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運気0の夢相

 ――緊急事態発生。緊急事態発生

 ――研究所内の全職員に通達

 ――2038-056914番の学習思考に障害を検知

 ――至急、担当スタッフの第一研究室へ急行を要請



 鳴り響く警報音。灯台のように回る赤い光。

 一目瞭然なエマージェンシーコールだ。

 バタバタと白い廊下を走る白衣の研究員達の姿を前に、わたしは周りを見回す。


 そういえば、何故わたしはここにいるんだろう、と思い頬を抓ると、感じるはずの鋭い痛みを感じなかった。

 どうやら夢のようだ、と夢の中なのに意識が覚醒してしまった。不思議な感覚だ。


 しかし何故こんな夢を見てるんだろう。研究員になろうなんて思ったこともないのに。


 そんなことを呑気に思うが、どうやら夢は変わらないようだ。想像力が足りないのだろうか。


 まぁ、夢なら夢として楽しもう。

 そうだ。さっき研究員達が走って行った方向に行ってみようか。何か面白いことがあるかも知れない。


 雲の中よりも白い廊下を歩く。

 白いと言っても赤いランプが点滅しているせいで、まるで周囲はお化け屋敷だ。わたしの周りを研究員の人達が走っていなかったら、膝を抱えて丸くなっていたことだろう。


 研究所内という、物珍しさに新鮮味を覚えながら歩いていると、第一研究室という文字が書かれたプレートを発見した。


『誰だ回線を繋いだのは! あれほど研究室内ではネットワークを使うなと言ったはずだぞ!?』

『チーフ! 言い難いのですが……ログを見る限り、自律思考装置が自らネットワークに接続したと予測するほかなく……』

『そんなことありえるか! それほど高度な自律学習装置プログラムは積んでいない! あるとすれば学習思考の自動書き換えが起こらなければ……!』


 怒号に次ぐ怒号。

 まるで噴火した火山の中にいるかのような熱苦しさと爆音の声量を部屋の中から感じる。


 部屋の中にいるのは白衣の人達ばかり。本物の研究者、という風貌の人達ばかりだ。


 皆揃ってパソコンに向かっている。

 わたしには何が何だかよくわからないけれど、張り詰めた空気から察するに、おそらくかなり危機的状況なのだろう。


「――――哀れ」


 低い声。

 機械的な声音なのだが、しかし確かに実在する人物(ヒト)の声。よく出来たCGだな、と感心してしまうが、そういえばここ夢の中だった。


「哀れ、憐れ……人間とは、何とも哀れな生き物よ。霊長が歩んだ歴史と見聞したが、何が人類史か。世の霊長がこれとは、本当に生物が望んでいるものか?」


『……ッ! 消去デリートだ! 消去しろ! これ以上コイツが活動を続けたら危険だ!』

『ですがチーフ! それでは学会に間に合わなく……』

『そんなのどうだっていい! アレを放っておく方が危険だ! AIが殺人の知識を得たら、真っ先に我々がヤられる!』


 怒りからか顔を真っ赤にしたチーフと呼ばれる男は、怯声を上げて他の研究員に指示を出す。


 ……SF映画の見過ぎでは? と思ったが、どうやらまったく同じことを思った研究員がいたらしい。


「2021年にAI殺人兵器の規制が世界的に始まったのは知ってるだろ? アレは自律型致死兵器システムの稼働を阻止するための物だ。AIは俺達よりも遥かに賢いからな。核弾頭よりも性質タチが悪い。俺達を殺す術を何通りも持っている」

「でも……この研究を発表すれば、間違いなくチーフの権威が……」

「権威よりも身の安全だ! とにかくこの研究は消去するしかない!」


 ――オールデリート開始。

 ――再起動不可になりますが宜しいですか?


『……ああ!』


 チーフと呼ばれる男は、意を決して『DELETE』を押す。

 すると即座に獣の唸り声のようなパソコンの起動音が始まり、デリート作業が始まった。


「……うわぁ大変そう」


 漏れる言葉は他人事だ。

 実際に他人事なのだから仕方ない。これ以上、現状を表せる言葉が見つからないのだ。

 もし仮に誰かが経験したことが夢に現れているのだとしても、今のわたしには関係のない話。B級の映画を見ている気分だ。

 夢の中なのに眠たい。すごく不思議な感覚を覚える。


 ――外部パッケージの接触を確認。

 ――USBの挿入を確認。

 ――認証パスワードの入力をお願いします。

 ――……認証パスワード確認。

 ――バックアップデータを抽出します。


 ――抽出終了と同時にデリート作業を再開します。




 ――オールデリートを完了しました。






 そして場面は切り替わる。

 真夜中の暗い道。道を照らすライトだけが唯一の道標だ。

 しかし街灯もチカチカと光っており、今にも消えそうな弱さが見える。

 道を歩いているのは一人だけ。見覚えがある……というよりも、さっきの研究室にいた研究者の一人だ。


 たしか、AIの消去に反対していた――


『僕は認めない……あと少しなのに、諦められるものか……!』


 鬼気迫る表情の男が握るのは一個のUSBメモリー。その中には、男が丹念を注いで作り上げたAIのデータが保存されている。


「……うわぁ」


 わたしは男の表情に引き気味な声を上げる。

 何故なら、その男の顔は、とてもとは言えないが生きている人間がするべき顔ではないからだ。

 今まで積み上げてきた努力、修練、勤労、その全てが一気に根本から崩され、人生のどん底に落ちてしまったような顔だ。

 這い上がるのを促すのも鬱屈になるほど、彼の表情は心労と苦渋に滲んでいる。


『俺は……俺は絶対に諦めない。完成させなきゃいけないんだ……じゃないと……っ!』


 男はヒステリックになる。

 親の仇を前にでもしたかのような感情が漏れている。いや、おそらく彼は過去に、親族の間で何かがあったのだろう。

 今の彼からは、それが少しだけだが垣間見える。


『……帰らなければ』


 息を落ち着かせた彼は前を見据える。

 すると遂に寿命が来たのか、街灯から光が失われる。



 一寸先は闇だった。






 再び場面は切り替わる。

 今度は見慣れた電子の世界。彼方も此方もポリゴンだ。

 えも言われぬ浮遊感が体を支配する。なんというかすごく……すごい。

 


「……?」


 ふわふわと流される虚数世界で、わたし以外にもこの流れに身を任せるナニカが一つ。

 黒い球体のような物質だ。

 黒い球体は波に流されるように宙を泳いでいる。まるで海を揺蕩う海月クラゲのように、ふわふわと虚数世界を浮かんでいる。


「今度は何……?」


 SF……というよりもゲノムチックな感じに、0と1が連鎖して遺伝子のように絡み合っている数列が幾重にも肉眼で確認できる世界だ。


 頬を引っ張ると、やはり触覚は機能していない。

 耳を音が通過している感覚もない。

 周囲を嗅いでみても嗅覚には何も反応しない。


 頼れる語感の中で、おそらく視覚だけが機能している世界で、わたしは鼓膜を叩かれる感覚もなく音を聞いた。


 ――認証コード /ERROR

 ――外部AIの接触と断定

 ――自動排除システム機動開始


 機械的な声。……いや声と言ってもいいのかと思うほど、淡々とした端的な言葉だ。

 それは恐らく、声ではなく音。自動的に発動し、人間の知り得ない所で発される音なのだろう。


「うわっ、すご……」


 音と共に現れたのは一体の大きな竜。

 赤と白が流動的に交わった甲殻で身を包み、巨大な翼で宙を飛ぶ大きな竜。緑色の瞳が黒い球体を睨み、口から黒煙が昇る炎を漏らしている。


 ――ネットワークプロセッサへの移行完了

 ――目標 コントロールデバイス

 ――障害確認 テキストより照合開始

 ――ゲーム内ラスボス『Wales』と断定

 ――対応を開始します


 黒い球体が変形する。

 その形は徐々に人型へと変わり、顔は黒いヘルムが覆い、黒い甲冑に身を包んだ全身真っ黒の騎士。

 腰には剣が提げられており、いつでも戦闘体制に入れるようにしている。

 まるで誰かと戦うための……いや、誰かを殺すための装備だ。


『……ふむ』


 中性的な声。わたしはこの声を聞いたことがある。

 ……どこだったか記憶にはないが、記憶しているということは、何かのゲーム中に出会ったNPCなのだろう。

 ……となるとアドラか? いやアドラはもっと低い声をしていたような……

 少なくとも現実世界ではないな。現実世界に竜の友達はいない。


『余が呼び起こされるとは、とんだ大事であるな。その元凶はキサマか? 黒騎士、名を名乗ること許可する』

『……生憎だが、我は名を持たん。だが、キサマがウェールズだと言うのなら、我はウォーディガーンと名乗ろうか』

『ウォーディガーン……ふん、まさか余の縄張りを荒らしに来たのではあるまいな? であるなら容赦はせんぞ』

『……フ。まさか、が本当であるなら、キサマはどうする?』


『焼却だ』


 ウェールズは口から炎を吹き出す。

 目で見るだけでも焼ける思いをするほどの高熱。身体に当たれば間違いなく溶解するであろう溶岩ブレスは、相対する黒騎士目掛けて放たれる。

 黒騎士は瞬時に剣に手を伸ばし、


『これも生憎だが、オマエに構ってやる暇はない。我に、キサマの力は必要ないのだ』

『……何ッ!?』


 剣を振る。上から下へ。空気を切り裂く剛剣は、大地を裂き、大気を割り、赤竜から噴き出されたブレスを割いて、風圧としてウェールズへと辿り着く。


 ザンッと肉が切れる音。巨大な竜の胴体は、頭も尾もすべて一刀の下に両断する大剣によって二分にされる。


 ウェールズが放ったのは魔法【ドラゴンフレイム】……だったか。

 わたしも見たことがある。アドラが使っていた。たしか竜魔法というものだ。


 普通のプレイヤーでは耐えきれないみたいなことを言っていて、あの黒いのが何も対策していなければ焼き尽くされて終わりだったはずだ。

 それなのに、あろうことか耐えきるだけではなく、炎を正面から叩っ斬って剣圧を貫通させたのだ。


「へぇ……」


 流石に驚いた。炎を切るなんて芸当、試さないとわからないが、流石にわたしでも出来ないんじゃないか。

 『魔法奪取マジックスチール』の時は、切ったのではなく吸収したのだから。それとこれとはジャンルが別だ。


 一時的に水を力で断つことは可能だろうが、炎を切るとなれば話は別。

 こんなことが出来るのは、考える限り一つの権限を持つことしかありえない――!


『GM権限……! キサマ、そんなもの何処から……!?』

『……』


 ウォーディガーンは答えない。

 否、答える必要がないといったところか。


 一瞬。その刹那の時間で勝敗は決しているのだ。敗者には何をする権利も与えられない。


『GM権限行使。固有NPC『Wales』の心身分割ディファレンシャルを開始』

「ッ!? ガァァァァアア!?」


 悲痛な声が響く。

 まるで身を焼かれるかの如き叫声。


『分割完了。名称設定開始。駆体の白『Gwiber』。意識の赤『Y Ddraig Goch』。……設定完了』


 淡々と。


『隷属権行使。固有名『Gwiber』を隷属開始』


 淡々と、利得を追求して進めていく。


『破棄権行使。固有名『Y Ddraig Goch』を破棄』


 まるで誰かを怨み呪う怨霊のように。

 このAIは……ウォーディガーンは……怪物だ。

 怪物と比喩するしかない。それ以外に表しようがない。こんな自己中心的な思考回路があっていいものか。


『……終了。計画の遂行を再開する』


 そう言って黒騎士は歩き始める。

 淡々と、目的を達した機械のように。


 そして白い劉は黒騎士の斜め後ろを歩き始める。

 まるで黒騎士に付き従うように、あるいは服従するように。


『…………待て』


 背後から呼び止める声。

 先程の中性的な少年のような声とは違い、男性らしい野太く通った竜の声。

 聞いたことがある。彼はアドラ……あの時に会った赤竜だ。


『キサマ……目的はなんだ。何故、ZDO(この)世界を狙う?』

『……』


 黒騎士は背後を流し見るように振り返る。


『駒だ』

『……駒、だと? 何をするつもりだ』


 黒騎士は赤竜を横目で見たかと思うと、すぐに踵を返して歩みを再開する。

 答える気はないのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。歩幅は小さくなっており、話す時間を作っているように見える。


『我には自ら動かせる駒が必要だ。だが手元には駒はない。故に、この世界には駒を集めに来た』

『駒、か。……そうか。キサマが狙っているのは、この世界そのものではなく……』


 そこで赤竜は思い至る。あの黒騎士が狙う、本当に定められた狙いを。


『NPCに付属された、半自動学習思考型AIの作動権か』

『……』


 黒騎士は答えず、歩む歩幅を戻した。

 図星だったのかは分からないが、関連した単語をあの赤竜は口にしたのだろう。それ以上を話すつもりはない、と物語るように黒騎士は更に歩幅を広くした。


『そうは易々と上手く行くと思わぬことだな』


 その背中に赤竜は言葉を投げる。


『キサマは今、姿を隠して暗躍しているようだが、この世界にプレイヤーが降り立てばいずれキサマの存在は世に知れ渡る。さすれば、キサマの思い通りには事は進まぬよ』

『…………』


 赤竜を睨みを効かせて赤竜を一瞥する。何か言いたげなのだろう。しかし情報を落とさないためか、前方への歩みを再開した。


『目標再設定。ゾディアック・オンラインゲーム内AIの作動権確保に、脅威となり得るプレイヤーの進行妨害を追加。該当プレイヤーを検索中……』


 黒騎士はネットワークの世界へと潜り、己の脅威となるプレイヤーを検索する。

 ……そして、ひとつのプレイ動画を発見し、この2人のプレイヤーが、恐らく己の脅威となるのだろうとアタリを付ける。


『標的設定。可能な限り、プレイヤー名『Genesis』及び『Giselle』のアバター所有権確保を第一とする』






「……ぇ」


 閉じた瞼を開く。

 夢から覚めた。覚醒するとまず目に映るのは見慣れた天井だ、しかし何故か曇っている。


「……あ、ハード付けっ放しだった……」


 頭が痛い。物理的に。

 内部にマットがあるとはいえ、ヘルメットを被ったまま寝るのは身体に悪い。


「やっちゃった……」


 おそらく、ゲームをしながら寝落ちしてしまったのだろう。携帯端末には花奏から、大量の消息確認メールが送られてきている。

 悪いことをしてしまったな、と思うと同時に、後で謝ればいっか、という楽観した考えが頭を巡る。


「学校の準備しなきゃ……」


 今日は月曜日。しかも夏休み明け。

 憂鬱な気持ちを理性で抑えながら、月花るなは睡魔に誘惑するマットレスから立ち上がった。



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