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好敵手達の最後の障壁

 ――時が歪む。


 体に当たる時間流の細波は軋むように奇怪な音を立て、迸る紅蓮の眼光とともに背後へと流れる。


 流れる沈黙。拳闘士が具足を踏み出すと同時に、魔道士も詠唱を開始する。各々の頭に描いた勝利への道筋を思い描き、実数空間へと出力する。


 ――群衆よ、刮目せよ。



 これが、最強同士の対決である。



「ラァアアアアアア!」


 暴風の如き猛烈な勢いとともに、激甚な災害を生み出し剣を振るう。


 隙を見せずに隙を伺う。武人であれば当然のことであるが、しかしここはゲームの世界。本来なら戦いの素人達が切磋琢磨し合う御前試合のはずだが、この2人だけは雰囲気も纏うオーラも桁違いに高すぎる。


 両者一歩も譲らずに体動する。どちらかのHPが全損し、眠るように倒れるまで続けられる戦の合間で、知恵を絞り、知識を捻り出す。


 ジゼルの剣を手元にない。それはジェネシスが持っている。彼に対抗し得る武器は、残り2つ。数多の経験の中から抽出した知識と、ジゼルの体に刻み込まれた魔法だけだ。


「【アースウォール】!」


 守りに徹するために、己が使える最速の防壁魔法を張る。

 魔法使いが戦うと言うことは、すなわち時間との勝負でもある。

 どれだけ早くタイムロスを防げるか、どれだけ早く詠唱を終えられるか。自分よりも強い魔法使いであるリィアンだってそうだったのだ。自分がそうでないはずがない。


「羽は撃ち落とされ、人は地に落ちる――」


 詠唱、開始。

 それはすなわち、中級以上の魔法の発動を意味する。


 詠唱が長ければ長いほど、魔法の質は高くなり、それと同時に多くの隙が生じるようになる。

 ましてやジゼルの使おうとしている魔法は【アイアンメイデン】。当たれば厄介な高威力継続ダメージ魔法だが、しかし逆に言えば当たらなければ意味を為さない魔法である。


 どんな魔法であっても、いや攻撃であっても、当たらなければ意味がない。それを知っているジェネシスは、詠唱を中断させようと中距離から空拳を放つ。


「――片手には斧。並ぶものなき無慈悲の刃」


 しかし、ジゼルはそれでは止まらない。

 【アースウォール】を再度展開し、空拳の威力を利用して砂煙を巻き上げる。そこにあるはずの姿が消える。いぶし銀に煌く髪が見えなくなる。


 シュレディンガーの猫を知っているだろうか。

 箱の中に入れられた猫は、その中でのみ生きているか死んでいるかわからない――つまり、半死半生の天然物となる。要約すれば、現状で猫が何を行なっているかわからないと言う物理学理論だ。


 それはまるで化け猫のようでもあり、この世で最も簡単に作り上げられる人工の怪異でもある。


 今のジゼルはまさしくそれだ。

 あの砂煙の中に潜んでいるのは、愛らしいルックスをして、人間に甘え擦り寄ってくるような可愛らしい猫ではない。何をしでかすか予測がつかない怪猫である。


 ――来ないのか、ジェネシス?


 鎧砕きの悪魔猫(キャス・パリーグ)が目を光らせる。

 太陽光に細められた視線を紅蓮に染めて、己を義憤に走らせるように挑発する。

 しかし砂煙の中に入ろうにも、罠が張り巡らされているのは予知にも等しい推測。ならば此方から向かう義理はない。勇者(テセウス)になって牛人退治なんてする必要はない。


 しかし、その決断でさえもジェネシスを裏切る。

 

 ――なら、此方から行くぞ。


 地響きとともに4本の柱がジェネシスの左右を通過する。

 否、これは柱ではない。壁である。二重に張られた【アースウォール】である。砂煙の中とジェネシスを一本に繋げるように()()()が開通する。


 途端、砂煙が一気に晴れ渡る。ジェネシスを前へと引き摺り込むように突風が背後から襲い掛かり、それとともに砂塵が霧散したのだ。

 濛々と渦巻く砂塵の中で待ち構えていたのは、この突風の台風の目となるジゼル。螺旋のように渦巻く空気の球を片手に、やはり剣闘士の時とは違う、それでいて瓜二つの不敵な笑みを浮かべている。


「――【ミストボール】!」


 対人風属性魔法【ミストボール】。

 螺旋のように渦巻く大気を、一つの手の内に凝縮させて、その回転運動を利用して、カマイタチの如き斬撃を繰り出せる初級魔法。

 一方向にしか飛ばないため扱いづらく、この前のアップデートで中級魔法から初級魔法に下方修正された不憫な魔法でもある。


 ――だからこそ、詠唱など唱えずに使うことも出来るのだが。


「……これが狙いかァ」


 道理で。


 砂煙を巻き上げたのも、中にこもっていたのも、【アースウォール】で一本道を作ったのも、ここまでの全てがこれを見据えたものだった。


 だがしかし、


 ジゼルと相対すジェネシスがこんなところで倒れないのもまた、道理だった。


あめェな」


 ジェネシスは逃げ出すこともせずに構えを取る。


 繰り出すのは『絶舞ぜつめい』。

 上から下へと拳を振るう使い所の少ない拳術スキル。しかしその分威力は絶大で、おそらく【ミストボール】も相殺することくらいは可能だ。


 大気の球が放たれる。


 螺旋を描き、創造主の怨敵を滅ぼすために霞の鎌が振るわれる。


「――しゃらくせえぞ!」


 大地を貫通する勢いで拳が振るわれる。大気の渦は殴り潰され、無念を抱きながら弾け飛んでいく。


 ジェネシスのHPゲージを見ていれば、この【ミストボール】は必殺にも、あるいは瀕死へと持ち込めるほどの一撃だった。しかし、ここに関してだけは、ジェネシスが一枚上手だった。

 一撃を叩き込む打撃力はジェネシスの方が上。なら必然的にジゼルのミストボールは砕かれるだろう。しかしジゼルは一撃に全てを託すような脳筋タイプのプレイヤーではない。


 確実に勝利する道筋を辿り、文句の付けようがない完全勝利の仕方を模索するタイプのプレイヤーだ。一回の攻撃程度で終わるような玉じゃない。


「……これはッ!」


 ジェネシスが砕いた地面から現れたのは()。本来なら埋まっているようなものではないはずの金属。


 闘技場である以上、必要以上のデータを組み込まれない。なら何故この鉄は地表に現れたのか。


 ――そんなもの、決まっている。


「【アイアン・メイデン】!」


 鉄の処女(アイアン・メイデン)

 中世に作られたとされる拷問具にして、血の公爵夫人・エリザベート・バートリーが、若い女の血を求めた末に乱用して、史上最大規模の拷問死をさせたとされる「空想上の拷問具」の再現。


 砂埃が舞っている時に仕込んでおいた、ジゼルの一発逆転の切り札。【アースウォール】で閉じ込められた空間から逃げられることは出来ない。大きさのせいで壊すことも出来ない。――退路はない。


(――やられた!)


 自分の猪突猛進型の思考の裏を掛かれ、逃げ道と呼べる裏道は全て塞がれた。『絶舞』を放った反動のせいで動くことがままならない。


 だがしかし。



 絶対絶命(こんなとき)にこそ、最強としての資格が問われるのだ。



 口を裂けんばかりに吊り上げたジェネシスは、右手に力を込めて平手で()()()()()()を叩く。


 ――パァン!


 風船が割れた時の音が闘技場に響き、ジェネシスの身体がほんの少し、それこそ1cm程だけ()()()()()


 それを確認したジェネシスはもう一度張り手を放つ。


「――な、なにそれ!?」

「へっ、テメェが空を跳ぶんだったら、俺だって少しくらいは飛べるぜ!」


 無茶苦茶だ。


 鉄の処女は落ちた時に発動するように設定してある。つまり()()()()()()発動しないのだ。

 それを見抜いたジェネシスは、いまの一瞬の中で()()()()と言う決断を下し、方法を模索し、実行に移して成功させた。


 おそらく『空拳』か、それに比類する高威力の拳術スキルを、ジゼルの発動した【アイアン・メイデン】に向けて放ち、返ってくる爆風で宙に浮かせることに成功したのだろう。

 普通の拳闘士レベルなら不可能だが、それを可能にする筋力値(STR)を持つのがジェネシスと言う男だ。


 ジゼルが化け物ならジェネシスは()()である。片方が何かを成し遂げたのであれば、片方もそれを実行に移す。同じことを実行し、さらにその2人が競争し合うと言う、なんとも奇妙なイタチごっこ。


「!」


 思惑が外れたジゼルは焦って【ノックバックウィンド】を酷使して移動を開始する。次の手を実行に移すためだ。


「待てやゴラァアア!」


 しかしその無防備なジゼルを、ジェネシスは見逃さない。逃すまいと投擲した片刃の剣を、ジゼルは焦ることなく落ち着いてキャッチする。


「……! これだ!」


 迫るジェネシスには目もくれずに逃走する。作戦2は一旦破棄。――もっと()()()ことを思いついちゃった!


「――その炎は永遠に連なり、その羽は自由を示す」


 詠唱、開始。

 思い描く魔法は【フェニクス】。リィアンが使っていた不死鳥を呼び起こす火属性魔法だ。


 詠唱を始めたジゼルが、何らかの謀殺を考えていることに気が付いたジェネシスは、やらせまいと『空拳』を放つ。しかしそれらはジゼルの片刃の剣に塞がれてしまい、空気中に霧散していく。


 ジゼルの手には赤褐色の魔力光(オーラ)。瞬時に火属性魔法だと悟ったジェネシスは、すぐさま逃げる態勢に変える。


 あれだけはダメだ、と体が嘆く。

 撃たせてはダメだ、と心が叫ぶ。

 しかし()()を見たい、と魂が謂う。


 ――了承だ。


 突然追いかけて来なくなったジェネシスに、不信感を抱きながらも好機を逃すまいと一気に詠唱を捲し立てる。


ソラに瞬く炎の鳥は、

 神鳥となって平和を救済す。

 幾星霜での蘇生を遂げ、

 その真体の片鱗を我が前に現せ」


 詠唱完了。魔法が完成する。

 ジゼルを中心にして炎が渦巻き、羽を広げて空へと舞う。炎を広がるその姿は、まさしく不死鳥そのものだった。



 ――魔法を完成させた新米魔法使いは、解き放つ魔法の名を謳う。



「【フェニクス】!」


 不死鳥が舞う。橙赤色の肢体を広げ、ジゼルに勝利をもたらすために羽ばたく。闘技場に現れた一羽の巨大な神鳥を前に、ジェネシスは顔に苦渋と嬉々が合わさった複雑な色を浮かべる。


 それもそのはずだ。【フェニクス】は自動追尾魔法。地の果てまで逃げようとも、使用者が倒れるまで追いかけてくる。


 つまり、逃げ場がないのだ。


 ここでこの魔法を使って来たと言うことは、ジゼルは一気に決めにかかってきたと言うことだろう。


「……!」


 言葉に出さずともジェネシスのすることは決まっている。――あの魔法に当たらないために、一策講じる必要がある。ジゼルに背を向けて走り出した。


「逃すか!」


 無論、不死鳥は追いかける。そのように作られている魔法なのだから。それを見て、ジェネシスはニヒルに笑う。


 目には目を。歯には歯を。――ならば、力には力をぶつける他ない。


「――甘ェな!」


 自分の動体視力を存分に活用して、【フェニクス】に当たらないように逸らして通る。ジェネシスを追ってきているはずの、自動追尾魔法を躱して後退したのだ。

 並大抵の反射神経では実現不可能な、まさに神業。魔法の横スレスレを通り、ジゼルへと真正面に向かう。


 しかしジゼルはそれを見抜いていた。


 当然だ。同じ状況に立たされた場合、ジゼルもきっと同じようなことをするだろうから。


 ――だからこそ、


 敢えてジゼルは、ジェネシスを()()()()()()()()


「何をする気か知らねェけど……何もしねえんなら、こっちから行くぜェ!」


 地を駆けながら拳に力を溜める。

 拳術スキル『剛力』。溜めた力で右ストレートを繰り出すだけの拳術スキル。しかし背後から迫る【フェニクス】を考えれば、反動は少ないほうが良い。


 繰り出される右ストレート。それを見てジゼルは――


「――退いて」


 スルリと拳の下を抜けて剣を構える。


「――なっ!?」


 予想外の行動。

 【フェニクス】と挟み撃ちを仕掛けてくるかと思われたジゼルは、あっさりとその有利な地を捨てて、ジェネシスではなく【()()()()()】を迎え撃つ。


「誘導、ご苦労様。もう少しだけ力を貸してね。――【エンチャント】」


 不死鳥の嘴とジゼルの刃が交差する。

 交差した瞬間こそ火花が飛び散り、まるで自爆をするかのような動きを見せたジゼルだが、その交わりの間に歪みが生まれることで、まったく別の事を考えていることを、ジェネシスは瞬時に悟った。


「……っ! 魔法奪取(マジックスチール)か!」


 人外未踏の武の極にして、奇々怪界な魔法の極。不死鳥の体が空中に溶けていき、ジゼルの剣となって猛威を奮う。


「名付けるなら……鳳凰の剣、かな!」


 点火。

 ジゼルの持ち得る全てのMPを剣に注ぎ込み、不死鳥の炎をさらに燃え盛らせる。天をも貫く火柱となって、最強達の決闘の末に終止符を打つ。


 ――完成。

 ジゼルの片刃だった筈の剣には、炎で出来た立派な刃が錬成されていた。赤銅色の煌かしい光が闘技場を包み、ジゼルの勝利を宣誓する。


「はぁあああああ!」


 火炎放射器のような豪炎がジゼルの剣先から放たれ、ジェネシスの身体を灰塵のようにバラバラに砕く。


「ぐぅううぅぅ……ぁぁあああッッ!」


 最後の力を振り絞り、ジェネシスは腕を伸ばす。

 しかし伸ばした腕はジゼルに届くことなく、不死鳥の炎の前に力尽きる。次の瞬間には、ジェネシスの身体は焼け焦げて、赤いポリゴンと化していた。


 『WINNER Giselle』

 空中に躍る文字列は、ジゼルが打ち勝ったことを知らせている。最強として最強と勝負し、魔法使いとして拳闘士に打ち勝った。近接戦と言う、圧倒的不利な戦いに、魔法使いとして打ち勝った功績は、ジゼルにとって喜ばしい戦果だった。


「や、やったぁ……!」


 拳を握りしめ、両腕を天に掲げるジゼルの表情には歓喜が。これ以上ない歓喜がジゼルの胸の内から込み上げた。


 闘争には2種類の人種が存在する。勝者(プラス)敗者(マイナス)。それだけだ。

 敗北マイナスなくして勝利プラスはなく、2人が闘争を繰り広げているのなら、勝利プラスになれるのは1人のみ。勝利は1人だけに送られる物である。


 ジェネシスには悪いが、この戦いはわたしがプラスだ。


 ――そして、試合は決勝戦へと続いて行く。



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