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運気0の努力の程度

「うぅ……頑張ってきたのにぃ……。なんでぇ……」

「なんでじゃないわよ! なんで泥と毛まみれになるまでやるの!? もうちょっと女子としてのプライドを持ちなさい!」

「ぐぅ……でもクソ乱数の中で、完成にこぎつけたのは褒められ然るべき」

「だから体にこびりついた毛を取れば、それだけでアイテムになるんだってば!」


 そんなこと知らないもん。この小さい毛先一つが、数十本の毛束になるだなんて考えつかないもん。

 ただ純粋に狼を倒してドロップアイテムを剥いで、偶に接近してくる狼を斬り伏せて、楽しい楽しいヒット&アウェイを繰り返してただけだもん。


 そもそもこの世界での『汚れ』というものは、体的グラフィックに由来する、ただの『絵』だ。それでホームが汚れるわけでもないし、アイテムに変わるなんて仕様があるなんて……



 怒られる謂れなくない?


「どうすんのよこの毛山……十数人分は出来てるんじゃない?」

「……それはごめん」


 天まで届く毛束の山。ホームの前に慄然と立つ、恐ろしい数の毛束を集め積んだふわふわの摩天楼バベルを見上げて、カナデはため息を吐き出した。

 まさかこんなに集まっているとは思わなかったし、予()外というよりか予()外だ。普通にドロップした毛束の数は一人分。それを集めるだけで十数人分の毛束が集まってしまった。


 正直なところ、やりすぎた感がある。というよりやりすぎた。こんなに集める必要はないし、需要もなければ供給もない。ただの自己満足で完結してしまう無駄なプレイ時間だ。


()()やっちゃった……危なかったぁ……」

「そうね。()()ゲームを壊し始めたわね……」


 昔、とある周回ゲーで、同じようなことをしてしまった記憶がある。


 牧場シミュレーション型MMOゲーム『オープンファーム』。

家畜を増やし、牧場を広げれば広がるだけゲーム内通貨の溜まる速度が早くなる、いかにも非現実的な周回要素のある、ゆったりのんびりとしたゲームだ。


 牛、豚、ニワトリ、馬と言ったメジャーな家畜から、リャマ、アルパカ、蜜蜂と言ったマイナーな家畜まで育てられることから非常に人気の高いゲームだったのだが、それは一年と経たずにサーバーごと閉鎖する事態に陥ってしまった。


 ――それは、一人の少女の純粋な思いによって引き起こされた事件だったのだ。


 家畜を増やすほど効率が良くなると知った少女(ジゼル)の手によって、生産コストの低い牛を増やしすぎたせいで、サーバーが耐えきれずダウン。翌日には復旧したのだが、ジゼルが開くと同時に大量の牛も復活して、すぐに鯖落ちさせてしまった。


 無論、鯖落ちさせるほどの数まで増やす必要はない。数十頭程度に増やした家畜を、容量過多な草原に放牧していればよかったのだ。


 それからというもの、牛の顔がリャマになったり、光の速さで歩く豚が現れたり、鶏が空を飛んだり……『オープンファーム』内で多くのバグが生じるようになった。最悪の場合、家畜の数が急激に減っていくのだから世話がない。

当然、バグの対応に追われた運営は疲弊。徐々にバグの発生が対応の速度を上回っていき……


 ――VR牧場シミュレーションゲーム『オープンファーム』。20××年◯月△日に閉鎖を発表。




 その一文とともにサービスを終了してしまった。


 つまりジゼルは一つのゲームをクソゲー化させ、一つの効率を求めるが故に世界を破壊してしまったのだ。所業だけ見れば魔王そのもの。善人殺しの悪魔(サタン)みたいなものだ。



「反省、したはずなのになぁ……」

「反省しても性格とプレイスタイルは変わらないでしょ……まったく……」


 効率を求めすぎた結果、世界が崩壊するとなれば本末転倒だ。このZDOに世界崩壊の危機が訪れるとは思えないが、万が一ということもある。リアルラックゼロのジゼルに巻き込まれるという場合も然りだ。

少なくとも『オープンファーム』はそうやって歴史の闇へと葬り去られていった。


「取り敢えずアヤメ達が先行部隊から帰ってきてから方針固めるから……この山、なんとかしといて」

「……はーい」


 アイテムボックスを整理するために出したはずが、何故かホーム前を散らかす羽目になってしまったことを後悔し、ジゼルはテキパキと必要数の毛束をボックスに収納した。

 残りの毛山はどうしようか……。換金ができるかわからないし、できてもそもそもの需要が少ないから安価で買い取られるだろうし……


(…………燃やすか)


「【ファイアボール】」


 点火。

 摩天楼の麓に火をつけると、上へ横へと燃え広がっていく。とてもじゃないが目の痛くなる光景だ。どうしてか眦に水滴が溜まっていく。

 轟々と立ち昇る炎と黒煙を見上げながら、何か大切な物を忘れてしまっているかのような喪失感に襲われ、ふつふつと鳥肌が立つような感覚が二の腕を襲った。


「さようなら……わたしの努力の結晶……」

「……アンタ何やってんの? 早く入りなさい。ドア閉めるわよ」

「はーい」


 胸に鈍く疼く切ない気持ちに苛まれながら、カナデに言われてホームの中へと足を踏み入れる。



 ふと、頬に涙が伝った。

 パッと右手で頬に触れて確認するが、しかし濡れている箇所なんて少しもない。……おかしい。泣いてなんかいないはずなのに。



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