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最強剣闘士の悪足掻き

 ジェネシスが近づいてくる。ジゼルは後方に退避して逃れようとするものの、飛行した反動が予想以上に大きく体が思うように動かない。


 それを逃すほどジェネシスも甘くはない。


 一瞬でジゼルへと近づいて、メキメキッ……! と生々しい音を立てて蹴りを入れる。腹を圧迫される苦しさに耐えかね、ジゼルは口から思い切り息を吐き出す。


 脳内を流れるスローの時間。


 体はジェネシスに膝によって宙に浮き、背中を前にして後退して行く。目には赤い光の影が無くなり、ジゼルの力も入らなくなって弱くなって行く。

 脳内に赤い閃光がパチリと走り、視界には点々とした黒い光が散りばめられていて、体の限界だ近づいてくることを知らせた。


 意識が――遠退く。


「がはっ……!」


 一切下に落ちることなく、ジゼルの体は闘技場の壁に激突した。パラパラと瓦礫が落ちてきて、頭が埃まみれになるを腹には蹴られた痛みが走り、足が竦んで動けなくなる。


「けほっ……はぁっ……」

「おいジゼルゥ……まさかテメェはこんなもんなのかァ……?」


 にやにやと悪い笑顔で挑発してくるジェネシスは、ジゼルが落とした剣で肩を叩いている。さながら戦を好む魔王のようだ。

 どうやら彼はまだ戦い足りないらしいが、此方は限界が近い。というか、もう限界だ。足が動かないのでは戦いようがない。体が動かないのでは、戦場を駆けずり回ることが出来ない。


 ――しかし、本能に在る剣闘士(ジゼル)はまだ、諦めてなどいなかった。


 ジゼルは前に倒れ込み、動かない足ごと体を引っ張って、芋虫のように匍匐ほふく前進をしながらジェネシスの元へと這いずる。


「……フーッ……フーッ!」

「……いいぜェ。まだ戦う気力があるってのは良いことだッ!」


 ジェネシスはジゼルの元へと駆ける。立ち止まって剣を振りかぶると、剣の腹でジゼルを殴り飛ばした!


「がッ……!」

「オラオラどうしたどうしたァ! まだテメェは立てんだろォ!?」


 無茶言うな。足が動かないんだ。体が言うことを聞かないんだ。

 HPゲージが黄色く染まっている。まだまだ戦えると言うサインだと言うのに、体がちっとも言うことを聞いてくれない。ギリッ……! と歯を噛み締める。


「……」


 空を見上げる。青く澄みきった快晴の空。白い雲が左から右へと流れて行く。

 疲れたなぁ……。竜退治や忍者退治で疲労が溜まったジゼルの体は、痙攣を起こすこともなくピクリとも動かない。焦点が合わなくなってきた。


 考えてみれば、どうして()()()はこんなにも抗っていられるのだろう。何のために死力を尽くし、何のために無様にも這いずり回っているのだろう。

 此方には一年ものブランクがあるのに対し、対戦相手は現役バリバリの戦闘狂だ。勝てるはずがない。


 なのに、なんでこんなにも一般プレイヤー・ジゼルは頑張っているのだろう。好敵手と呼ばれた敵に失望させないため? そんなもの、いくらでも失望させておけばいい。()()()()()()()じゃないんだから。


 ……じゃあ、今のジゼルって何?

 昔のジゼルは最強と呼ばれたプレイヤーだ。闇雲に剣を振り回し、きっと誰よりも剣の修練を重ねて、当時のNo. 1を打ち砕いた女剣闘士だった。



 今のジゼルは、昔のジゼルなんかではない。



 意識が無いに等しいにも関わらず、ジゼルの体はまだ戦えと叫んでいる。苦し紛れに歪んだ顔を、落ちかけている瞳孔を、引き摺り出すように上に上げる。体をふらつかせながらも、鞭打って立ち上がらせる。


「はぁ……はあ……ッ!」


 まるで幽鬼のようにゆらゆらと立ち上がったジゼルを、ジェネシスは悪魔の形相でニヤァ、と口角を上げて激励する。


「昔に戻ったか? 最強ちゃんよォ……?」

「ううん。残念ながら()()()()いないよ」

「戻っては……ほぉ? 面白い言い回しだな」

「面白くなんてないよ。事実だもん」


 ぐいっと頬を伝う汗を拭って、ジゼルは金色の視線を向ける。闘志の炎は消えておらず、むしろ戦う前よりも燃え盛っている。


「わたしはジゼル。剣闘士でも、最強でもなんでもない、ただの魔法使いのジゼル。――あなたは?」


 魔法使いだと名乗り、自分に興味深そうな視線を向けてくる対戦相手に問いかける。

 そう、今のジゼルは剣闘士ではない。魔法に憧れているだけの少女・ジゼルなのだ。剣を貫いたジゼルは此処にはいない。今のジゼルは、ただのジゼルだ。


「……俺はジェネシス。テメェの好敵手のジェネシスだッ!」


 ダンッ! と地面を蹴って、ジェネシスは剣を振りかぶる。

 明らかに雰囲気が変わったジゼルは、おそらく今の一瞬のうちに何かを悟ったのだろう。それを見逃しておくほどジェネシスは馬鹿じゃない。


 無刀無足のジゼルを仕留めるのは簡単だ。しかし何かを悟ったのであれば話は別。何かを理解したのであれば、ジゼルは何かとんでもないことをしでかすのだろう。


 ――理解と言うのは、知恵と言うのは、ジゼルに限らず人類が持つ最強最大の兵器なのだから。


「……シィッ!」


 ズドォンッ! 剣の切っ先は確実にジゼルの顔面を捉え、大根切りの要領で振り下ろした。ジゼルが何かを悟ったからと言う、一も二もなく振り下ろされた一撃は、ジゼルを真っ二つに切り裂いた――はずだった。


 ポーン。ポーン。

 軽やかで、しかし戦場には不相応で間抜けな音が、闘技場内全体に響く。振り下ろされた剣が放った突風が巻き起こした砂埃のせいで、何も感知することが出来ないのだが、しかし確実にその音は響き渡っていた。


「……ジゼル、テメェ」


 微かに軽やかな音が流れるだけの静謐な空間に、苛立たしげなジェネシスの声が響いた。


「なんで()()()に乗ってやがる?」


 砂埃が晴れる。

 ジゼルはジェネシスが振り下ろした剣の腹で、ポーンポーンとまるで鞠のように飛び跳ねていた。体を中に浮かせるたびにローブの裾が翻り、さながら蝙蝠のような暗い雰囲気を醸し出す。


 空を仰いで、視線を地面へと向けて感情を押し隠す。死神のような少女は、ふーっと息を吐き出した。


 ジェネシスへの問いに返す。


()()()()()


 この女、マジでバケモンだろ……!

 尊敬の念を、そして闘争心まで地中深くに置き去って、ジェネシスは笑う。


 あの瀕死に近い状態の何処に、そんな避けられるほどの気力があるんだ……、愚痴りながらジェネシスは思い出す。ジゼルが空を駆けていた姿を。


「そうか空を翔ぶ……いや、跳ねる謎魔法か!」

「正解。【ノックバックウィンド】って言う風属性の初級魔法なんだけどね。攻撃は出来ないけど、応用できる範囲がすごいんだよ」


 【ノックバックウィンド】とは。

 風属性の魔法の中でも、初級も初級。魔法使いなら誰もが、風属性の魔法を覚える時に覚える押し戻し(ノックバック)専用の魔法だ。本来はモブを寄せ付けないで詠唱を唱えるために使われる魔法なのだが、ジゼルは足に魔法を連続行使して、体を宙に浮かせると言う離れ業を開発したのだ。


 この技はアヤメがやっていた、スキルの結合の応用だ。スキルで出来るのであれば、魔法でも出来るんじゃないかと思って試した結果、人知未踏の離れ業が完成した。


「ねぇ、ジェネシス。言っておくけどわたし、あなたの知ってる剣闘士じゃないからね?」


 どの口が言うんだ……、とジェネシスは思うが、しかし思うだけで口には出さない。この場で発言するのは、無粋で不相応だ。


 かわりにジェネシスは嘲笑するように鼻で笑う。


「平和ボケは治ったようだな、ジゼル」

「まあね。現実世界は平和そのものだから」

「ケッ、やっぱりログインしてなかったのかテメェは……」

「うん、わたしもログインしたかった。けど英語のテストがねぇ……」


 ジゼルの――否、月花の家庭は、ゲームを毛嫌いするような人達の集まりではない。むしろ自分の趣味に没頭するような人達が大集合しているような感じだ。だから、月花がVRゲームを出来る設備も整っているのだが、しかし『ゲームは1日1時間! そうでなくとも勉学には励め!』と言う一般家庭基準の方針も出来ている。

 だからテストで赤点を取った時は、こってりぽっきり怒られたものだ。あれは怖かった。


「ケケケッ、ゲームを本気でやるんだったら現実の生活くらい、少しくらい疎かにしてもいいだろーがよォ」

「そうもいかないんだよ」


 ジゼルは高校2年生。1年経てば高校3年生。大学に進むか、あるいは就職するか決める時期なのだ。そんな時に勉学を疎かにするのは流石に不味い。面倒だけど、流石に不味い。


「……つか、なんでこんな話してんだっけ俺ら」

「あなたが現実世界の話をし始めたからでしょ」

「そーだったか?」

「うん」


 こくん。頷いて即答する。

 やれやれ。呆れて首を振る。

 ふふっ。少女は可憐に笑う。


 いちいちの所作が、先程までのジゼルとは違かった。やはり、彼女の中で、()()が変わったのだと、ジェネシスは知覚した。

 先程までの剣闘士ジゼルが冷徹で奇想天外な少女だとするならば、今のジゼルは可憐で花が咲き誇る街道を往く女の子だ。スイッチのON OFFか、あるいは気の入りようかは分からないが、ジゼルの所作に明確な違いが見えている。


「大分長引いちまったな……」

「まぁ、いいんじゃない? ゲームなんだし」

「そうか?……そうだな。ああ、そうだ、これはゲームだ。だから負けねえぞ! ジゼル!」

「かかってきなよ、ジェネシス」


 復活して強化補正の入った魔王に、魔王から剣を奪った勇者は、嬉々とした大声で高らかに吼えた。



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