謙抑の聖女と不遜の忍
「【ホーリーライト】!」
「うわっ、眩しっ!」
静寂の支配する森の中に一つ、大きな光が解き放たれる。
それはまるで乱行に及んでいるかのような、あまりにもガサツな光を乱反射するものだから、アヤメは思わず目を隠してしまう。
アヤメと修道女……チトセの戦いは未だ、ジェネシスと金髪剣士の戦いが終わってもなお続いていた。
というのも互いが互いの戦闘法に対して、かなりやりづらさを感じているのである。
アヤメの戦い方は、近距離と中距離を行き来して錯乱させ、混乱している間に首を狩る方法だ。しかしチトセの戦い方はと言うと、面倒なことに遠距離オンリーなのだ。
「【光芒】」
例えば【光芒】で突貫したとしよう。
その場合、アヤメが取るべき動作はチトセへの攻撃一択だ。そうすればチトセは何をするか。
「【アースウォール】」
大地から隆起した土壁が、アヤメの突貫からチトセを護る。そう。防御するのだ。回避でもなく防御。しかも自分の力を一切必要としない魔法での防御。
その間にチトセは、彼女の握りしめる魔法杖でアヤメを叩く。
「――ふッ!」
「……チッ!」
チトセは意地でもアヤメを引き離すのだ。
彼女の主戦場は遠距離にある。
遠距離であるからには、敵から離れて戦わなければならない。チトセはその対策を講じており、全ての武器に強力なノックバックを付与している。そしてノックバックしたかと思うと、追撃で魔法を叩き込んでくる。
(やはり近距離戦は無理ですか)
厄介極まりない。
アヤメの抱いた思いは、まさしくそれだ。魔法は簡単に見切れるとは言え、攻めの一手にたどり着けない以上、容易にチトセの攻撃を掻い潜ることは出来ない。
「さて、どうしたものですかねぇ……」
「【ルートチェーン】【ウォーターバレット】【サンダーアーツ】」
「……と言うか、今更ですが。修道女のくせに回復役じゃなくて魔法使いなんですね」
流石にこれは予想外……、とアヤメは彼女を観察する思考を辞退する。
彼女の攻撃は論理的に崩すのではなく、本能的に攻撃を仕掛けた方が良いのかもしれない。しかし本能的に攻撃したとして、失敗したとしたらどうしようか。
「はぁ……」
時間制限はない。
HPにも余裕がある。
焦る必要はない。
だと言うのに――
(なんなんですか、この不快感は……)
ツーッ、と。
冷や汗が頬を伝う。
心に、余裕が足りない。
体に、傲慢が足りない。
なれば。どうするか。
そんなの――
(――散々あの人に教え込まれたでしょう!)
口を開かず、にっと笑う。
ニヒルに、不敵に笑ったアヤメを見て、チトセは警戒度を上げる。
何かが来る。そう読んだのだろう。
事実、刀に手を番える美しいその様は、歴戦の戦士のそれだ。
無駄のない。しかし彼女の思惑が掴めない太刀筋を見るに、アヤメの戦闘技術はかなりのもの。であれば、警戒するに越したことはない。
「我流抜刀術『彩芽漆色』――参る!」
チトセは隙を作らず残った時間を余さずに、全てを攻撃魔法へと転換させて攻撃を仕掛ける。
しかし、アヤメには意味を為さなかった。
「壱色『緋』」
シュパッ、と鞘から解き放った刀を、投げた。
剣を、投げた。
剣士の――否、剣を扱う者にとっての魂である剣を投げた。
まるでクナイのように空を切って宙を舞う刀は、切先をチトセに向けて飛翔する、
その行動だけでチトセは愕然と動きを止める。目を見開いて、二度見するかのように思考が停止する。
「弐色『蒼』」
両足に力を込めて、爆発するかのようなスタートを切る。
超高速移動。物理法則を完全に無視した、立体機動にも匹敵する超絶加速を持った移動法。
蜻蛉の飛行を真似しているのか、左右への移動を加味されて、動きの全てを初見で見切るのは厳しい。
何故なら、ジゼルでさえも混乱したほどなのだから。
「参色『黄』」
投げた刀に追い付いたアヤメは、愛刀の柄を握りしめる。
チトセとの距離は縮められた。
突けば当たる距離。
アヤメの間合い。刀の射程範囲。
実質的な――無間。
それを理解しているのか、アヤメが突きつける剣の切先にははっきりとした、明確な殺意が乗せられている。
まるで『死』を擬人化したような、鋭い一太刀がチトセ向けて放たれる。
「この……!」
しかしチトセも、仮初であれ今生の命を無為にするわけにはいかない。
ノックバックの乗った魔杖でカウンターを切り込もうとして――
「肆色『碧』」
既の所で躱す。
『蒼』の時の要領で、右下へとズレた身体を逸らして右上段斬り。
チトセの死角へと入り込んだアヤメは、鬼迫の込もった咆哮とともにチトセへと斬りかかる。
しかしチトセは【アースウォール】を張っている。チトセに当てることは不可能だ。それにチトセが気を取られ――
「伍色『紫』」
――しかし、それもブラフ。
本命はこっちだと言わんばかりの圧力が、チトセに滝の如く襲いかかった。
しかしチトセの目の前にはアヤメが一人。まさか違う方向から聞こえたとなれば、チトセの脳内処理速度は断然に落ちる。
チトセの目はそのアヤメに向き……
「陸色『黒』」
そのアヤメとはまた違った方向から、アヤメの声がした。
――なんで、3人!?
チトセは思い出す。
第二回イベント。総当たり戦形式のイベントで、この女はジゼルと戦った時に、切り札の一つを晒していた。
『春雷』と共に使われていたスキルの名は――
『陽炎』。
自らの分身を作り出し、敵を撹乱させるだけのスキルだったはずだ。
『陽炎』は全て影であるが故に、放つ攻撃は当たらない。否、当てられない。全ての攻撃は影であるが故に、実数空間で行われる行動には害を及ぼさない。
考えてみればこの解答こそが、最初から導き出されていた答えなのかもしれない。
普通の人間であるならば、残像を残すほど早く移動していたとしても、個人一人の周りをたった2秒程度で一周することは不可能。それを成し遂げたアヤメは、もはや人間ではないことになる。
しかし何処までも彼女は人間だ。
「いつから七つ目の攻撃が――七回目だと錯覚していた?」
あの化け物とは違うのだ。
であれば、彼女に人外の行動は不可能。
本体である彼女は最初から、
剣を投げていないし、
人外の動きもしていない。
そもそも一歩も動いていない。
チトセの見ていた行動なんざ、一回もしていない。
「『緋』からですよね。知ってます」
不敵な笑みを浮かべる。
いかにもツラそうな顔で、冷や汗をダラダラと掻きながら。
アヤメはなおも、笑っている。
「私は最初に言いましたよ――抜刀術ってね」
行動の全てが嘘。
いや、アヤメは嘘など吐いていない。
六段目までの行動全ては、この七段目を確実に当てるための布石。
このアヤメが溜めこんだ攻撃こそ、アヤメが放つ最大の攻撃。
神も因果も運命すらも欺く、ただ一条の一閃。
「終いです――零色『白』」
白刃の煌きがチトセの視界を占める。
それはアヤメの放つ刀の煌きか。
傲慢にも輝く贋作の陽光か。
あるいは――




