運気0とお茶会
「負けたぁぁぁ」
「勝ったぁぁぁ」
ぐったりとした声を出し、アヤメに用意してもらった席でうつ伏せになる二人の少女。
精神的な摩耗が二人を詰るように責める。
「お疲れ様でした、お二方。格好良かったですよ」
「そぉ? えへへ。そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
「だねぇ。てかジゼル。手加減くらいしてよ。アンタ、このゲームでは負けなしなんだから」
「カナデ相手にするわけないでしょ。したら負けるもん」
ふんす、と腕を組んで一人納得した表情のジゼル。
まぁ実際、いい試合をできたとは思うケド。
同調するようにカナデは「そだねぇ」と言って話を切る。
何かを考えるよりも、やはり疲れが優っている。今は楽しい会話よりも精神の回復を優先しよう。
ジゼルも同じ考えなのか、机の上でぐでぇと腕を投げ出して休んでいる。
アヤメはそんな二人を気遣うように、アイテムストレージから取り出したティーポットで、小さなティーカップにお茶を淹れる。
「本当にお疲れ様です。粗茶ですが、飲まれますか?」
「ありがとぉ……ていうか、このゲーム、こんなアイテムあったんだ」
「はい。アイテムショップの日替わりアイテム欄に」
「へぇ〜」
言いながらティーカップに口をつける。
お茶を口に含むと茶葉の芳醇な香りが口の中に広がり、渋味と旨味が軽やかに舌を叩き始める。しかし決して痛いとかそんな感情を抱くほどではない。暫く口の中で遊ばせていると仄かな甘味が渋味を除き、残った旨味と化学反応を起こし体にリラックス効果を与える味わいに――
「ほへぇ。うまぁ」
頭を休ませるためのお茶に対する長考の果てに、ジゼルの呑気な台詞と口から漏れる湯気を見て思考を停止する。
うん。考えるのめんどくさいから、美味い、だけでいいや。美味い。
「これ、茶葉の銘柄は?」
「さぁ、私にはわかりません。なんせブランドが一切書かれていませんでしたので。おそらくSFCオリジナルの味かと」
「はぁ……成る程ねぇ」
アヤメの答えに、ジゼルが反応する。そして納得したかと思うと再びぐでぇと倒れ込んだ。
「にしても……今の戦いすごいねぇ」
「ん〜? あぁ、まぁそりゃねぇ」
現在、配信画面には『ジェネシスvsカーバック』の蛍光文字が輝いていた。
ジェネシスはパワー型の『グランツ』というイタリア系男拳闘士キャラを使い、
カーバックはバランス型の『リョーネチカ』というロシア系男聖騎士を使っている。
ジゼルとの再戦を熱く望むジェネシスは例外として、初見堅物そうなカーバックまで参加するとは思わなかった。
やはりジゼルの影響力は、伝え聞くよりも遥かに破格なものだ。一度戦えば黄金の箔が付き、戦いを生で見れば自分も強くなったと思える優越感に浸れるという。
一種の麻薬のようなものと化してきている。
ユゥリンによると、市場に出回っていない戦闘データを競売にかければ低く見積もっても一千万を下らないというらしい。
カナデはアムル卍の隣で解説役を引き受けているユゥリンに目を向ける。
もしジゼルが強くなければ、アヤメとも、ジェネシスとも、ユゥリンとも会うことがなく、《ギガントレオ》というギルドは生まれず、こんなお祭り騒ぎの大会擬きも開かれていないだろう。
「ねぇ、カナデぇ……」
「ん〜?」
「次はアヤメと一戦やるんだけど、カナデはどうする〜?」
「え、なにそれ嫌味?」
堂々と仲間はずれというか、ハブり宣告を受けたわけだが。……このゲームにはチーム乱闘というシステムが実装されてないし、仕方ないか。
「ん〜……でも、そうねぇ……」
しかし、それならどうしよう。
時間を潰すにしてもやることがない。
「こんにちは。先程は楽しませてもらいました」
……と、考えていると茶髪ボブカットの少女プレイヤーが話しかけて来た。
「あ、チトセさんだ」
「ふふっ、こんにちはジゼルさん」
《女神たま信司隊》……もとい《信司連合》の頭首であるチトセだ。
チトセは今日のためにSFCを買ったのだとか。その理由というのが「ジゼルの戦いを生で見たい」という、良くも悪くも言い難いものであるのだが。
「どうしたんですか? カーバックさんを応援しなくてもいいんですか?」
「大丈夫です。彼は確かに強いですが、SFCというホームで戦っているジェネシスに勝てるほどのPSは持ち合わせていないので」
つまり応援しても無駄、ということだろうか。笑顔を浮かべながらとんでもないこと言うな、この聖女。
「お話に混ぜてもらっても?」
「いいですよ! 女子会しましょう女子会。アヤメ、チトセさんにも同じものをお願い!」
「承知しました」
「…………」
チトセは目を丸くする。
自分と死闘を繰り広げたくノ一が、こんなに従順に他人に従っているとは思わなかったからだろう。
確かに、これではくノ一ではなく小姓だ。薄々彼女に感じていた違和感があったのだが、おそらくこれが原因なのだろう。
「どうしました?」
「あ、ああ、いえ。……なんでも」
まぁ、複雑な気持ちだろう。心中お察しします。
「それより、カナデさん。何故このような企画を?」
「いや、企画なんてしてないよ。アタシとジゼルがSFCで遊ぶってなったら、それじゃあ《ギガントレオ》メンバーで集まろうって話になって、そしたらジェネシスが人を集めたってだけ。ただの突発的なお祭りだよ。」
「そうだね〜。やっぱりジェネシスなんて呼ぶんじゃなかった。なんでカメラに撮られながらゲームしなきゃいけないの……」
あがり症が何か言ってる。
でも、戦闘記録を残すこと自体は悪くない発想だと思う。ジゼルの頭の回転の速さは異常だ。普通に戦っているだけなら追いつかないほど。
だが前例がある、ということは選択肢があるという結論に結びつけられる。ジゼルに限った話ではないが、発想の天才が戦うことで常人の思考に選択肢の幅が増えるということでもあるのだ。
ジゼルみたいな天才を『道を拓く者』とするならば、アタシらみたいな常人は『道を広める者』となる。
その一方通行な相互関係を重視するなら、ジゼルという天才の戦闘動画は宝物のようなものだ。一千万の値が付けられるくらいだし。
「まぁまぁ……これ見て楽しむ人もいるらしいから……」
「悪魔だよ」
「いや悪魔て」
世界で最も注目された戦闘動画の出演者が何を言ってるんだ。あのアーカイブって確か三千万回再生を超えたんだっけ? いまの同時接続よりこっちの方がすごいでしょうが。
「ふふっ。お二人の掛け合いはテンポがいいですね」
「えぇ。互いが互いを分かり合っているからこそだと、私は思っています」
そんなんじゃない。
ジゼルの思考は読みやすいんだ、と反論しようとしたが、その回答は反論になっていないのではないかと口を閉じる。
「んんっ……とにかく、アタシが企画したわけじゃないから。か、勘違いしないでよねっ」
「なにそのツンデレ。キャラじゃないよカナデ」
「うるさいジゼルうるさい」
ジゼルは思わず、といった感じで真顔になる。
一応チトセさんと会うのは初めてだし、これを機に属性でも追加しようかと思った矢先、幼馴染のせいで上手くいかなかった。
くそぅ、ジゼルめぇ……
「そうですか……ところで。先程、我が同胞から迷宮に関する重要な手掛かりと思しきデータが送られてきまして」
「マジで!?」
迷宮に関する重要な手掛かりとな。
「これを見ていただければ」
言われて、茶会を開く《ギガントレオ》の面々は差し出された画像を覗き込んだ。
人海により、沈んだ正義。
母の愛にて、目を覚ます。
さすれば常なる悪は滅され、
正なる天秤は傾くであろう。
「なぁにこれ?」
「『常世の天理、傾きに如かず』というクエストで解放されるフィールドに刻まれた碑文らしいです。街で受けられる通常クエストでした」
「へぇ……って、通常クエスト? あれストーリークエストと関連するなんてことあんの?」
「実際起きていますので、これこのように。正義、天秤なんて単語を使われたら、連想せずにはいられないでしょう?」
「たしかに……」
ふむ、と考え込むカナデ。チラリとユゥリンを見るあたり、相当ジェネシスの戦いよりも考察に時間を注ぎ込みたいようだ。
「ジゼルとアヤメが戦ってる間にでも考えるかなぁ……そろそろ決着がつくみたいだよ、二人とも」
「え? あ、ほんとだ」
見るとジェネシスが瀕死のカーバックに突貫を仕掛けていた。仮にカーバックがこれを避けたとしても、すぐに次の攻撃が繰り出されて倒されるだろう。
「本当ですね。じゃあ準備をしましょうか」
「おっけ。じゃあカナデ、また後で」
「うん。あとでね」
立ち上がってアヤメと歩き出すジゼルを見送り、カナデはチトセに視線を向ける。
「……さて、話を続けようか、チトセさん」
「ええ。一組織のリーダー同士、仲良くしましょう」
互いに細められた目は笑っていない。
ここからは、如何に相手から情報を引き出せるかの情報戦だ。いくら協力体制とはいえ、二つ以上の組織が集う以上避けては通れない道。
この手の戦いが得意なユゥリンがいないのは心許ないが、もう片方のライバルである魔女がいないのは幸運と見るべきだ。
心構えを立て直して、カナデは再びチトセと向き合った。
❇︎このお祭りには『千貌化身団』のメンバーも参加しています。リィアンさんは別場所で動いているだけで、決してハブリではないです。




