運気0の懊悩
ジゼルの腕に引っ付く美少女Xを横目に、『ギガントレオ』は話を進める。
会議内容はクエストの役割分担だ。
とは言っても、各人できることはそうそうない。そもそもクエスト内容がわからないのだから、そこは仕方のないことなのだ。
出来ることを絞るとすれば、聞き込み、情報整理、探索くらいの情報に関する雑務くらい。
「つまり、わたしは街で聞き込みをすればいいの?」
「うん。ジゼルは街でNPC達に聞き込みをするとして……アタシはどうしよっか? ジゼルに付いて行こうかな?」
「ええ。それがいいでしょうね。僕は同じ経験をしてるプレイヤーがいるかもしれませんから、掲示板の方を漁ってくるとしましょうか」
「ンじゃ、俺はフィールドにでも出て探しに行くかァ。オメェはどうすんだァ、忍者女?」
「私は主殿に付いて行きますよ。忍たるもの、御命令がない限り、いつ何時も主を守れる状態でなければいけませんから」
というわけで、淡々と決まったのである。『ギガントレオ』のメンバーは向き不向きの差が激しい。対人関係ならば圧倒的にジゼルとカナデが、荒事ならジェネシス、諜報や暗躍ならばユーリンとアヤメ、といった感じの分担ができる。
「それに、また何かしらの不幸で面倒事を持ってこられても困りますしね」
「わたしそんなに信用ないかな!?」
「私としては大変恐縮で、さらに言えば不本意ではありますが。正直なところ、主殿の不幸体質に関しては信用と信頼は置けません」
「恒常不幸の問題ガールだもんね」
「酷いっ!?」
ジゼルからしてみれば心当たりしかないのでそれ以上言い返すことができない。常住不断のアンラッキーガール・ジゼルとか、目も当てられない事実だから……
あれ? 目から汗が――
「そこのバッドガールは置いとけ。構ってると話が進みャしねェ。ンで、俺は何を探せばいいんだァ?」
「取り敢えず新しい迷宮の出現場所のリサーチをお願いします。それと、できればあったら手に入れて欲しい物があるんですが……」
「あァ?――OK。承った。何をすんのかは知ンねェが、テメェの指示だったら信用するぜ、ユーリン」
「ありがとうございます、ジェネシス」
女子メンバーが戯れる側で、友情の再確認をした男2人。
これで『ギガントレオ』メンバーの役割分担は終わった。残された問題は残された美少女Xをどうするか、なのだが――
「わたくしはジゼルに付いて行きたいです」
「――わたしに?」
「はい。アナタの傍が一番の安全圏内だと、わたくしの記録に保存されているので」
「えぇ……なにそれ。その記録媒体の書き込み主って誰なのさ……」
「その特定は難しいンじゃねェか?」
悪魔でもジゼルは第二回イベントの覇者である。
サイコパスと呼ばれるような事態になってしまい、とんでもない名前の広まり方をしてしまったせいで事実の影が薄くなってしまったが、多くの豪傑達の中で一人勝ち残った猛者である。
ZDOプレイヤー間での周知の事実から、この美少女Xの発信元を特定しようだなんて到底不可能な話である。
ユーリンが掛けている眼鏡をクイッと直し、逸らされた話を元に戻す。
「それでは各々、気を付けて任務に取り組んでください」
副リーダーの言葉にメンバーが頷く。
そしてそれぞれの役割を全うするため、自分が向かう方向性を示してギルドホームから出て行った。
× × ×
やはり街の中は騒がしい。
そう思ってしまうのはゲーム世界だからだろうか。
ZDOのゲームハードは聴覚情報をダイレクトに伝えてくるため、鼓膜が破れるほどではないが、鋭く騒がしく耳を劈いてくる。
女子が4人も揃っていることだし、先程見て回らなかった露店も含め、後で楽しく回りたいところだ。
しかし、今は情報集めを優先だ。
到着してすぐに10人程度のNPCに話しかけてみたのだが、これといって関連性の高そうな情報はなかった。
多かったのが大体『女神降臨伝説』の方に関連性が高そうな情報ばかりで、他のことに関する情報を言語化するNPCが極端に減っていた。
そのせいもあって、カナデはNPCから情報を集めるのは、困難と見極めたのだった。
「ダメだねぇ」
「ダメですねぇ」
「新しいストーリーの解放っていう、大型アップデート前だからねぇ。運営もそっちを優先してるんでしょ」
ジゼル、アヤメ、カナデの順だ。
3人は何の収穫もなく、噴水の前で疲れたように天を仰いでいた。
それも致し方のないことだろう。
調べたいことはクエストの内容で、聞ける人も少なくなっているであろう状況で、聞く人の見極め方と、問いただし方を考えなければならなくなっているのだから。
NPCには種類がある。
露店で働き、プレイヤー達に消費アイテムや武具、食事アイテムを売っている店員系NPC。
街の中に多く配備して、自由気ままに街を徘徊させることでゲーム世界を賑やかに彩る通行人NPC。
そして、クエストで重要になる情報を持ち、時には味方に、時には敵に回ることがあるキーマン系NPCだ。
ちなみに謎少女もこれに該当しており、探しているのもキーマン系NPCだ。三種の中でも特に低い遭遇率で、そもそも3人はクエストを受けることが少なかったため、何処にどんなNPCが配置されているのかを記憶していなかった。
「レベリングの時間が仇になるとはね……」
「でもクエストの報酬って渋い時があるからなぁ……。それに、場所も……」
ジゼルは心の内にしまっていた心傷を掘り起こす。
ジゼルの嫌いなホラー要素がふんだんに使われた、おどろおどろしい暗闇の世界。
どんだけ好きなんだ運営! と泣き叫んで、喚き立ててしまったほど、墓の下から這い出てきた大量のゾンビや、彼方此方に設けられたゾンビ発生用装置と化した墓石。
ぶるっ、と身震いする。いや、苦手なものは誰にでもあるのだから、わたしがこんなに怯えてるのも仕方のないことで……! と脳内自己弁護をしてみるものの、あまりにも悲しくなってきてやめた。
「……へへっ」
「カナデ。ジゼルがなにやら笑っているのですが、」
「そっとしておいてあげて」
いくら表情筋を鍛えても内面を隠せないのが、このゲームのいいところであり悪いところだ。と、ここでアヤメが発言する、
「……うーん、ここは思考を変えてみては如何でしょう」
「思考を変える?」
「ええ。NPCを探すのではなく、寄ってきてもらうのです」
「……なるほど?」
「そういうことね」
いまいちパッとしないジゼルと、完全に理解したカナデの反応は、当然のことながら違っていた。
RPGに疎いジゼルに説明するために、カナデはいつも通り説明役に徹する。
「キーマン系NPCにも種類があって、探すタイプと寄ってくるタイプがいるの。例えるなら……アタシ達が探してるのは探すタイプ。で、多分あの子みたいなのは寄ってくるタイプ」
「……? なんの話をしているのですか?」
「いいよ。こっちの話だから、その焼き鳥を食べ終わっちゃってね」
「はい……?」
もぐもぐと鶏肉を頬張りながら、器用に首を傾げる少女からカナデは目を離す。
なるほど。それでも多少は理解できた。要は分類の問題になるのだ。NPCと一括りにできるものにも種類はあり、分けた先の中にも種類が存在する。だから探し方はそれぞれ違い、だから思考を変える必要があると。
「えっと、つまり……見つけに行くんじゃなくて、特殊条件を満たして見つけてもらうってこと?」
「そういうこと」
「……相変わらず理解の早さが異常ですね」
「まぁ、これがジゼルの強みだから」
諦めたように、それでいて誇るように宣うカナデは、ぶつぶつと一人考察の世界に没入したジゼルの尻を引っ叩いて目を覚ます。
「ほーらっ! アンタ一人の問題じゃないんだから、一人で考察を始めないでよね!」
「ふゃあっ!?」
「おや。主殿はそんな声も出るのですか」
甲高い裏声が出てしまったジゼルは、恥ずかしさのあまり元凶であるカナデを涙目で睨む。
カナデは何処吹く風とばかりに明後日の方向を向いて、ジゼルの威嚇から目を逸らす。カ、カナデめぇ……
ボーっとしていたのが悪いという自覚があるので、何も言い返せないのがつらいところではある。くっそぅ……




