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剣士主従のリベンジマッチ《後編》

 嗤う強敵(ジゼル)を前にしたアヤメは、愛刀を片手に握りしめて奮い立つ。体を前傾に倒して腰を丸めた姿勢になる。右足を前に踏ん張って、左足を後ろに力を込める。

 いわゆるクラウチングスタートと呼ばれる姿勢だが、このゲームの中では陸上競技の用語などではなく、このゲーム内に限っては『春雷』と呼ばれる刀剣スキルのスキル名だったりする。


 脚にだけ力を集中させる一直線突破型の『光芒』とは異なり、『春雷』は一対複数人の場合にその本領を発揮する。


 『光芒』と同じく移動に特化している技ではあるのだが、『春雷』は『光芒』よりも遅く走るためカーブ等の他移動手段も可能となり、自由に戦場を駆けずり回ることが出来る。使用者は戦場を駆け回る雷霆と化すのだ。


「『陽炎』――そして『春雷』!」


 闘技場内に陽炎が立ち昇り、一対一だけであったはずのフィールドに、数人の人影が音も立てずに現れた。


「ハハハハハッ! どれが私がわかりますまい!」


 ヒュンヒュンと音を立てて走り回る数人のアヤメ。音を立て、気配を全開にし、姿形に至るまで全て同じ。なるほど。これなら確かにわかりづらい。


 けれど、そっちに手があるようにこっちにも手はある。それも大量に、堅実で、完璧な。


「……」


 目を閉じる。感覚を研ぎ澄ます。自分の周りをグルグルと走り回る少女が、バタバタと地面を蹴り駆ける音。きらきらと輝く蒼刃の煌めき。それらは一旦()()()()()()()()()した。

 感覚を触覚に一点特化。感じるのは頬を撫でる風。アヤメが走る時に無意識に作り出す風圧のみ。


 目を閉じたのをキッカケに、1人のアヤメがジゼルに斬りかかる。剣を二回振ってダメージを与える、『松風』と呼ばれる2連撃刀剣スキルだ。それをジゼルは――


「――あなたじゃない」


 無視した。払われたはずの刀はジゼルの首を計2回通過し、アヤメの形をしていたはずの陽炎が役目を終えて消えていく。

 陽炎の攻撃は当たらない。一つの光である陽炎の攻撃は、プレイヤーには擦りもしない。


「……くっ!」


 歯軋りの音が聞こえた。ジゼルから見て八時の方向。斜め後ろだ。しかし動き続けているせいで、どれが本物かはまだ見当つかない。


「……はぁあああ!」

「――シィッ!」


 今度は2人で仕掛けてくる。――再び無視する。


 ジゼルの胸あたりで十字バッテンに斬った刀は宙に溶け、2人のアヤメの陽炎は、先程と同じように虚空に溶けていった。


「なっ!?」


 今度こそアヤメは声を出して驚いた。『陽炎』と『春雷』のコンボスキルで発生する陽炎は、普通ならば見破ることなんて出来ない。対戦相手は全ての陽炎と戦い、息急き切って疲労を溜めていく。


 ――見破られるはずは、ないのだ。


 しかしアヤメは思い出した。今戦っている人こそ、その『普通のプレイヤー』の枠内に入れてはならない傑物の1人だったと言うことを。


「あなたも、あなたも、あなたも違う」


 次々に斬りかかる自分の分身達を、それこそ次々と無視していくジゼルは、おそらく陽炎の見分け方を知っている――いや、今の一瞬で()()()()のではないか。


 そんな憂わしげな不安が、アヤメの心を塗りつぶしていく。


 これは自分の持つ切り札の一つだ。それをいとも簡単に見破られるなんて、そんなの自分が持つ切り札を全て見破られる伏線にしかなっていない。

 つまり、自分の持つ強力な攻撃方法は、彼女の前では全てが無意味で無力、そして凡才の技術。


 それは、マズイ。


 直感的に単騎決戦を望んだアヤメは、心でジゼルの周りを走り回る陽炎達に命じる。


「――ここで決める!」


 ついにアヤメが動いた。自慢の愛刀を握りしめて、ジゼルへと突貫する。地を駆ける雷霆となったアヤメは、ジゼルの首元へと蒼刃で斬りかかった。距離は少し刀を突き出せば、腹に抉り込むくらいの至近距離。


 ここまで来れば避けられない。取った――!


「――見つけた」


 しかしアヤメの出した勝利の方程式は、ジゼルの因果逆転の切り札によって真っ二つに切り裂かれた。

 腕を掴まれている。それ以上はやらせないと、剣の突き刺しを邪魔されている。力を込めても、ピクリとも動かない。


 ――なんで!?


 筋力パラメータでは、圧倒的に自分が勝っている。質量も、数も、今のアヤメはジゼルに一歩勝っていた。それが、なんで!?


()()()()()()()()()()()?」


 ジョブ。職業(ジョブ)()()使()()


 ジゼルは剣士であることを否認し、自分は「魔法使い」であると頑なに言い続けていた。剣の才能がある魔法使い。それがジゼルであった。

 魔法使いは確かに攻撃魔法も使えるが、主な役割としては味方に恩恵(バフ)を、敵に呪い(デバフ)を掛けるのが仕事の職業だ。

 今のフェイススクリーンには、黄色のアイコンが左上に出ている。魔法で後から掛けられる状態異常デバフ。紫なら毒。赤なら火傷。水色なら凍結。黄色なら――


「…………?」

「正解。【パラライズ】って魔法だよ」


 制圧魔法【パラライズ】。

 使用者が指定した対象者に『麻痺』を付与する、デバフ特化の物理攻撃禁止魔法。ジゼルはアヤメをして麻痺させたのであれば、今の状況は説明付く。


 だがしかし、だ。


「なんで……私が、私だと……?」

「わかるよ。他のアヤメが走る時に、全然風を感じなかったもん」


 風? すれ違った時に僅かに感じる、あの、ただの風?

 『春雷』を使っている時には、すれ違う時の風が倍増しているはずだが……それでも見分けるのは至難の業だ。


 しかし多勢の陽炎と1人の少女を見分けるのには、これ以上ないほどの最適解だと言える。しかし肌に少しだけ感じる風だけで人間を見分けるというのは、人間が可能な領域を遥かに凌駕している。


 なんの躊躇いも疑いも持たずに、自分に持てる自信と能力だけで、ただ一方向から突き出された剣風を刹那の内に見分け、瞬間的な脊髄反射で対象者に魔法を掛けるなんて芸当は、システム外の技術でこそ為せる人外の業だ。


 あの2つのコンボスキルを使った時点で、アヤメの敗北は決まっていたも同然だったと言うことだ。


「ハ、ハハっ。私の負けです。やっぱり、あなたは化け物だ……!」

「化け物? 上等だよ」


 乾いた笑いを浮かべる少女アヤメに化け物と賛称された少女ジゼルは、化け物に相応しくない可憐な笑みを浮かべた。


「それと、ありがとうね」

「はい? 何がですか?」


「新しい知識を教えてくれて」


「ハハッ……」


 どうやらこの覇王は、圧倒的な実力差で圧勝するだけでは飽き足らず、新たな戦術すらも手に入れてしまったらしい。

 次にジゼルと戦う対戦者に、アヤメは心から詫びて同情するのだった。



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