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運気0の感慨

「――さむい!」


 叫びにも似た大声を上げ、同時に狼の体に炎を灯す。それだけで体が暖かくなっていくような気がした。


 ――街郊外から北東に外れた『晦冥かいめい大森林だいしんりん』。

 普段から暗いマップであるためか、比較的にモンスターの湧きやすい構造になっている。そのため一部プレイヤーからは効率の良い修練場として重宝されている。


 重宝しているプレイヤーの中にはジゼルも入っており、今もこうしてデッドリーウルフを狩って経験値を稼いでいる、


 この森の空気は冷たい。肌に鋭く固い風が当たり、刹那の内に悴んでしまうような感覚が脳裏に過ぎる。電脳体であるアバターではそんなことはないことはわかっている。しかしそれ以上に寒い。さむぃ……


 しかしこれが冬場ではないことが唯一有難いことだ。なんせこのゲームの気候は現実の季節と深くリンクしている。となれば寒さで動きにくい体が、冬になったら動かなくなってしまう可能性もあるわけだ。


 ならもっと暖かい重装備で来いよと言われるかもしれないけれど、動きやすさ重視の装備にするなら軽装が一番なわけだ。けどもっと暖かい装備で来れば良かったかなぁ、なんて思ってない。思ってない。


 …………思ってない!


「【バーンコート】!」


 火属性の中級魔法【バーンコート】。その名の通り炎がコートのように狼を包んで、火達磨にする勢いで焼死に陥れた。


 かなりエゲツない光景だったが――真の恐ろしさはこんなところで留まらない。


 幸が不幸か、死にきれなかったデッドリーウルフの一匹が、キャンキャンと喚き立てて燃える体を冷やすように走り回る。すると共に群れをなす仲間を見つけ、一目散に救済を求めて駆け寄った。


 炎を伝播されそうになったデッドリーウルフは、燃える同胞から蜘蛛の子を散らすように逃げようとする。――けどそれも一歩遅かったようだ。


 パーンッ! と炎が弾けて火の粉が()()()()()。少しずつ火が広がっていく様は、さながら花火のようだ。飛び散った火の粉はデッドリーウルフの灰色の毛先に燃え移り、幾つもの火達磨を錬成する。


「ふっ……ふふふ……! もふもふカイロになりなさい!」


 この森の環境的効果の一つ『乾燥した空気のため火属性の効果は1.5倍』のお陰で、オオカミたちのHPは毒に侵されるかのようにゴリゴリと削られていき、綺麗なポリゴンへと変わり果てていく。


 十数の焼死体がポリゴンに変わる様を見たジゼルは、心なしか嬉しそうでもあった。

 実は短毛長毛関係なく、倒したモンスターからドロップする()というのは編んで使える物が多い。例えば手袋に加工出来たりマフラーに出来たり。


 今は秋に合わせた気候だから良いものの、冬になって寒くなるとかなり肌が悴んで危険なため、防寒装備の素材を調達していた。


「ドロップアイテムは……灰色の毛束が1個。……い、1個ぉ? 少なぁ……」


 別にモンスターの毛束のドロップ率が低いわけではない。むしろ3分の2とかなり高い方だ。だというのに低いリアルラックをゲーム内に反映させているジゼルは、コツコツと集めていくしか無かったのだ。


「ふぅ……。にしても、女神か……」


 アイテム回収を片手間で終わらせて、出来てしまった暇を女神の考察へと使うことにした。


 ジゼルは神様なる存在が嫌いだ。暮らすのに割と大切な運気を、枯渇するまで根こそぎ持っていきやがった、いるかどうかも疑わしい超常存在が嫌いだ。


 お陰で毎日が戦場だ。飛行生物兵器(カラスやハト)からの空襲(フン)にも気をつけないとならないし、道端に仕掛けられている小石(じらい)の撤去作業をしなければならない。夏の火遊びなんて厳禁だ。


 青春? 戦争の間違いだろう? 

 この独特の価値観が生まれてしまった日には、自分の周りが異常だということに気付いて、ベッドの中で涙したものだ。


 日々精神を研ぎ澄ませて暮らしている内に反射神経も良くなって、某格ゲーで何故か最強と呼ばれるまでになってしまった。


 この強さのおかげでアヤメさんやジェネシス、ユーリンたちに会うことが出来たのかもしれないけれど、それはわたしの努力があってこその話だ。運気なんてまったく関係ない。


 ……この強さのせいで、カナデやアヤメを()()()()()()してしまったのだから……


「……やめやめ。戦闘中に余計なことは考えない!」


 パンっ! と乾いた音を立て両頬を叩く。

 第二回イベントの時に無駄に上げたSTRのせいで、頬が真っ赤に染まってジンジンとした痛みが残るが、それは煩悩の罰ということで我慢する。


 すると一匹の経験値オオカミ(デッドリーウルフ)が草むらから出てきた。ということはまだまだいるのだろう。稼ぎ時だ。


「せっかくだし使うか……」


 狼に肉薄すると同時に、鞘から剣を抜き放つ!

 ズサッと乾いた地面を踏み締める音。その音が聞こえると同時に、抜き放った剣は鞘へと戻っていく。


「ポーンって飛んでくの面白いな」


 流血もせず、ぐったりとした顔にもならず、最後にはポリゴンとなってリアリティがないから面白い。本当にグロいと流石に面白くないよね。こういうのはゲームだから面白いのだ。


 同胞が殺されたことでわらわらと出てくる十数匹の灰色ワンちゃん。グルルと唸って威嚇してくるが、今のジゼルには怖くない。


「かかってこいよワンちゃん……ぇ落とせぇぇえええ!」


 周回無双ゲーの始まりだ!




 ……なお、この後予想以上の戦果で全身泥と毛だらけのまま、ホームへと帰還したジゼルが、カナデにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。



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