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正義と悪

 正義とは加虐性の塊だ。


 戦争なんかでもそうだろう。

 自分の正義を振り翳し、相手の正義を撃滅せんため、敵を絶対悪と決めつけて蹂躙する。そうして手に入れた物を絶対正義として飾り付ける。


 正義とは、見方を変えればそれは悪だ。

 自分たちが生き残るために敵を殺し、一般化された正義を盾にして悪を殲滅する。そして自分たちの正義を一般化し、世間への同一化を図る。


 人を一人殺せば殺人。

 人を百人殺せば英雄。

 そんなのは、甘い蜜を吸える世界で生きている人間が、初めて人を殺した時の妄言でしかない。


 だって、どんなに人を殺しても、それは人を殺したと言う事実から目を逸らしたいだけの連続殺人鬼なのだから。百人も殺せば、日本では確実に死刑判決なのだから。


 当然だろう。百人も殺したのだから。


 ならば、正義の女神とはなんなのか。

 ギガントレオの首脳陣はこう考える。


 正義とは各個人によって変わり、人によっては正反対のモノを背負い込んでいることがある。その背負いこんでいるものこそ、正義なのではないかと。


 ギリシアには竈門を護る女神がいると言う。

 彼女は世間で『竈門の女神(ヘスティア)』として愛され、敬われている。ならばこれと同じ理屈で語るなら、正義の女神とは、背負いこんだ正義を護る女神なのではないか。


 あるいは、背負いこんだ正義を少しでも軽くするための、手伝いをするためのバックパッカーなのではないだろうか。


 ならばZDO内でこれをボスとして使っていると言うことは、運営から世間に対する『正義』のアンチテーゼとしての役割が与えられているのではないか。


 ならば、あの正義の女神とは加虐性と暴力性を兼ね備えた、慈悲なき天秤の聖人なのではないか。


 ここまでがギガントレオが出した解答だ。




 そしてここからが、ギガントレオ一番の知恵者、ユーリンが導き出した一つの解答例だ。



 正義とは基本的な臆病なのだと言う。

 正義とは個人のものであり、個人と言うことは二つ以上あるわけかない。それを失わないために臆病に、意地汚く立ち回り、絶対的な力を手に入れれば容赦なく使う。


 己を最たるものにするために手段は選ばず、己を唯一のものにする。それが正義だと言う。


 それだけ聞けば悪よりもロクでもない物なのだが、しかし正義とは、言ってみれば敵側にとっての悪なのだ。ロクでもないのは仕方のないことだろう。


 となれば話は簡単だ。


 アストライアが司っている物を『背負い込んだ正義』と仮定して、それを護るために存在している女神となれば、あのような殺戮兵器じみた歪な行動を取ることも説明がつく。

 そもそも正義を語っているのに、躊躇なく人を殺しに来ていると言う時点でお察しなのだ。


「――つまり、あのアストライアは伝説上に描かれた後の、後日談みたいな存在なわけよね」

「はい。アストライア自体、ギリシア神話には登場する頻度の少ない存在ですので、運営が表面的に見たアストライア、と言う事では間違いなさそうですね。となると、ローマ神話のユースティティアとは繋がりが薄そうです」

「同一視されてるのに不思議だね」

「まぁ神話を扱う作品ではありがちですけどね。サタンとルシファーを別のものとして扱うとか、ザラにありますから」


 そう言ってユーリンは吐息をこぼす。

 正直な話をすると、こんな皮肉めいた感想を持ちたくはなかった。一般常識内での正義とは、やはり善いものであるから。当然、ユーリンもカナデも、正義に対しては悪いものを抱いていない。


 しかしこのゲームでは違う。

 正義という名の蛮行が、当の正義の女神の手によって行われている。正義の女神当人が、正義の意味を履き違えているのだ。


 これを由々しき事態と言わずして、何と言うのか。


「……まぁ、勝てば官軍精神は理解できるけどね」


 かつてEEDで行った行為の数々を思い出し、カナデは痒くもない頭を掻いた。


「そろそろかな」

「はい。ジゼルさんが指定した時間まで、あと5分弱ってところですね」

「アヤメさんからも『信司隊』のリーダーを連れてくって連絡があったし、なんか凄いことになりそうだなぁ」

「ギルドの方針を鑑みると、あまり事を荒立てたくないんですけどね」

「水面下で動かなきゃいけないのにね。水面下をクロールで泳いで、思いっきり水飛沫みずしぶき立ててる気分だよ」

「……」


 もっともな例えを出したカナデに対し、ユーリンは苦笑するだけで何も言わなかった。

 もともとジゼル、カナデ、アヤメの三人と、ジェネシス、ユーリンの二人は契約上の関係性だ。同じギルドに所属しているとは言え、仲間意識というものはかなり薄い。言うなればこの三人は、ギルドの枠組みの数合わせに埋め込まれた凄腕の傭兵みたいなものなのだ。


 しかし凄腕の傭兵だからこそ、敵に回してはいけないと言う事である。いつ敵側に寝返られるかわからない。此方に楔を繋ぎ止めておかなければならないのだ。


「――ただいまー!」

「あっ、ジゼルだ」


 ギルドホームに愛らしい少女の声が響く。

 すぐさま誰の声か気付いたカナデは、「さすが。早い」と言って椅子から立ち上がり、てぱたぱたと音を立てて玄関の方へと向かって行った。


「おかえりジゼル。で、そっちの人が――」

「ただいまカナデ。うん、そうだよ。この人が」

「初めまして、『ギガントレオ』のリーダーさん」


 魔女帽子の中に赤髪を隠した魔女が、嫋やかな素振りで、黒い服をドレスコードに見立て、裾を摘んで礼をした。

 まるで何処のお嬢様だと言いたくなるほど、欧米風の礼儀を弁えた素振りは本物の貴族階級の人みたいだ。


「私はリィアン。『百貌化身団ナイルラト』のリーダーです。同じ女リーダー同士、よろしくね」


 

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