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運気0の交渉

『全部任せる』


「えぇ……」


 その一文が返ってきてから、一体、どれだけの思考時間を必要としただろうか。

 少なくとも秒単位ではなかったはずだ。なんせ戦わせるために前線に派遣した戦士に、一切合切諸々含めた《千貌化身団ナイルラト》との会談を完全に任せるなど、あのカナデらしくもない。


 それとも、そこまで信頼してくれていると言う事なのだろうか。

 それなら嬉しい事この上ない。

 だが交渉などやったことがないジゼルには、外堀内堀両方を埋め立てられる自信しかない。


 リィアンさんに限って【最凶(ジゼル)】の所属するギルド相手に、不利な条件を突きつけるようなことはしないだろう。

 しかしそれでも一つのギルドの長だ。絶対にないとは言い切れない。


 もしこれで『ギガントレオ』に不利な条件になりでもしたら、とてもではないが目を当てられないだろう。

 そういう意味では、ジゼルの心内では張り詰めた緊張感が、永久凍土のように凍りついていた。


「……。」

「ジゼルちゃん?」

「……あぁ、えっと、取り敢えず……」


 歯切れの悪いジゼルの返事に、リィアンは小首を傾げる。


「『任せる』って、来たので……お話しましょうか」


 姿勢を正して座り直す。

 自分が始めないことには、何も始まらないと言う考えを持ちつつ、しかし相手のペースに呑まれないように気を持ち直す。


「信頼されているのね」

「ふふっ、ありがとうございます!」


 ジゼルは本心からの笑みを浮かべた。


 うん。やっぱりこの人の前では作り笑いは無理だ。どうしても憧れの人であるせいかフィルターが掛かってしまい、リィアンの前で笑みを作れない。


「それで、結局あなたはどうしたいの?」

「わたしとしては、さっきも言った通り、《千貌化身団》と協力がしたいです。けど、これ以上このフィールドで戦闘するのはやめてほしいって言う、一般プレイヤーとしての願いもあるんです。だから、どうしようかと」

「なるほど。けど、あなたは《千貌化身団(わたしたち)》と協力したいのよね?」


 リィアンが押しが強くなる。


「利害が一致するのであれば、ですけど」

「なら問題はないわ。私たち《千貌化身団》の目的は、あくまでもストーリーの攻略。でなくとも来る『ギルド戦』までの戦力増強よ。後者に貴女達が関われる要素はないし、前者に関しては貴女達と攻略することが効率化を図れると踏んでいる……まぁ、野生のボスに負けたみたいですけど?」

「うっ……悔しかったです」


 ションボリと項垂れるジゼルに、リィアンはしてやったりと笑みを浮かべる。

 と言うか、何処からその情報が漏れたんだ。《ギガントレオ》内ではトップシークレットだったはず。


「……まぁ、この話を知ってるなら早いです。私たちは乙女座ヴァルゴ天秤座リベラのボスと戦い、ある程度の情報を持っています。それがわたし達が同盟するにあたり出せる情報のひとつです」

「情報のひとつ……と言うと、他にもあるのよね?」

「はい。……まぁ、これに関してはウチのギルドが有している情報の中でも、かなりの厄ネタらしいので。あまり教えられるようなものでもないんですけど……いいですか?」


 いつになく真剣な眼差し。

 知ったら地獄の底まで供をしてもらうぞ、とでも言うかのような狂気に満ちた瞳だ。

 戦場に出る兵士のような、女の子がするべき顔ではない。


「ええ。いいわよ。そっちの方が面白そうだしね」

「ふふふ。ありがとうございます」


 にやけそうになる顔を手で隠しながら笑う。


「それじゃあ我々から出せるのは人員かしらね。他に必要なものある?」

「うーん……あ、じゃあ消費アイテムの調達をお願い出来ませんか?」

「消費アイテム? そんなに大量に必要なの?」

「……いえ、回復アイテムではなく……欲しいのは――――」


 その後の言葉に、リィアンは未知との遭遇をしたような目でジゼルを見た。



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