運気0の作戦開始
とあるプレイヤーが光らせた鈍い白刃が、相対するプレイヤーの腹を両断した。
「ゼァアアア!」と掛け声にも似た叫声を上げて、プレイヤーの腹を赤色に裂きながら、そのままの勢いを余して次の敵へと突貫を掛けている。
まるで戦争だな……。場慣れしているはずのジェネシスも、そう思ってしまった。
ギルド対抗の小戦争とは、一対一のタイマン勝負を5回ほど行い、先に3勝したギルドの勝ちとなるのが常道だ。しかし今のこの状況を見る限り、見つけた敵を次々と倒しに行っているようにしか見えない。
東側に陣を敷いているギルドのプレイヤーが、西側に陣を敷いているギルドを圧倒しているように見えるが、ちょこちょこと戦場とは違う場所に西側のプレイヤーが見えるあたり、気を窺っているようにしか見えない。
正々堂々と戦いを仕掛けている東側と、奇襲できるタイミングを見ている西側の戦いは、未だ勝敗をつけることなく続いていた。
「こりゃァ、なかなかに混沌を極めてンな」
「ですね。小戦争の受理も為されていないところを見る以上、マナー違反もいいところです」
通常、このZDOではプレイヤーキルは好まれない。経験値稼ぎは出来ないし、モンスターのように恒常化した動きもしない。それで何が得られるかと問われれば、おそらく「経験とペナルティ」と言われるのが精々だろう。
究極を言えば、この世界でPKを行うのは社会不適合者だ。利益なんて見出さず、ただ戦いたいと言う欲望に従って戦闘を仕掛けているのだ。でないとここまで平和な世界にはならないだろう。
「……なぁ女忍者。何処のギルドかわかるか?」
「……さぁ、私は詳しくはありませんので。しかし、エンブレムを見ることなら……」
アヤメは目を細めて視覚補正スキルを発動する。すると視覚情報が圧縮されていき、視認できる範囲が伸ばされていく。
軽装でいかにも斥候役のプレイヤーが付けていたのは蛸のようなナニかが描かれた黒光りの激しい漆黒のエンブレムだ。おそらくあれが現ZDOに存在するギルドの中でも随一の構成員数を誇る《千貌化身団》だろう。
そのプレイヤーと剣戟を交わしているプレイヤーの付けたエンブレムは、翼の生えた女の子が描かれている。ある種の神聖ささえ感じさせる白磁の《女神たま信司隊》だろうか。
後者に関しては巫山戯たネーミングセンスで、巫山戯たプレイヤーしか所属していないイメージがあるが、どちらのギルドもトッププレイヤーの所属する先鋭だ。ジェネシスとアヤメが突貫しても質と数の暴力にやられて終わることは目に見えている。
「数の暴力だけだったら無双ゲーで終わりなんだがなぁ……」
「無双ですか……苦手ですねぇ……」
アヤメはうぇと目を窄めて言った。アヤメのスキル構成、そしてプレイスタイルは暗躍することに特化した対人戦用だ。多対一を得意とせず、三人を道連れに出来る程度のものだ。
三人討ち取れるだけでも大戦果なのだが、後々他のメンバー……この場合はジェネシスに迷惑をかけてしまうことには違いないだろう。
「そうかァ……? ……ん?」
一つ、メールが届いたのを確認した。発信者はユーリン。『暮れにカチコミします』とだけしか書かれていないのだが、おそらくこれだけでわかる内容も、そうそうないだろうとジェネシスは思う。
「オイ忍者女、これ見てみろ」
「はい?……はい?」
二大ギルドの観察をしていたアヤメはジェネシスに邪魔されたことで眉間に皺を寄せて、メールを読んでさらに皺を寄せた。
「ちょっと待ってください。これってもしかして、いやもしかしなくても……」
「ウチの団長サマが考案したんだろうな。ジゼルはアホだし、ユーリンはこんな無謀は考えもしねェ」
「でしょうね……我が主は困った御方ですが、その親友であるカナデ殿にも困ったものです」
「難儀だなァ……」
クスッと笑ったアヤメに同情するように、ジェネシスは刃を剥き出しながら苦笑する。
「……じゃあ、配置につくかァ」
「はい。――暮れということは、目標は明らかにあちら側ですよね?」
「かもなァ。……やれやれ、何を考えているのやら」
苦労人二人は、無謀なプレイヤー達の無謀な作戦に、重い息を吐き出した。




