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運気0と好敵手

 快晴の空の下、雷鳴が轟く。

 ジェネシスが使うスキル『豪雷』だ。


 移動に特化した戦闘用スキルだが、他の移動スキルよりも敏捷に特化しておらず、どちらかと言うと打撃力(STR)に特化されている、体全体を前のめりにして放つ剛脚スキル。

 右足を軸にし力を込めて、左足で右足を支え、()()()()()()()()と言う、()()()()()()()()()()()のスキルだ。

 従来の移動用スキルであれば、対象の近くに移動してから、次のスキルへと繋いで攻撃を放つのが主流だったが、おそらく『豪雷』はその枠に止まってはいないスキルだ。


 従来のスキルではないが故に、様々なことに応用することができる――つまり汎用性が高く、拳術スキルの中でも、かなり使用頻度の高いスキルでもある。


「『空拳くうけん』ーーッ!」


 ――ドォオンッッ!

 消音器の付けられていない拳銃を発砲するような、大きな爆発音が闘技場内に響いた。空気を弾く剛腕を繰り出し、前傾姿勢のまま倒れていく。

 しかしジェネシスが放った拳からは、確かに空気の弾が放たれている。まるで本物の銃弾の如く放物線を描きながら、音を捨て、大地をも抉る速さでジゼルへと迫る。


 しかし途端にジゼルの体が灰色に光り、ダンッ! と地面に蹴りを入れて飛び退く。空中に身を投げ出して空を舞うジゼルは、『空拳』が抉った大地を見て、思わず声を出す。


「……これくらいなら使わなくても良かった、かな?」


 スキル『逃走者』を使ったのだ。

 ジゼルの持つ曖昧な記憶の中で神技の応酬を見せたあのジェネシスから仕掛けてきたのだ。スキルを使ってでも避けなければいけない、と思ったのだが、その心配は杞憂だった。


 まずは牽制。

 実力を推し量るために放つ一撃。プロなら誰もが一番始めにする演技。ジェネシスの牽制を本気になって避けたジゼルは、何というか、傍から見たらプロを気取る恥ずかしい人である。


「……なに笑ってるの」

「いや、別にィ? テメェが真正のプロじゃねえことがわかっただけだ」

「どういう意味よ……」


 自他ともに認めるエンジョイ勢で、天地がひっくり返ってもプロにはならないジゼルは、牽制なんてものは知らない。

 知らないったら知らない。


 思い返してみればSFCの時もやってた気がするが、結局勝ったのはジゼルなんだから、詳細は記憶からは抹消されている。


「……よくわかんないけど、今度はこっちから行くね」


 ダンッ! と地を蹴る。

 スキルを使用しない天然のSTR値を振った脚力。


 二歩、三歩と近づいて行き、右下段から剣を振り上げる。咄嗟にジェネシスは拳を顔面の前に移動させた。ガキィンッッ! と力強い剣戟音が響き、剣と鉄拳の間に出来た摩擦で火花が飛び散った。


 続けて二合、三合と打ち合う。

 互いのSTRを剣の1ミリにも満たない接点にだけ集中させた、武の極みとも言える打ち合い。VR出身の怪物達による剣戟の余波は、闘技場に突風を巻き起こすまでに増長していく。


 心地の良い緊張感。

 適度に頭へと血が昇っていく高揚感。

 感情が噴出していく。


 気付けば意識外で感情が爆発して、視覚情報が限界まで膨張して目が赤くなり、知らぬ間に過負荷の状態に陥っている。


 ジゼルは口角を上げて笑う。釣られてジェネシスも笑った。


 互いの力を認め、いずれ訪れる自身の限界まで、目の前の敵を叩き潰す方法を考え続ける。


 突如ジェネシスが動く。体を捻って、地面を殴り、大地を割る。一気に足元が脆くなり、立っていることが困難になったことを察知したジゼルは、背後まで飛び退いて割られていない位置まで移動しようとする。


「そこだァ!」


 再び『空拳』を放つ。

 逃げられる方向は一方向。このまま逃げ続ければ、音速を超える空気弾に当たってしまう。しかし逃げなければ、今度は足元を疎かにしているところをジェネシスに狙われてしまう。


 突然訪れた絶対絶命。

 しかしジゼルの体に染み付いた()()は、こんなものは危機一髪の代物でしかないと、直感で教えてくれている。


「……ふッ!」


 空気弾目掛けて剣を振る。


 ギャリィンッ!


 およそ鉄と空気が接触した時の音ではない金属音を鳴らして、空気の弾は弾ける。ノックバックの効果があったようで、ジゼルの体は背後へと吹き飛ばされた。


 しかしこれは予想していた状況なので、咄嗟に受け身の姿勢を取って体を保たせる。


「……今度は!」


 ジゼルは剣を片手に突貫する。

 なんの防御姿勢も取らずに駆けるジゼルを見たジェネシスは、さらに口角を上げて獰猛に笑う。


「いいねェ!」


 普通の人が見たら、馬鹿だ阿保だと罵るだろう。

 しかし2人の間にあるのは、洗練された敵対心。修羅の如く戦場に混沌を撒き散らし、敬意と尊敬を持って殺し合う武神達。

 本来なら対処法がいくらでも存在する無防備な特攻も、二の次がいない最強達からしてみれば価値のある戦闘法の一種だ。


 しかし、いくら最強とて、突貫する時は無防備になることに違いはない。そしてそれは相手にとって好機以外の何者でもない。


「死ねやァアッ!」


 当然、ジェネシスは中距離から拳弾で攻撃を仕掛け、

 当然、ジゼルはその全てを回避する。


「……っ!」


 放物線を描いて飛来する空気の弾丸。それを体を捻って回転させ、ジゼルはその全てを回避した。

 己の出せる最大数の攻撃を、回避スキルも使わずに回避され、さしものジェネシスも面食らう。しかしすぐに体勢を立て直し、再び地面を割る。

 地面を割れている時に迅速な移動をするのは、誰であろうとツラいものだ。もちろんジェネシスも、ジゼルだってそうだ。


 だからジェネシスの判断は間違ってなどいない。



 ――そのはずだった。



 ジゼルは応用の達人だ。システムの域を超えた奇天烈や、チートにも勝るシステム内摩訶不思議をを体現することが出来る、およそ世界で唯一のプレイヤーだ。


 ジゼルは今、その真価を発揮した。


「なぁっ!?」


 ジェネシスは仰天する。それもそのはずだ。

 ジゼルは駆ける。駆けて、飛び跳ね、ジェネシスへと突貫する。それはまだいい。問題は、常識外は、他にあった。


「空を……っ!?」


 トンっ、トンっ、と軽やかなまでの音を蹴り飛ばしながら、ジゼルは空中を駆けていた。体は、脚は、まるで蝶のように宙を舞い、魔法使いのローブがまるで黒い羽のように翻る。踏むたびに足場には空気の塊のようなものが、この実数空間に浮かび上がっている。


「これなら地面が割れてても問題ないでしょ!」

「お前、無茶苦茶だ……!」


 この(ゾディアック)世界(・オンライン)には『空を翔ぶ』なんて魔法は存在しない。システム内部の実数空間に影響を与える魔法と言えば、精々が大気を操ることが出来る設定の風属性高等魔法くらいのものだ。


 器用すぎるほどに器用な操作を必要とする、『足場にだけ大気の床を作って走る』なんて曲芸染みたことは――おそらく出来ることには出来るが、細かすぎる操作を必要とするので実戦では使えない。


 しかし、現にジゼルは空を走っていた。


「器用って言うか……本当に人間か!?」

「人間ですが何かっ」


 しかしジゼルの顔に余裕はない。

 おそらく細かすぎる操作と、空中での疾走を同時に行っていることで、かなり精神的な苦痛があるのだろう。

 宙を駆けるジゼルは、尚も顔色一つ変えずにジェネシスへと駆ける。しかし流石に空を跳ぶ謎魔法を使っているせいで、先ほどよりも格段に遅くなっている。


 近付かれたら面倒なことくらいはジェネシスも熟知している。一気に叩き落とすしかない。誰もがわかる目論見を抱き、向かってくるジゼルに『空拳』を放つ。


 無論、ジゼルはその全てを躱す。空の主導権を握っている今、わざわざ変にスキルを使って避けてやる義理はない。だが、しかしそれはジェネシスによる誘導だった。


「掛かったな……!」


 ガクンッとジゼルの体が傾く。

 空気の足場が無くなった。『空拳』の一つがジゼルの足場に当たり、爆発して足の力場を壊したのだ。ジゼルを狙う数発の『空拳』の弾道を予測しながら、下から狙ってくるもう一つの『空拳』を見つけるのは、流石のジゼルとて不可能だった。


「くっ……!」

「よォ、お帰り」


 再び割れた地面に落とされる。

 落とされた先には、腹を空かせた大食漢の肉食獣が1匹、ご飯をお預けにされながら待っていた。


 ジゼルの顔は苦虫を噛み潰したような、それでいて猛獣と相対している剣闘士のような、苦く渋く厳しい表情が窺える。


 しかしそれでもジゼルは戦士。その暗い表情の中であっても、笑顔は絶やしていなかった。


「……やるじゃん」

「当然だ」


 ジゼルはカマキリ以来久しぶりに、『ジゼルの敗北』を悟った。



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