運気0の一騎打ち
「……さぁて、次の相手は誰かな?」
爆発跡から這い出てくるように立ち上がったジゼルは、肩の埃を落としながら周囲の状況を確認する。
(魔法使いが4人、弓使いが2人、斧使いが3人、ってところかな……? 隠密職さえいなければ、大体こんなところか)
しかし隠密職であるならもう片方の陣営に張り込みをして、あるいは、諜報をしているはずだ。もしかしたら此方側にも、もう片方のギルドの隠密職が来ているかもしれない。油断した隙の寝首を掻かれなければそれでもいいが……
(厄介なのはギルマスらしき人がいないところだよね。……あーあ、面倒くさいなぁ)
ジゼルの役割はギルド《千貌化身団》の掃討だ。決して壊滅ではない。協力できるのであれば、話し合いを通して協力して行こうというのが小規模ギルドである『ギガントレオ』のスタンスである。それをジゼルが崩すわけにもいかないのだ。
少しばかり暴れすぎたせいで、警戒心が表情に露わになっている。これでは話し合いも何もない。
ジゼルが悩み困りあぐねていると、《千貌化身団》陣営のテントからのっそりと出て来た。
「おい、何をやっている?」
「……うん?」
「ミカヅキさん! 危険です! 下がってください!」
ミカヅキと呼ばれた巨漢が、頭ひとつ分ほど低いプレイヤーから忠告を受ける。
「あ? なんだ、お前ら、魔法使い一人相手に手こずってんのか?……って、おいおい、オメェ【最凶】のジゼルじゃねえかよ!? まさか、あのふざけた名前のギルドに入ったのか!?」
「ふざけた名前のギルド……?」
「ふざけてるだろあのギルドネームは! しかも新興だってのに精鋭プレイヤーを多く引き摺り込みやがって! テメェみたいなバケモンを奇襲に使うくらいなんだから、ギルマスの質の高が知れて――」
「――おい」
女性が出しているとは思えない、ドスの効いた低い声が、ジゼルを中心に拡散される。笑っていたミカヅキが肩を震わせてジゼルを見ると、今まではただの赤だったはずの瞳孔が紅蓮に染まり、ジゼルの顔には感情が排された『無』が占めていた。
「どれだけわたしのギルドを馬鹿にすれば気が済むの? たしかにわたしのギルドは新興で精鋭ばかりだし、ギルドネームもあの脳筋が考えたふざけた名前だとは思うよ。けどさ、」
どんどんと目が赤くなっていく。まるでアバターが悲鳴をあげるように、ジゼルの体から湯気のようなモヤが上り始める。
しかしジゼルはまるで臆することなく、それが普通のことであるかのように気にしない。蒸気機関のようにほわほわと立ち上る湯気を見て、ようやくミカヅキは自分が何をしたのかを思い出す。
「――うちのギルマスが、高が知れてる、だって?」
――災獣の逆鱗に触れた。
「……あっ、や、怒らせたんなら悪いがな。戦争仕掛けてきてる奴ら相手に、そんな遠慮はいらねえだろ?」
そのミカヅキの声を聞いて、ジゼルは怒りを霧散させ――ることもなく、赤い瞳は尚も赤くなり続け、ドス黒い色にまで変色させていた。
「フーーッ!」
「おいおい、ついに獣っぽくなったんだけど!? なんだよアイツ、理性のタガ外れちまったのか!?」
「どうすんるんですかミカヅキさん! ジゼル相手じゃ俺たちは相手になりませんよ!?」
「ちっ、しゃあねえ。俺がやる。お前たちは下がってろ」
残っていたプレイヤーたちに指示を出して、ミカヅキは他プレイヤーよりも一歩前へと出て、声高々に名乗りをあげる。
「俺はミカヅキ。《千貌化身団》の副団長だ。覚悟しとけよサイコパ」
「――シィッ!」
ズゥゥン、と地面が揺れる。震源はミカヅキの背後、《千貌化身団》の魔法使いが、風魔法によって吹き飛ばされていた。
「……おいおい、そりゃあねえだろ」
さしものミカヅキも呆然とする。なんせ、気が付けば背後の地面が抉れていたのだから。
まさか一瞬見なかっただけで仲間を失うとは思っていなかったからか、ミカヅキは瞳孔を開いてジゼルを見る。ふつふつと腹の底から湧き上がる感情は、怒りかそれとも喪失感か。それすらもわからない程度に、ミカヅキは状況整理のために頭を回転させた。
故に、ジゼルの対処に遅れた。
「――其は引導を渡す力」
――詠唱、開始。
目を閉じてイメージを膨らませるジゼルのアバターから吹き出す、緑褐色の鈍い魔力光が、ミカヅキを威嚇するように吹き荒れる。
「数多の逆境を覆す勝馬」
ジゼルの得意武器は剣であるが、その実、本領は魔法にある。
初期ステータスは『魔法使い』でINTに大きく振り分けられており、剣を振って斬りかかるよりも、高火力の魔法で掃討した方が、実は正しい戦い方だったりする。
ようやく状況を呑み込めたミカヅキが、ジゼルを止めるために動き出す。
「……っにゃろう、ここで中級魔法ぶっ放すつもりか!? させるかよ!」
不穏な雰囲気を感じ取ったミカヅキが、自身の得物である両手剣を携えて、緑の魔力光を放つジゼルへと突貫を掛ける。
「――なれば」
ジゼルはミカヅキの姿を捉えるため目を開く。その男は目と鼻の距離で両手剣を振り回す直前だった。斬られるジゼルに逃げ道はない。逃げる間もない。
「勝利の女神の微笑とともに」
――しかし。
同時にそれは、ミカヅキも同様だった。
「憎き敵陣を駆け巡れ!」
足元に広がり光る召喚陣。広大な草原の大地は神秘に呼応する地響きに揺れる。まるで春の大地に咲き誇る花のように、魔法陣という名の蕾が開く。
「【トロイアンホース】」
――ミカヅキの腹に、ジゼルの拳が減り込んだ。




