、ジゼルは視線をカナデに向ける。
「なんとも言えないけど……無理じゃないかな」
「……無理かぁ」
「うん、無理」
ジゼルは少し思案して、再び断言する。
「その心は?」
「バイタリティ重視でキャラ育成してるガードナーだったら、アストライアの攻撃に耐えるだろうけどさ。ほら、わたしって攻撃を回避したわけじゃない?」
「確かに」
「それでも割とギリギリだったんだよ」
「嘘つけ」
嘘つけ。
あんな余裕持って武器破壊狙ってた女が何を言う。
と言うか、ギリギリだったなら、なんであんな近くまで肉薄出来たんだ。舐めてんのか。
という、不満を乗せた言葉を放つカナデ。ジゼルは苦笑しながらその言葉に答える。
「嘘じゃないよ……。ていうのもさ、肉眼で見えない攻撃を避けるには回避ギリギリの判断が必要でさ。避ける時に攻撃が鼻先を掠ってたんだよね」
「鼻削れてんじゃん」
「実はそうなんだよ」
あれが本物じゃなくてよかった。幼馴染の顔が変形するのは嫌過ぎる。
「少しでも判断がズレれば攻撃が当たってるしさ。カナデとアヤメがそうだったんだけど、あの不可視の攻撃で一撃終了されてたじゃない?」
「されたねぇ。あれはトラウマだわ」
「あの回避が失敗してたら、わたしも身体が両断されてたんだよ。それに加えて、得体の知れない必殺持ってるし」
「つまり、何が言いたいの?」
「こう、上手く言葉に出来ないんだけど……何か足りてないんじゃないのかなって……」
この作戦が悪いというわけじゃない。
遠距離、高威力、必殺持ちというチートボスを倒すためには、壁を張るだけじゃ足りない。言葉に乗せることが出来ないのだが……必要な要素が足りてないのではないか。
という懸念である。実際に何が足りてないのかはわからない。ただ、心がざわついているのだ。
これと似たような場面を、この人生で何度も感じたことがある。
その多くが、不幸にもなにかを取りこぼした失敗談ばかりだ。幸運は起こらない不幸な人生を送ってきたからこそわかる。
「……嫌な予感がする」
「洒落にならないからやめてよ……」
ジゼルの不幸体質を知っているカナデからすれば、ジゼルのその言葉は失敗確定演出なのである。
「……ていうか、ジゼルがダメに終わったらアタシ達はどうすればいいのさ」
「いやいや。ダメに終わらせはしないよ。絶対に。今回でケリをつける。終わらせる」
「おおっ。頼もしい」
「流石ジゼル」と褒めるカナデを横目に、ジゼルは密かに息を大きく吸い込み覚悟を決める。
一度負けた相手に躍起になるのはいつぶりか。
ゲームで本気を出して負けたことがない故か、アストライアに負けた時は本気で悔しかった。
敗北に舐めた苦渋を、怒りを、後悔を、生唾とともに飲み込んだ。今度はそれら全てをアストライアにぶつけるのだ。
「今度は負けない……!」
「珍しくジゼルが本気だ」
「珍しくってなによぉ……」
言って互いに笑い合う。
向ける視線は横へは逸れない。
カチリと動く秒針。
長針が刺すのは、天頂の数字。
「行くよ、カナデ!」
「うん。行こう!」
迷宮の入り口が音を立てて開通した。




